闇を受け継ぎし者

 

 市役所を出る前にエスカから、市役所の職員であることを証明するカードを貰った。


 つまり、市役所のお墨付きで嫌がらせに対処していいということだ。


 暴れたとしても責任は取るつもりだったが、エスカは「何があっても自分が責任を取りますので」と言ってくれた。その気持ちが嬉しいので、私とアビスの分、二つのカードを受け取った。


 カードを渡してくれたのは案内をしてくれた受付嬢だ。さっきとは違ってきびきび対応してくれている。


 でも、顔が赤くなっている。大丈夫だろうか。怒ってないって言ったんだけどな。


 ただ、私は普通に受け取ったのだが、アビスは無表情でカードを受け取った。そんなに受付嬢の態度が嫌だったのだろうか。怒っているわけではなさそうだが、少なくとも好意的ではない。珍しいことがあるものだ。


 カードをしまって市役所を出る。さっそくニャントリオンへ行こう。


 ニャントリオンは中央広場に面した場所にある。この市役所からは目と鼻の先だ。というか見えてる。


「さあ、フェル様、とっとと行きますよ」


 なんだかアビスの様子がおかしいような気がする。ニャントリオンへ行く前に聞いておくか。


「アビス、さっきからどうした? ちょっと怒っていると言うか、イラついている感じだぞ? 市長の秘書をするのが嫌なのか?」


「いえ、そんなことはありません。市長はあの頃の村にいた方の子孫です。その方の力になれるなら、とても嬉しいことです。ですが……」


「ですが、なんだ?」


「さっきの受付嬢は後からこの迷宮都市に来た方ですからね。フェル様への態度が気に入らなかった、というのが正直なところです」


 態度? 最初、雑に扱われたことか? 誤解のようなものも解けたようで、さっきは普通以上に対応してくれたと思うのだが。


「なにか問題があったか?」


「フェル様に対して最初の態度は気に入らないですね。そもそもですね、フェル様は腰が低すぎる時があります。ご自身の状況というか、価値が分かっていません。あんな態度を取られたら、殴り倒していいのです」


「何言ってんだ? そんな事できるわけないだろうが。しばらく見ないうちに随分と過激になってないか?」


 中央広場を一緒に歩いていたアビスが急に立ち止まった。そして私の方を見つめる。


「フェル様、どうやって、目を覚まされたのですか?」


「なんだいきなり? 言っただろう? ヴァイアの子孫であるレヴィアから念話が届いたんだ」


「そんな程度で目を覚ますものではありません。フェル様は寂しさから心を閉ざしました。それは心の死、精神の死と言える状態だったでしょう。例え不老不死の肉体を持っていたとしても回復の見込みはなかったのです」


 そんなひどい状態だったのか。まあ、三百年も寝ていたんだ。それくらいの状態ではあったのだろう。


「そうか、なら運が良かったんだな」


「運なわけがないでしょう!」


 アビスが大きな声を出した。珍しいというか、なんというか。かなり驚いた。


「お、おい、アビス。そんなに興奮するな。さっきからおかしいぞ? 一体どうした?」


「……すみません。昨日から情報の整理ができていなくて……今の私は人でいう情緒不安定なのでしょう。ですが、フェル様、理解してください。フェル様はそれだけの事をしたのです。死んでいた精神を持ち直して生き返るなんて、肉体的に死んで生き返る並みの話なのですよ?」


 死んで生き返る?


「そんな大げさな」


「大げさじゃありません。フェル様は自らの力で生き返りました。実は心配していたというよりは、もう駄目だと思っていたのです。可能性があるとしたら、魔王様がイブよりも先に会いに来て、フェル様を目覚めさせる、という展開しかないと思っていました。それまで私がずっとお守りしようと考えていたのですが……」


 そうだったのか。確かに魔王様なら何とかできたかもしれない。だが、嬉しいのはアビスが私を守ろうとしてくれたことだな。


「そうか、ありがとうな。三百年も私を守ってくれて助かった」


「そんなことはどうでもいいのです」


 ええ? じゃあ、アビスは何を言いたいんだ?


