市長就任パーティー
『フェル様、起きてください。フェル様!』
私を呼ぶ声がする。まだ眠い。このまどろみの時間がどれほど幸福な時間なのか分からないのか。二度寝してしまうか、それともしっかり起きるのかを検討しないといけない時間だぞ。
今のところ、八対二くらいで二度寝が優勢だ。
『……美味しい物が食べられなくなりますよ?』
一気に零対十になった。目を覚まさないと。
もぞもぞとベッドから這い出る。
「アビス、私の分はちゃんとあるんだろうな。食べられなかったら暴れるぞ?」
『大丈夫ですよ。でも、急がないと。今日はお昼からエスカ様の市長就任パーティーがあるのですから、早く準備をしてください。そんなだらしない恰好で出席するつもりですか?』
「ああ、そうか。今日だったな。でも、パーティーは昼からだろ? ならまだ大丈夫じゃ――」
『もう十一時半です。妖精王国に人が集まってますよ。ちなみにフェル様は三度寝しました』
「……なんで起こしてくれなかった?」
『三回起こしましたよね? 起きないフェル様が悪いんですよね? それともなんですか? 放っておいたほうが良かったですか?』
「……すまん。それじゃ急いで準備する」
『そうしてください。お疲れだとは思いますが、色々な国からお客様が来てます。フェル様がホストとしてもてなす必要はありませんが、おそらくフェル様に会いに来ているのですから、最初からいた方がいいですよ』
「そうだな、そうする。それじゃ……まずはシャワーを浴びよう」
何もない部屋に作って貰った浴室でシャワーを浴びる。
今日はエスカの市長就任パーティーだ。そうか、投票日からもう一週間か。
イブを倒した翌日、選挙の投票が行われたが、エスカがほかの立候補者に大差をつけて市長に選ばれた。
イブの息が掛かっている立候補者が当日現れなかったのが一番の理由だろう。
現れなかったのには理由がある。それはジョゼ達が倒した悪魔の一人だったからだ。悪魔達は、シシュティ商会の会長だったり、不死教団の教皇だったり、メイドだったりしたわけだが、すべてアビスの中で倒された。
シシュティ商会や不死教団はいきなりトップが行方不明になったこともあり、ソドゴラだけでなく、各国にある組織が大混乱に陥った。そこへメイドギルドが犯罪行為の証拠を国へ提出して、どの国でも組織の構成員が捕まったらしい。
なぜかメイド達は、暗黒メイド達との戦いにも勝ちました、と言っていたけど、詳しくは聞いていない。まあ、メイド界にも色々あるのだろう。
それはどうでもいいけど、アビスが悔しがっていたな。
『せっかく選挙に勝つための必勝の策を用意していたのに。これじゃなにもしなくても勝てたじゃないですか』
なぜか私が文句を言われたので、選挙の前にイブが来るのが悪いんだ、と直接の原因を教えてやった。あれで恨みはイブに移っただろう。
そんなわけで、エスカの再就任を祝うパーティーが妖精王国で行われることになった。
私にもその招待がきている。
私は選挙の時、寝てたから投票すらしてないんだけど、いいのだろうか。というか、そもそも私に投票権があったのかも怪しいくらいだ。まず、それをちゃんと調べておくべきだった。
シャワーを浴びながら、ストレッチをするように体を伸ばす。
投票日に寝ていたのには訳がある。
体の怪我はエリクサーで治していたので問題はなかったが、体の疲労感とスキルの使い過ぎで体が動かせなくなり、深い眠りに入ってしまった。目が覚めたのは三日前。目が覚めたら色々終わっていてちょっとびっくりしたものだ。
だが、終わったとは言ってもまだ問題は残っている。
まずは悪魔の残党達。
さすがに悪魔が四体だけの訳がない。おそらく人界で色々と暗躍しているのだろうとアビスは言っていた。なので悪魔と思われる奴らをメイド達に調べてもらう事になった。
そして悪魔を見つけたらアビスを通して管理者達に連絡する。管理者達は天使を使って悪魔の討伐を行う事になっているそうだ。
私がやろうか、と言ったのだが、管理者全員がこれくらいやらせてほしいと言ったので、そのままお願いしている。
時間は掛かるかもしれないが、いずれ悪魔達も全部討伐されるだろう。
次の問題はセラだ。
イブの拠点、内海に沈んだ研究所とやらにセラが封印されているのだが、どうするべきか管理者達と議論している最中だ。
目を覚まさせることは可能。だが、本人が望んで眠っているのだからどうするべきかと判断に困っているところだった。
ただ、あと百年もすれば勝手に目を覚ますことになるらしい。装置へのエネルギー供給がイブでないと行えないそうだ。なので、このままにするという方向に話が向いている。
どうするべきか迷うな。下手に起こして暴れられたりしたら困る。それに私を殺そうとするかもしれない。とりあえず保留だ。
そしてジョゼ達のことも問題といえば、問題だ。
ジョゼ達はまた意識を失くした。
イブとの戦いの後、私が寝てしまったらジョゼ達もしばらくして意識を失くしたそうだ。だが、アビスは意識を失くす前のジョゼ達から話を聞いて、色々な事情が分かったらしい。
どうやら私のスキル、百鬼夜行により体内の魔素が活性化している間は意識を保てるそうだ。しかも使うたびに意識を保てる時間が伸びているそうで、目を覚ましたときから一日一回百鬼夜行を使っている。あと百回くらいやれば、意識が安定するだろうとのことだ。
イブと戦う前、百鬼夜行の範囲とかを確認するために何度もスキルを使っていたのだが、その時にも意識を取り戻していたらしい。でも、スキルが終わるとすぐに意識を失くしたので、報告できなかったとのこと。
私をぬか喜びさせるわけにはいかないと思ってくれたそうだ。例え一瞬だったとしても意識を取り戻してくれたなら嬉しいものだけどな。
色々調べたアビスは「百鬼夜行にそんな効果はありません」と言ってスキル説を否定していた。ただ、変な事も言っていた。
『ジョゼ達はさらに進化しているようでした。むしろそれが影響しているのかもしれません。その種族名ですが、旧世界の神とか悪魔の名前が付いています。なんですかね、あれ』
知るかよ、と言いたい。そもそも旧世界の神とか悪魔の名前なんか知らないし、アビスが知らないことを私が知っているわけがない。
正直、まずいことになっている気がしないでもないが、もう仕方がない事だ。色々諦めよう。諦めれば、それは問題じゃない。うん、一つは解決したな。
そして最後の問題。
これはアビスが調査中だ。でも、間違いないだろう。今日の夜には答えが出る。そうしたら会ってみるか。
色々考えながらだったが、シャワーを浴び終わった。うん、石鹸の香りがする。これなら大丈夫だろう。
よし、さっぱりした。着替えて妖精王国へ行くか。今日は市長であるエスカの奢りだって言うし、たらふく食べよう。そんなご褒美があってもいいくらい頑張ったはずだ。
誰にも邪魔はさせない。いま、私を止められる奴はいないんだ……物理的にもな!
