百鬼夜行

 

 逃がした獣人達が外へ出るのを確認してから、改めてピラミッド内をモニターで見る。


 クロム達はまだ入り口付近で残りの冒険者達がいないかどうか確認しているようだ。後はもう一組だけだが、クロム達がそれを知る術はない。もしかしたら探索魔法を使っているかもしれないけど、魔法を使っている様には見えないな。ギリギリまで粘るつもりなのだろう。


 あの場所ならすぐに逃げられるだろうし、問題はないと思う。問題はもう一つの方だ。


 もう一つのパーティはピラミッドの奥の方にいるが、今のところ負けそうな感じはしない。バランスがいいパーティではあるが、特筆するべきは装備か。それに湯水のように使っている高価なポーションとかだ。


 金にモノを言わせたって感じがする。あれらの品はシシュティ商会が用意しているのだろう。空間魔法が付与された鞄からいくらでも取り出せそうな感じだ。このままじゃ確かに主力がピラミッドの出口へ向かえない。


 獣人達を襲っていたマミーだけじゃピラミッドの入り口で普通に食い止められてしまうだろう。やはりここは私の出番かな。


「ドゥアト、スキルを使ってもいいか? このままだと魔物はピラミッドの外へ出られないと思う」


「私もそう思っていたところだ。やってくれ」


 ドゥアトの言葉に頷いてから準備を始める。今の私は魔力がすっからかんだ。その補充をしないとな。


「【全魔力高炉接続】」


 魔力が体の奥から湧き出るような感覚になった。これで大丈夫だろう。


「【百鬼夜行】」


 ユニークスキルである百鬼夜行を使用する。死亡遊戯の様な派手な演出はない。でも、効果範囲の空間が熱で歪んでいるように見える。その範囲が私を中心にドーム型に広がっていく感じだ。


 いや、効果範囲が壁や土もすり抜けると言うならドーム型ではなく球体に範囲が広がっているのだろう。でも、アビスの言う事は本当なのだろうか。これで魔物達に影響が出なかったらまずいんだけど。


「早速効果が表れたな。冒険者達を見てみろ」


 ドゥアトがモニターの方を指しながらそう言った。指す方を見ると、さっきまで優位に戦っていた冒険者が徐々に後退している。どうやら魔物達の攻撃が激しくなって捌ききれないようだ。


「凄いな。魔物達の身体能力がかなり上がっている」


「フェルのスキルだろう? 遠回しに自分がすごいと言っているのか?」


「……ドゥアトは性格が悪くなったな。それとも前に会った時は猫を被ってたのか?」


「私も長く生きて成長したということだ」


「悪い方に成長しているだろうが。まさかアビスの影響とかじゃないよな?」


『失敬な。仮に私の影響だったとしても、その私はフェル様の影響を受けていると思いますが?』


 いきなりアビスが割り込んできた。会話を聞かれてたか。しかも暗に私のせいだと言っている。それは私の性格が悪いと言う事なのだろうか。馬鹿な。


「フェル、アビス。お喋りはそこまでだ。どうやら入り口付近まで冒険者達を戻したぞ」


 ドゥアトに言われてモニターを見る。確かに入り口から最初に到着する広間まで押し戻されていた。ちょうどクロム達がいた場所だ。どうやらクロム達は既にピラミッドを出たようだな。


 このまま押し切ればいいのだろう。意外と簡単だったな。


 そう思った直後、広間が炎に包まれた。そして炎が広間からピラミッドの内部の方へ勢いよく入ってくる。結構奥の方まで炎がきた。


「ドゥアト、あれは何だ?」


「どうやら戦略魔道具を使ったようだな。どうあっても魔物を外に出すつもりはないらしい。敵ながらなかなかやる」


 戦略魔道具か。ダンジョン内で使うようなものじゃないが、相手もなりふり構っていられないと言う事なのだろう。


「で、どうする? 魔物達は百鬼夜行のおかげで全滅はしていない。もう一度突撃させるのか?」


 ドゥアトは少し考え込んでから、こちらを見た。


「いや、あの魔道具が何度使えるか分からないからな。魔素で作り上げた魔物だとしても無駄死にはさせたくない。あれを止める手立てを考えよう、と言ってもやることは決まっているな。フェル、私と一緒にあの広間へ行ってくれ。そして戦略魔道具を奪って欲しい」