「フェル様は魔王という立場だけでなく、人として、いえ、生命体として信じられないことをしたのです。フェル様が目を覚まされた時、その驚きから私の思考プログラムはシステムダウン寸前だったのですよ? 危うくアビスというダンジョンが亜空間ごと消滅するところでした」


「一大事だろうが」


「そうです、一大事なのです。私の演算結果が不可能という結果を出しているのに、フェル様はそれを覆した。それだけの事をした貴方が、人族相手に下手にでるのは、正直、イラッとします。なので、魔王とか関係なく偉そうにしてください。もちろん、あの頃の村にいた子孫の方にそんなことをする必要はありませんが」


 私がすごいのに他の人に下手にでるのが気に入らないってことなのか? 多分だが、褒めてくれているのだろう。


 なんだか懐かしいな。リエルにも似たような事を言われたことがある。私が「私なんか」と言うとイラッとするとか。自己評価が低いって言ってたかな。そういえば、私は自分を卑下しないようにすると誓ったっけ。


「アビスの言いたいことは分かった。あまり偉そうにはしたくないが、自分を卑下するような真似はしないと改めて誓おう」


「改めて……? まあいいでしょう。そうしてください。私の創造主として恥ずかしくない態度を取ってくださるようにお願いします」


 そう言うと、アビスは私を置いて歩き出してしまった。


 アビスのマスターはアンリだけど、私は創造主なのか。そういえば、私の魔力で作り出したものだったな。


 私には魔神とか創造主とか色々な肩書がある。それっぽく振る舞う事も必要だろう。まあ、アビスに怒られない程度に頑張るか。


 先に歩いていたアビスがニャントリオンへ入ったので、私も続けて中へ足を踏み入れた。


 ここはあの頃よりも大きくなったな。あの頃も大ブランドと言ってもいいほどだったが、今はどうなのだろう。


 店内を見渡すと、商品が規則正しく並んでいた。でも、客がいない。これはどうしたことだろうか。


 服を買う事が目的でない客も多かったはずだ。それに二階には冒険者が使うような革製品もあったはず。だが、二階にも人がいる気配がない。


 カウンターでは店員と思われる女性が突っ伏していた。寝ているのだろうか。起こしてみよう。


「おい、寝ているのか? 目を覚ましてくれ」


 女性の体を揺さぶる。


 女性は「うー」とか言いながら目を覚ました。


「え? あ! お客さん!? い、いらっしゃいませ! ニャントリオンへようこそ! ここにある品は安全、安心ですよ!」


 安全、安心ってなんだ? まあ、それはいいか。まずは店長を呼んでもらう。でも、ディアとガープの子孫か。ちょっとだけ緊張する。


「すまないが店長を呼んでもらえるか?」


「店長? えっと、今は私が店長ですけど……?」


「え?」


 随分と若いな。十五くらいか。見た目だけなら私とそう変わらない歳だろう。でも、あの頃のディアに似ている……かな? こう、人懐っこい感じは似ているけど。


「念のため聞きたいのだが、ディアとガープの子孫か?」


「うちのご先祖様を知ってるんですか? そうですよ、ニャントリオン創始者の子孫でタルテといいます――あ!」


 急にタルテが声を上げた。そして私をジロジロと見る。


「ま、まさか、その執事服は……ファーストオーダー!」


「ファースト……なに?」


「ニャントリオン創始者であるディア様が最初に作り上げたという伝説の執事服! その執事服を着る魔族と言ったら……!」


 そうか、ニャントリオンでも私の事が伝わっているのか。これなら話は早そうだ。


「漆黒よりも暗き闇に飲まれ、深淵を覗いたという伝説の魔神! すべての神を食らって新たな世界を創造しようとしているフェルさんですね! とうとう私の受け継いだ闇に共鳴してくれたのですか……!」


「お前がディアの子孫なのはよく分かった。だが、そんな話じゃない」


「分かってます。本当の事は言えませんよね……でも、私の腕にあるこの封印がある限り、私の闇はあふれ出ませんから安心ですよ」


「その封印はただのほくろだ」


 なんだろう、悪化している気がする。あの頃のディアはもうちょっとマシだった気がするのだが。あ、もしかして。


「タルテはいくつなんだ?」


「十四になりました。私の封印も、あと四年と言ったところでしょう。それまでに私の中の獣を封じる魔道具を見つけ出さないと……」


 チューニ病の全盛期か。大変だな。


 でも待て。タルテが店長? 両親はどうしたのだろう?


「タルテ、両親はどうした? お前が店長だと若すぎるだろう」


「えっと、両親はちょっと遠くへ行ってます。私は店長代理みたいなものですね。実はニャントリオンブランドの偽物が出回っていまして、不幸な事にそれを貴族の方が買われてしまったんです。ウチとしては全く関係ないのですが、なぜか釈明する必要が出てきてしまって、それの対応で店にはいません。多分、シシュティ商会の陰謀かと」


 なるほど。ニャントリオンの偽物を流通させてブランドイメージを損なわせて潰す作戦なのか。それとも弱ったニャントリオンごと買収するつもりか?