『フェル様、なんでドヤ顔してるんですか? 早くしてください、遅れますよ?』
「……乙女の浴室を覗くんじゃない。プライバシーの侵害だぞ――昨日の鼻歌、聞いてないよな?」
『相棒として言わせてもらいますが、アイドルは目指さない方が良いかと』
アビスはいつも的確だ。でも、それは私が一番よく知ってるからアドバイスとしては全く役に立たないな。大体、目指してないし。まあいい、この話し合いは後だ。早く準備をして行こう。
妖精王国へやって来た。
招待された多くの人で食堂が溢れかえっている。
そういえば、後援会の決起集会とかもここでやったらしい。その場でも美味しい物が出たとか。やることがあったとは言え、私も食べたかった。
「あ! フェルさーん、こっちこっち!」
私がいつも座っているテーブルで、タルテが手を振っていた。一緒に食べる約束はしていなかったが、まあいいか。
「タルテ、ニャントリオンのほうはいいのか?」
「今日は両親が店番をしてくれているので大丈夫ですよ。それよりもこの服はどうですか? 自分で作ってみたんですけど」
「……ああ、うん、悪くないと思う。でも、なんでドクロ?」
黒というか藍色、いや紺色か? その色のドレスでデザインは悪くないと思う。スッキリとシンプルで個人的には好みだ。でも、胸元に刺繍されている頭蓋骨に蛇が絡んでいるようなマークは一体? それが全てを台無しにしているような気がするが。
「最近の流行りなんですよ。ドクロ。それにちょっと闇っぽい感じがしませんか?」
「闇って言うより、不吉な感じしかしないけど、それが今の流行りなのか。時代の移り変わりって不思議だな」
しみじみとそんなことを考えていたら、修道衣を着たルミカがやって来た。よかった、ドクロはない。
「こんにちは、フェルさん。それにタルテ」
「ああ、こんにちは。ルミカも呼ばれていたんだな」
「ローズガーデンはエスカさんへ投票したり、選挙活動の手伝いをしたりしましたので、そのお礼だと思います。皆を連れてくると大変なことになるので、私だけですが。ちなみにお弁当箱を沢山持ってきました。残った料理を持って帰るつもりです」
「……残らないと思うぞ?」
私の胃袋は底なしだ。残すなんてことはしない。
「確かにフェルさんの食べっぷりから考えたら料理は残らないよねー……私もあれくらい食べれば、覚醒する……?」
タルテが変な事を言っている。私は覚醒しなくてもたくさん食べるぞ。
そしてルミカは両手でなぜか顔を隠した。泣いているのか、肩を震わせている。
「フェルさん、ローズガーデンにはお腹を空かせた子供達がたくさんいるんです。残してもらえませんか?」
「……分かった分かった、食べ過ぎないようにするから安心しろ」
「フェルさんならそう言ってくれると思ってました」
「嘘泣きかよ。いや、指の隙間からチラチラこっちを見てたから何となくそう思ってたけど」
そんな他愛のない話をしながら待つ。
そろそろ始まりそうなところへ、ハーミアがやって来た。普通のエプロン姿だ。もしかしてパーティーには出ないのだろうか?
「フェルさん、こんにちは。タルテちゃんもルミカちゃんもいらっしゃい」
簡単に挨拶をした後、疑問に思ったことを聞いてみた。
どうやらパーティーの最初は料理を作る手伝いをするらしい。メインは母親が作るらしいが、その補助を行うそうだ。ここに来たのは挨拶のためだけで、すぐに厨房の方へ戻ってしまった。
「最近、ハー姉の料理は凄いもんね。おばさんの料理も凄いけど、今は負けず劣らずって感じ……ハー姉、まさか、私を差し置いて覚醒した……?」
「うん、それに最近のハーミア姉さん、見た目と料理の腕も相まって町で噂になるくらいモテてるみたい。お付き合いの話がたくさん来てるけど、全部断ってるとか言ってた……聖母様と同じですね!」
ツッコミが追い付かない。違う席に移ろうかな。
……まあいいか、あの頃と同じだ。皆がボケて、私がツッコミを入れる。今日くらいは付き合ってやろう。
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