大長老

 

 宴が終わった翌日、朝早くから第一会議室に魔王と部長クラスの魔族が集まっている。


 見送りは必要ないと言ったのだが、見送らせてほしいと何度も言われたので仕方なく会議室までやって来た。


「皆、おはよう。こんな早朝から見送りに来てくれるなんてすまなかったな」


 昨日の宴はかなり遅くまでやっていたはずだ。皆まだ眠いと思う。


「おはようございます。フェル様が謝る必要はございません。魔神であるフェル様を見送れるなんて光栄な事、どんな理由があったとしても逃すわけにはまいりません」


 魔王であるランダムがそう言うと、他の魔族達も頷いていた。そんなに光栄な事でもないと思うが、わざわざ否定することでもないだろう。それに気持ちはありがたい。


「そうか。なら感謝しよう。で、そろそろ帰るわけだが、何か報告したい事があると聞いていたのだが?」


 見送りをお願いされた時にランダムからそう言われていた。だからこそ承諾したのだが、どんな報告があるのだろう。


「はい、人界にいる魔族達の事です。全ての魔族に念話が届いたことを確認しております。シシュティ商会から離れ、魔界への門があるルハラの山へ移動中です」


「仕事が早いな。ありがとう、これでシシュティ商会の弱体化が図れる」


「礼を言うのはこちらです。これほど簡単にシシュティ商会と縁を切れるとは思っておりませんでした。これもすべてフェル様のおかげです。どう感謝をすればいいのか、悩んでしまうほどですな」


 それはそうかもしれないけど、簡単にいったのは色々と条件が整っていたのが理由だろう。ヴィロー商会に私のお金がかなり残っていたし、食糧をすぐに手に入れられたのも助かった。ヴィロー商会のおかげだな。


 でも、これからも大変なはずだ。シシュティ商会のせいで、人族の魔族に対する好感度は全くないと言っていいだろう。それに関しては魔族達がまた一からやり直すくらいの気持ちでやって貰わないといけない。


「仕方がないとはいえ、人族と魔族の信頼関係は地に落ちてしまった。なので、また人族と手を取り合えるような状況を作れるようにお願いしたい。感謝というなら、その願いを聞いてもらいたいのだが、どうだ?」


「もちろんでございます。人族と改めて信頼関係を結べるように致しましょう。次に人界へ攻め込みたいなどと言った魔族は私の方から制裁しておきますので、ご安心ください」


「あ、あれは人族ではなく、シシュティ商会を潰そうという話ですから……そう責めないでくだされ」


 アガレスが申し訳なさそうに頭を下げている。アガレスも同胞のために怒っていたわけだから咎める訳にはいかないよな。ランダムも笑いながら言っているから怒っているわけではないのだろう。


 うん、大丈夫だな。魔族の抱えていた問題の大半は今回の対応でなんとかなるだろう。後は魔族の皆次第。私が助けられるのはここまでだ。


「それじゃ私は人界へ戻る。あとは皆に任せるから魔界をよろしくたのむぞ」


「はい、二度とフェル様の手を煩わせないように致しますので」


「別に煩わせてもいいのだが、私に頼らない気持ちでやってくれるのは助かる」


 私はもう魔王じゃない。魔神だ。魔族は魔王のもとで繁栄していくべきだろう。でも魔神としてやらなくてはいけないこともある。


「あの劇じゃないが、これから私は魔族の皆をずっと見守ろう。そしていつか浄化された魔界を見せてくれ」


「はい、我らの代では無理ですが、子の、さらに子の、さらにもっと先の子孫の代になりますが、必ずフェル様に浄化した魔界を見てもらいます。その日を楽しみにしてくだされ」


「ああ、楽しみにしている。それじゃあな」


「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 別れの挨拶をしてから転移門を開く。その瞬間にランダム達は全員が跪いた。そんなことはしなくていいのだが、門を開いてしまったし、早めに移動しよう。


 門を抜けたそこはアビスのエントランスだ。門を通った後に転移門が閉じる。そして門はその姿を消した。


『お帰りなさいませ、フェル様』


「ああ、ただいま」


 あっという間に人界だ。転移門は便利だな。一日一回しか使えないのがネックと言えばネックだが、それでもメリットの方が多い。


『フェル様、どうやらシシュティ商会はかなり混乱している様です』


「そうか、魔族を撤収させたのが効いたか?」


『はい、それとメイドギルドのメイド達も撤収しましたから、色々と大変な事になっているようですね。後は機を見てダンジョンで魔物暴走を起こします。タイミングは私に任せてもらってもいいですか?』


