大宴会
妖精王国にある自分の部屋で目を覚ました。
部屋で休んでいて欲しいと言われたから、シャワーを浴びてひと眠りしていたのだが、結構時間が経っていたようだ。あれだけ寝ていたのに、まだまだ本調子ではないのだろう。
部屋に呼びに来てくれると言っていたからここで待っていればいいはず。顔でも洗ってしっかり目を覚ましておくか。
顔を洗った直後にノックが聞こえた。
「フェルちゃん、起きてる? そろそろ宴会の準備が整うけど大丈夫かな?」
ヴァイアの声だ。
「ああ、大丈夫だ。すぐ行く」
一応、鏡の前で身だしなみを整えてから臭いを嗅ぐ。うん、大丈夫だ。石鹸の香り。これなら誰も文句は言うまい。
部屋を出ると、ヴァイアが笑顔で待っていた。
「急に宴会をするとか言って悪かったな。魔力は大丈夫か? 色々なところへ転移門を開いたんだろ?」
「大丈夫だよ。こういう緊急時のために、転移門の魔道具へ魔力を補充しておいたからね。ほんのちょっと魔力を注ぐだけで転移門が開く様にしてるんだ」
「そうか。一応言っておくが、宴会は緊急時じゃないぞ?」
緊急でしょ、とヴァイアに怒られた。そうだったっけ?
ヴァイアと一緒に食堂へ来ると、多くの人が待ち構えていた。
すごいな。かなり多く集まっている。これは大宴会だ。それにしても、久しぶりに会う奴らが多い……いつのまにか皆、歳を取った。会えてうれしいと思うと同時に少しだけ不安になる。いや、余計な事は考えるな。今を楽しもう。
「はい、フェルちゃんはいつもの席だよ」
ヴァイアに促されていつもの席に座る。そのテーブルにはいつものメンバーがいた。ディア、リエル、メノウ、でも今日はアンリとスザンナもいる。昔を思い出すな。
私が最後だったのだろうか。座ったと同時に食堂が静かになった。そして村長がステージに上がる。
あの頃に比べて、食堂も広くなったからな。歌や踊りで使うステージが常設されている。私が食事をする時間はほとんど使われていないけど、毎日出し物があるらしい。
おっと、そんなことを考えている場合じゃない。村長の話を聞かないと。
「今日の宴会に関して、特に名目はありません。ですが、ここにいる人たちは皆、ある人に助けられた方達です。それだけの集まりではありますが、宴会をする理由としては十分でしょう」
村長がそう言うと笑いが起きた。「ある人」の部分で村長は私を見た。そうか、私の事か。皆を助けたわけじゃないが、ちょっとだけ力を貸した気はするな。
「では、今日は私が乾杯の音頭をとらせてもらいます。皆さん、コップを持ってください」
皆がお酒やジュースの入ったコップを手に持つ。
一呼吸あった後、村長がコップを掲げて乾杯をした。皆も同じように乾杯をする。そして宴会が始まった。
持っていたリンゴジュースを一口。
何だろうな。いつも美味しいとは思うが、今日のリンゴジュースは格別だ。久しぶりに飲んだからかな。
そしてウェイトレス達が皆のテーブルに料理を運んでいる。においだけで分かる。絶対に美味い。早く食べたい。もう腹ペコだ。
「なあ、フェル、その、すまなかったな」
「ん? リエル、何の謝罪だ? まさかとは思うが、カラアゲを食い尽くしたとかいうなよ? あれは私のだ」
「そうじゃねぇよ。アンリを助けに行けって焚き付けたことだって」
リエルがそう言うと、ディアもメノウも同じ様に申し訳なさそうにしている。
そのことか。ヴァイア達には気にするなって言ったんだけど、リエル達には伝わってないのかな。
「皆の話を聞いて自分で決めた結果だ。暴走してしまったが、それは私の責任であって皆の責任じゃない。だから謝らなくていい。それに私がアビスで暴れていた時に、アビスへの魔力供給をやってくれたんだろう? そのおかげで犠牲を出さずに済んだ。どちらかと言うと私が皆に感謝するべきなんだ。ありがとうな」
お礼を言ったら、ため息をつかれた。なぜだ。
「フェルは俺達に謝罪もさせてくれねぇのかよ。あんなことがあったのによぉ」