「そんな事だろうと思った。いいだろう、手を貸す。でも、この格好で出るのはちょっとまずい。私が魔物暴走を起こしたと思われてしまう」


「すでにフェルが魔物暴走を起こしていると知られているのではないのか?」


「クロム達は確かに知っているが、ほら、さっき獣人達を逃がした時、格好良く助けたみたいな状況になったろ? フードを被って顔を隠していたが、獣人達に魔物暴走を起こしていたのも同じ奴だと知られたら、その、なんだ、格好悪くないか? 魔物暴走を起こしておいて助けたのかよ、とか」


 シシュティの奴らが執事服の奴にやられたとか言い出したら、獣人達のパーティが怪しむと思う。アイツらに顔は見せてないけど、恰好は見られたからな。後でクロムにもちゃんと口止めしておこう。


「名乗り出るつもりはないのだが、謎の冒険者みたいなポジションが揺らぐのはちょっと……そんな呆れた目で見るな」


 ドゥアトはため息をついてから、輪っかを渡してきた。どうやら腕輪のようだ。


「体全体の認識阻害を行う魔道具だ。時間にして一時間くらいしか持たないが、十分だろう。それでいいな?」


「……助かる」


 さっそく腕輪を付けて認識阻害を行う。自分では分からないが、おそらく私の姿を覚えておくことはできないだろう。これで安心だ。


「では転移させる。一応私達は魔物達のボスとして参戦する形にしよう」


 その設定って大事なのだろうか。まあいいか。


 広間への通路に転移した。


 通路が熱い。それに息苦しい。でも、ドゥアトには関係ないようだ。私をおいてすぐに広間へ向かった。薄情な奴だ。


 ドゥアトに遅れないように速足で追いつく。ちょうど広間に入った時に追いついた。


「おい、あの二人はなんだ? こんな魔物っているのか? 冒険者じゃないよな?」


「いや、分からん。新種かもしれない。警戒は怠るな」


 どうやら私達を見て言っているようだな。でも、私が新種の魔物か。認識阻害しているから大丈夫だけど、アイツらの目にはどう映っているのだろう。


 ドゥアトの右手にいつの間にか槍があった。その矛先を冒険者達に向ける。


「冒険者よ。死にたくなければ退くがいい。これから我々は外に出る」


「チッ! やっぱり魔物だ! しかも理性がある! 構わねぇ! さっきの戦略魔道具をお見舞いしてやれ!」


 パーティの先頭にいる男が後ろにいた女性にそう言うと、女性は箱型の魔道具を取り出した。アレが戦略魔道具か。


 女性の目の前に転移して箱を奪う。片手で持てるくらいの魔道具だ。何の苦労もなく奪えた。というか、百鬼夜行のおかげで今の私は制限を解除している時くらいに強い。この程度の仕事は簡単だ。


「え?」


 女性が驚いた声をだしたが、何も言わずに転移して戻った。


「終わった」


 その箱型の魔道具をドゥアトに渡す。ミッションコンプリート。


「転移したのか!?」

「う、嘘……」

「ありえない!」

「み、見えなかった……!」


 冒険者達の方からうろたえるような声が聞こえてきた。まあ、一瞬だったからな。問題は同じような物がまだあるかどうかだ。空間魔法を自力で使っている様ではないようだし、付与されている魔道具ごと奪った方が良かったか?


「うろたえんじゃねぇ! 戦略魔道具がねぇならシシュティ商会に用意させればいいだけだ! おめぇはとっとと行って新しいのを貰ってこい! ここは俺達が食い止める!」


 先頭にいたリーダーっぽい男が、魔道具を取り出した女性にそう言うと、女性はすぐに外へ向かって走り出した。どうやら戦略魔道具は一つだけだったようだな。


 それにしても、ここは俺達が食い止める、か。なかなか言える言葉じゃない。それともかなり自信があるのか?