「もちろんだ。最も効果的なタイミングでやってしまえ。ただ、冒険者達が巻き込まれないようにしてくれよ」


『もちろんです。被害はシシュティ商会だけになる様に細心の注意を払います』


 頼もしいな。だけど、なんとなく楽しそうなのは気のせいだろうか。アビスも色々うっぷんが溜まっていたのかもしれないな。


『ところで今日はどうされるのですか?』


「世界樹に行って賢神を起こそうと思っているのだが、どう思う?」


 今日はもう転移門を使えない。一日で行けそうな場所はそこだけだからな。イブがいつ来るか分からない以上、できるだけ早く準備を整えておきたい。


『いい考えだと思います。賢神クオーは戦闘力を持たない管理者です。私の用意した情報で説得できるかを試すには最適でしょう』


「そうなのか? 賢神とはまったく面識がないから、よく知らないんだ」


 あの時は魔王様が全部やってしまったし、何をしているのかもよく分かってなかったからな。


 よし、アビスの賛同も得られたし、さっそく世界樹へ向かおう。




 妖精王国で朝食を食べてから、ソドゴラの外へ出た。そしてエルフの村を目指す。


 森の中を歩くのは久しぶりだ。昔はほとんどカブトムシの青雷に乗って移動していたし、今は転移門がある。よほどの理由がない限り森を歩くことはなかったからな。


 道すがら人族を乗せたゴンドラを引くカブトムシとすれ違った。青雷便だ。カブトムシが始めた輸送事業。同種のカブトムシ達が引き継いで対応しているのだろう。


 この道もずいぶん活発になったものだ。昔は誰も使っていなかったんだけどな。


 ソドゴラが都市になったというのもあるが、魔物達が大人しくなったことが大きいだろう。それにはアビスにいた魔物達が関係している。


 フェンリルのナガルやケルベロスのロスの死後、従っていた狼やヘルハウンド達はアビスを離れた。


 それはソドゴラやアビスと縁を切るということではなく、森の管理を行うためだ。ナガルとロスはずっと森の管理をしていた。でも、この広大な森の管理ができたのは、あの二体が進化した魔物だったからだ。


 普通の魔物には無理だったのだろう。なので狼やヘルハウンド達はアビスに戻らず、森の全域を網羅できるように住処を作り、管理を行うようになった。それがずっと続いているのだろう。


 さっきのカブトムシといい、あの頃の皆の意思が誰かに受け継がれているのは何となく嬉しく感じる。


 残念なのは進化した魔物達の子供がいないことか。進化したことで単一種族になってしまい、子を成すことができなくなってしまった。本人達は別段何とも思っていない様だったけど。


 そして亡くなる前に全員が私に会えてよかったと言ってくれた。楽しい生をありがとうとも言われたな。それはこっちのセリフだと何度言ったことか。


 ちょっとだけセンチメンタルな気分になったところで、エルフの森の入り口が見えてきた。


 本来エルフと一緒でないと村まで行けないのだが、私には魔眼があるから迷う事はない。この周辺の木には結界が張られていて、正しい木の間を通り抜けないと迷子になる仕組みだ。それを私の魔眼は見破れるはずだ。


 魔眼を使いながら木々の間を通り抜ける。特に問題なくエルフの村が見えるとこへまでやって来た。


「止まれ。何者だ?」


 数人のエルフが木の上から弓で私を狙っているようだ。


「私は魔族のフェルだ。私の事を知っているエルフがいるはずだから、確認してくれないか? それまではこの場を動かないようにするから」


 両手を上げて無防備をアピール。戦う意思はないことを見せておかないとな。


「エルフと懇意にしている魔族がいると言う話は聞いたことがある。ならば少し待て。確認してこよう」


 エルフは四百年から五百年は生きると魔王様から聞いたことがある。多分、ギリギリ私を知っているエルフはいるはずだ。


 ミトルがいれば話は早いのだが、ミトルは出会ったころですでに百を超えていたはずだ。そしてあれから五百年は経っている。残念ながらもう生きてはいないだろう。


 そういえば、ミトルだけはどうなったのか知らないな。私が夢の世界に逃げ込んでいた間に亡くなったのだろう。不義理な事をしてしまった。


 そんな事を考えていたら、三人のエルフが姿を現した。そして長身のエルフが前に進み出てくる。


「魔族のフェル様で間違いないでしょうか?」


 様? どうやら私を知っているエルフがいたようだな。でも、フェル様って。


「ああ、魔族のフェルだ。様はいらないぞ」


「いえ、そういう訳には……申し訳ありませんが、まずは大長老に会っていただけますか?」


「大長老? 会うのは構わないが、私が知っているエルフか?」


「はい。ご存知のはずです。大長老は昔、フェル様にプロポーズされたことがあるとおっしゃっていました」


「なんだと?」


 プロポーズしたわけじゃないが、それはミトルのことだろう。だが、なぜ、ミトルが生きている? すでに六百歳を超えているはずだ。ヴァイアのように長生きしたというレベルじゃない。


「ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 驚いている私を促す様にエルフ達は歩き出した。私も黙ってそれに続く。


 ミトルが生きているのか? それはそれで嬉しいが、それよりも疑問の方が大きい。まさかとは思うが、エルフに伝わる長寿の秘術があるのだろうか。もしかして私と同じように不老不死に?


 色々と考えていたら、一際大きな木がある場所へ連れてこられた。その木には扉や窓が付いている。他の家と同じように木をくりぬいて作った家なのだろう。どの家よりも立派に見える。


「大長老、フェル様をお連れしました」


 エルフがそう言うと、家の中から「入ってもらってくれ」と返って来た。すこしくぐもった感じはするが、間違いない。ミトルの声だ。少しだけ、心臓の動きが速くなった気がする。本当にミトルが生きているのか。


 扉を開けて中へ入る。その部屋の奥には老人がいた。


 老人は灰色のローブを着てベッドに座っている。真っ白な長い髪を後ろで束ねていて、エルフの特徴と言える尖った耳がはっきりと見えた。


「よー、フェル。来るのが遅いぜ? いい女は男を待たせるもんだが、限度ってものがあるからな?」


 ミトルはしわだらけの顔をほころばせながらそう言った。

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