「そうだよね。謝罪させてくれないっていうのは、ある意味、許さないと一緒だよね。あ、もしかしてそれだけ怒ってる?」
「主人に謝罪できない……それはギロチン案件です。どうか謝らせてください」
面倒くさいな。これは謝罪を受け入れた方が早いのかもしれない。そんなこと気にしなくていいのにな。なにか大きな問題があったならともかく、特に被害はなかったのだから責任を感じる必要はない。でも、皆の中では色々とあるんだろう。なら受け入れるか。
「お前達の気持ちは分かった。決してお前達のせいじゃないが、もしかしたらちょっとくらいお前達の責任があるかもしれない。謝罪を受け入れる。だからこの話はもう終わりだ」
少しは気持ちが楽になったのだろうか。少々ぎこちないが、皆、笑顔になった。
「さあ、時間は有限だぞ。早く美味い物を食べよう。おっと、カラアゲはレモンを絞るなよ。それは締めのカラアゲの時だけだ。通常は何もかけない。常識だぞ?」
「締めのカラアゲってなんだよ? それに常識というならマヨネーズ一択だろ? あ、七味もかけようぜ?」
リエルが私に突っ込みを入れたことで、場の雰囲気が和んだ。
うん、こんな雰囲気で食べた方がいい。いつまでもつまらない事に気を取られている場合じゃない。でもマヨネーズとか七味は許さん。ニアのカラアゲは何もつけないのが完璧な形なんだ。それを分からせてやる。
そんなこんなで色々な料理を楽しんだ。どれも美味いから困る。箸が止まらん。
「よー、フェル、体はもう平気なのかよ?」
ピザを食べていたらミトルが近づいてきた。
「ミトルか。ああ、おかげ様で大丈夫だ。そういえばミトルもアビスの中で魔力供給をしてくれたんだな。助かった。ありがとう」
「何言ってんだ、それくらい当然だって。でも、礼は受け取っておくよ。今日は来てねーけど、隊長や長老達もアビスに来てたんだ。皆にはフェルが礼を言ってたと伝えておくからさ」
「ああ、そうしてくれると助かる」
ミトルは「それじゃまた後でな」と言ってテーブルを離れていった。多分、ナンパでもするんだろう。
ミトルが離れたのを見計らったように、今度はクロウが来た。オルウスやハイン、ヘルメも一緒だ。今はオリン国の魔術師ギルドでヴァイアと色々やっているようだから会うのは久しぶりだな。
「はっはっは、大変だったようだね、フェル君」
「ああ、覚えていないが色々大変だったようだ。そういえば、クロウも魔力供給を助けてくれたんだろう。ありがとうな」
「いやいや、フェル君には色々とお世話になっているからね。これくらいは当然だ。それに私だけじゃなく、オルウスや聖人教の勇者であるバルトス達も来ていたんだよ。もちろんメイドギルドの魔導メイド達もね。それはフェル君の人徳みたいなものだ。礼を言われるような事じゃない」
「そうか。でも、お礼くらい言わせてくれ。皆、ありがとう。おかげで被害を出さずに済んだ」
オルウス達に頭を下げると、慌てた感じで頭を上げてくれと言われた。お礼をしただけなんだけどな。
その後、少し話をしてからオルウス達は離れていった。
……もしかして順番待ちをしているのだろうか。次はドワーフのゾルデとグラヴェ、それにドワーフの村にいるはずの宿屋のおっさんが来た。グラヴェとおっさんの見分けぐらいはつく様になったけど、たまに怪しい。多分、右がグラヴェ。
「やー、ごめんね? ドワーフは魔力が低いからあんまり役には立てなかったけど、アビスの中にはいたんだよ? 助けになったかは微妙なんだけど、気持ちだけは汲んで欲しいかな」
「何言ってる。その気持ちが嬉しいんだろうが。三人ともありがとうな」
「おう、気にすんな。それにお礼ならこの店の料理人を紹介してくれ。ウチの宿で働かせたいんじゃが」
「引き抜く気かコラ。それは断固阻止するぞ。大体ここの料理人であるニアは店の主人でもあるんだ。他の宿で働くわけがない」
「なんじゃ、残念じゃのう。ならメノウはどうじゃ? そもそもうちの宿はゴスロリメイズのファンしかおらんから、お主がいると滞在者が増えるんじゃが。むしろお主が宿を経営してくれれば、儂は鍛冶師に戻れるんじゃがのう」