「魔物達がここを出ちまうとスポンサー様が困っちまうんでな。悪いが外には出させねぇぜ」


 そのスポンサーには潰れてもらう必要があるからな。悪いがこっちも本気でやらせてもらおう。


「よし、私達でコイツらを――」


 倒そう、とドゥアトにそう言おうとしたら、既にドゥアトは飛び出していたようだ。先頭にいる男以外の奴らを叩きのめしていた。リーダー以外の全員が床に倒れている。


「……なんだ? こんなことに時間をかける必要はないだろう? 一人残してやったんだからとっとと終わらせろ」


 リーダーっぽい奴しか残っていない。私がコイツの相手か。


「な、なんだと? い、いつの間に……!」


 まあいいか。今のアダマンタイトがどれくらいの強さか見たいところだったが、時間をかける必要はないだろう。


 アダマンタイトと思われるリーダーの前に転移した。


「転移か!」


 慌てて盾を構えたが、関係ないな。思い切り右手を振りぬいた。盾を粉砕して男を吹き飛ばす。ダイレクトに壁まで吹っ飛んで背中をうち、そのまま膝をついた。


「……嘘、だろ……? ア、アダマン、の盾、だぞ……?」


 男はそう言ってから前のめりに倒れた。


 ちょっとやり過ぎたかもしれない。過ぎたことだけど。


「よし、フェル、帰ろう。後は魔物達で十分だ」


「ちょっとくらい戦いの余韻に浸らせろ。気に入らない奴だとは思うが、手合わせした奴にちょっとは敬意を払え」


「そういう機微はよく分からない。そんなことをせずに、効率的にいくべきだと思うが」


 まあ、多少感情が出るようになったとはいえ、こういうのは難しいか。


「おい! 今の音は何だ!? 無事か!」


 ピラミッドの入り口の方から声が聞こえた。この声はクロムだ。


 予想通りクロムが通路から姿を現す。倒れている奴らを見た後に、こちらを見た。


「くそ! ネームドの魔物か?」


 名前付きの魔物だと思われているのか。まあ別にいいけど。まずはドゥアトに襲わないように言わないとな。


『ドゥアト、ソイツはクロムと言って味方してくれそうな奴だ。叩きのめすなよ?』


『心得た。なら倒れている奴らを持って行ってもらおう。叩きのめしたからスッキリした。これ以上、暴れる必要はない』


 暴れたいから来たのかよ。シシュティ商会にピラミッドで何をされていたのかは知らないが、怒りが収まって何よりだ。後の処理はクロムにやって貰おう。


「おい、クロム。私だ、フェルだ」


「……フェル? そんな姿だったか? なんかこう、言葉にできない姿になっているが?」


 認識阻害ってそう言う物だっけ? まあいい。コイツが目を覚ます前に対処してもらおう。


「姿はどうでもいい。倒れている奴らをピラミッドの外に運んでくれ。それを確認したら、魔物を外へ出す。外で暴れさせたりはしないから安心してくれ。できれば、入り口周辺も避難誘導してもらえると助かる」


「ああ、わかった。入り口付近は既に避難させている。入り口に結界を張ったんだが、それは破れるんだよな?」


「もちろんだ。結界を破って外に出る。でもそこまでだから安心しろ」


「そうか。それじゃコイツらの事は任せてくれ」


 随分と物分かりがいいと言うか、なんで今日会ったばかりの私を信じているのだろう? こちらとしてはありがたいけど。


 クロムに頼んだ後、ドゥアトと一緒に部屋へ戻ってきた。


 ドゥアトがモニターを見て数分、ドゥアトは頷いた。


「どうやら冒険者は全員外に出たようだ。早速魔物達を外へ出そう」


「外で暴れさせるなよ?」


「分かっている。外には獣人達がいるんだ。そんな事にならないように細心の注意を払おう」


 数分後、魔物達がピラミッドの外へ出た。外では悲鳴が起きているのだろう。悲鳴がモニターを通して聞こえてきた。でも、魔物達は外でウロウロしているだけで何もしていない。それが分かって多少は落ち着いたようだ。


 さて、これでシシュティ商会にはダンジョンを管理する能力がないと証明された。


 どうなるか見ものだな。

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