 どちらにせよ、そんなことをさせるわけにはいかない。


「タルテ、私達はシシュティ商会を潰すつもりだ。困っていることがあったらすぐに連絡をくれ」


「そうなんですか!? すごい! やはりこれは運命……闇と炎が合わさる時、ニャントリオンが燃え上がると言う話は本当だった……!」


「それはただの火事だ。で、困ったことはないか?」


「あー、そろそろ困る時間です。この時間帯になるとシシュティ商会の奴らが嫌がらせに来るんですよ」


「そうなのか?」


 そう言った瞬間、入り口の扉が勢いよく開いた。


「あらあら、こんなみすぼらしい店に客がいますわ? こんなところの服を買うなんてお里が知れますわよ?」


 金髪縦ロールのお嬢様風な女が五人の男を引きつれて入って来た。女は二十代前半ぐらいだろうか。そして男は全員イケメンだ。多分、従者だろう。


「なんだあれ?」


「あれがシシュティ商会の奴ですね。買うつもりがなくても別にいいんですけど、客が服を買おうとするとダメ出しするんです。だからこの時間帯にお客さんはいないんですよね……」


 本当にタダの嫌がらせなんだな。


「こんなところの服を買うよりも、シシュティ商会で販売している服の方が豪華ですわ。今ならお安く提供していますので、ぜひいらしてくださいな……あら? 貴方は魔族……? もしかして報告にあったフェルと言う方かしら?」


「話が早いな。その通りだ」


「シシュティ商会に歯向かうなんてお馬鹿さんなのですね」


 お馬鹿さんと言われたのは初めてだ。


「えっと、馬鹿って言う奴が馬鹿なんだぞ?」


「……キレましたわ」


 沸点低いな。煽りがいがないというかなんというか。


 縦ロールは近くの従者を見て、命令を出しているようだ。


「アダマンタイトの冒険者を連れて来なさい。この魔族は食糧供給のことでは引かないようなので、力で黙らせましょう。魔族が強いなんて話は昔の事。人族の最高戦力で魔族を叩きのめしてあげますわ」


 アダマンタイトの冒険者か。ちょっとだけ面倒だな。負ける事はないだろうが、あの頃のアダマンタイト級の実力者ならそう簡単には勝たせてくれないだろう。


 店の外から声が聞こえて来た。


『仕事めんどい。マジないわ。こんないい天気に戦えとかありえなくない?』


 どこかで聞いたことがある声だな。


「へーい、来たよー。可愛さもアダマンタイト級のジェイちゃんに叩きのめされたいのは誰かな? 速攻で片付けるんで――あれ? フェルじゃん。久しぶり、何やってんの? ……あれ? なんで? どうして? 行方不明だったよね?」


 入り口から入って来たのは、どこからどう見てもジェイだ。そうか、コイツやレオは魔素の体を持っているから魔石さえ無事なら不老なのか。ちょっとだけ親近感が湧いたな。でも、シシュティ商会に手を貸しているなら敵だ。


「昨日、戻って来たんだ。ちなみにお前が叩きのめす相手でもある。時間がもったいないから早く掛かってこい。腕や足が無くなるのを覚悟でな」


「……うん、ごめん。もう帰るからあとは勝手にやってて。ワタシ、ムカンケイ」


「待て。シシュティに手を貸している以上、お前も私の敵だ。悪いが逃がす気はない」


「大丈夫。今すぐ裏切るから。そういうの得意」


 ジェイは一瞬でイケメン従者達の意識を刈り取った。かなり速い蹴りだ。一人が意識を失って倒れる前に全員に蹴りを当ててた。すごいな。


 それを見た縦ロールがジェイを睨みつけた。


「貴方、なんてことを! シシュティ商会を裏切るなんてどうなるか分かっているんでしょうね!」


「もちろん分かってるよ。でも、大丈夫。どうせすぐにシシュティ商会はなくなるから」


「貴方、何を言って……」


「シシュティ商会はフェルと敵対してるんだよね? どちらかというと、フェルに手を出すほうが、どうなるか分かってんでしょうね、って言いたい。それじゃ退職金はいらないから。というわけで今日から私はフェル陣営です……助けて!」


 強い方に付くという思考があるなら信頼できるだろう。私が強ければ、ジェイは裏切らないということだからな。


 メイド達もいるけど、荒事に強い助っ人も欲しかったから丁度良かった。レオ達もまだいるのだろうか。いるならまとめて雇ってしまおう。


 まあ、それは後だ。次は縦ロールをどうにかしないとな。

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