おっさんは鍛冶師に戻りたいのか。
でもメノウが宿の経営? それはあり得ないと思うが。
「申し訳ありません。ドワーフの村で宿の経営をしていたら主人に仕えることができないのです。メイドとはこの人と決めた主人に仕える者。そして私が仕える方は――」
「ああ、最後まで言わなくていいから。というか、まだ諦めてくれないのか」
「ご安心ください。メイドの辞書に諦めるなんて書かれていません。書かれているのは、主人とメイドの二つだけです!」
何を安心しろというのだろうか。あと、そんな辞書は捨ててしまえ。
とはいえ、メノウには結構メイドっぽい事をさせてるよな。どうしたものか……いや、ダメだ。甘い顔をするとどんどん要求が増えるに決まってる。最悪、メイドギルド全体が私に仕えるとか言いかねない。断固阻止だ。
「よく分からんがメイドには色々あるんじゃな。まあ、気が変わったら言ってくれ。いつでも譲るぞ! そうじゃ、グラヴェはどうじゃ? ついでにゾルデも付けてやるが?」
「ちょ、親父! なに言ってんのさ!」
「そ、そうじゃ! いくらガレス殿でも言って良い事と悪い事がある! こんな老いぼれとじゃ、嬢ちゃんが可哀想じゃ!」
「おじさん、私もう三十五だし、嬢ちゃんはちょっと……それにグラヴェおじさんとなら別に……ねぇ?」
「……お、おう」
「すまないが他でやってくれるか? さっきからリエルの舌打ちが激しくてな」
そんなわけで追っ払った。グラヴェって結構歳だったけど、大丈夫なのだろうか。私が心配することじゃないけど。
「年の差婚、か。俺にもチャンスはあるはずだ。負けていられねぇ」
「リエルはまだ諦めてなかったのか。お前、聖人教で聖母って言われて神格化されてるだろ。恐れ多くて誰も近づかないんじゃないのか?」
「何言ってんだ。人界がなくなったって諦めるつもりはねぇぞ?」
「人界がなくなったなら諦めろ。あ、魔界に来る気か? 魔族でもリエルがいいと言う奴は皆無だと思うけどな」
リエルと戦いになりそうだったが、ヴァイアが「あ!」と大きな声を出したので、戦闘は回避された。どうしたんだろう?
「ディアちゃん、そういえば、ガープ君とはどうなったの? 進展はあった?」
そういえば、そんな話があったな。アンリが戦いを始めた頃からそういう話はしなくなったけど。
「ダーリンの事? うん、付き合ってるよ」
時間が止まるというのはこういう事なんだろう。一瞬、いやもっと長い時間かもしれない。ディアの言葉に皆が息を止めた、いや、止めさせられた。
だが、私は魔王であり魔神。人族の言葉に怯んではいられない。
「ディア、今、なんて言った? ちょっと耳がおかしくなってな」
「付き合ってるって言ったんだけど?」
「いや、その前。ガープの事をなんて言った?」
「ああ、ダーリンって言ったんだけど? ちなみに私はハニーって言われてるよ。まあ、控えめに言ってもラブラブ」
「ごふっ」
リエルが血を吐いて倒れた……気がする。幻覚かもしれないけど、だれか治癒魔法を――リエルしかいないな。
「アンリ、スザンナ。リエルを介抱してやってくれ。なんかクリティカルヒットしてる。これほど破壊力のある言葉はそうないからな。私でも体力の五割は持っていかれた」
「分かった。リエル姉ちゃん、大丈夫。傷は浅い。でも辛かったらトドメを刺そうか? 遺言は聞いておく」
「……お……お前らには、か、彼氏とか、いないよ……な? いないと言ってくれ……」
「いないけど、おじいちゃん達が色々探してる。一応、婚約者候補が何人かいる」
「私の方も探してくれてる。別に必要ないと言ったけど、お見合い用の肖像画を渡された」
それは介抱じゃなくて介錯だ。リエルがこと切れたようにぐったりしてる。
せっかくの宴会なのに大変な事になったな。
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