兄弟

 

 日も登りきらぬ早朝にリーンの町へ到着した。


 いつものように西門の手前一キロ程度前に降りる。


 ゴンドラから降りる時にふらついたからだろう。カブトムシが心配そうにこちらを見ていた。


「フェル様、本当に大丈夫ですか? 今はジョゼ達もいませんので護衛がいない状態になりますが」


「ああ、大丈夫だ。おそらく戦闘にはならない。話を聞くだけだからな」


「それが不思議なのですが、今、この時期に誰に何を聞くのです?」


「誰に何を聞くのかはまだ分かっていない。ただ、色々な事情を知っている奴がいる……と思う。無理はしないから安心してくれ」


「すでに無理をされているので安心できる要素がないんですが」


「大丈夫だ。帰りは転移門を使うから、帰ってくれていいぞ。さっき聞いたけど、トラン国への食糧輸送を請け負っているのだろう。そっちの仕事の方が大事だ」


 表情は分からないが、多分、困った顔をしているのだろう。だが、「分かりました」と言って飛び立っていった。


 誰に何を聞く、か。


 私の予想が正しければ、アイツはノマだと思う。拠点にいたと言う奴はダミーだ。


 ダズマについてはよく分からない。拠点にいたダズマはアンリと戦った相手で間違いないだろう。だが、本物のダズマは赤ん坊の頃に死んではおらず、生きているのではないだろうか。確信はないんだけど、そんな風に思う。


 話を聞けばわかるだろう。でも、まずは雑貨屋にいくか。確認しておきたいことがあるからな。




 エリファ雑貨店へやって来た。十数年前と比べて相当大きい店になったな。ミトル達が持ってくるリンゴとかが大きな利益になっているのだろう。


 でも、どうするか。朝早すぎて店が開いていない。迷惑になるが、確認したいことがあるから店を開けてもらおう。


 扉を叩きながら人を呼んだ。


「誰だい、こんな朝っぱらから――ってアンタかい。久しぶりじゃないか」


 エリファ婆さんが扉から顔を出す。私を見てちょっと笑顔になったようだ。


「すまないな。ここで扱っている商品について確認したいことがあるんだが」


「まあ、入りな。一体、どの商品だい?」


 店の中に入り、該当の商品を指さした。


「これはオリン国でここでしか扱ってないのか?」


「……アンタ、これを買う気かい? 悪いことは言わないから、止めときな。店で売っておきながらアレだけど、こういうのに頼るのは良くないよ? 女ならガツンと行きな。ウチの旦那もアタシの方から――」


「そういうのはいいから。それに買うつもりはない。これを持っている奴がいてな。オリン国で買ったような話をしていたんだが、この町以外でも売っているのか教えてくれ」


 エリファ婆さんは顔を横に振った。


「そんなわけあるかい。扱っているのはウチだけだよ」


「そうか、ありがとう。朝早くからすまなかったな」


「何言ってんだい。アンタの頼みだったら何でも聞いてやるさ。だからもっと頻繁に顔を出しなよ?」


「そうだな。できるだけ顔を出す様にする。それじゃ、またな」


 そう言ってエリファ婆さんと別れた。


 これで確認が取れた。アイツがここで買ったのは間違いない。偵察に来たと言っていたが、ここまで来る理由がよく分からなかった。アイツとの接点がある可能性が高くなったと思う。


 よし、さっそく向かうか。




 扉を開けて店に入った。


 本とインクの香りが鼻をつく。結構好きな香りだ。


「おや、お客さんかな? こんな朝早くから来てくれるとは、よほど欲しい物があるようだね。どんな本が必要なのかは分からないが、ゆっくり探してくれて構わないよ?」


 リーンにある本屋。店の奥から店長の声が聞こえてきた。


 ゆっくりと歩いて店長の前へ移動する。


「うん? もう買う本が見つかったのかい?」


「本を買いに来たわけじゃない。話をしに来たんだ」


 店長は私の声を聞いて、驚くような素振りをした。だが、その行動自体が失敗したと思ったのだろう。苦々しい顔をしている。


「その顔がすべてを物語っているな。私が来ることを予想していなかったのか?」


「……来てももっと後だと思っていたよ。心の準備ができていれば、どうとでも言い訳できたんだけどね」


「単刀直入に聞こう。お前はノマか?」


「いや、違うよ。ノマは兄だ。僕の名はアモン。名乗るのは初めてだったかな?」


 アモン、か。私の憶測ではノマだったんだが、違ったか。


「ならアモン。知っていることを全部話せ。ノマ、ラーファ、そしてダズマの事だ」


「そうだね、君には知る権利がある。ノマの計画に君は巻き込まれたんだからね……さて、どこから話したものかな――」


「それなら質問に答えてくれ。ノマは死んだのか?」


 アモンは首を縦にゆっくりと力強く振った。


「ノマは死んだよ。目的は果たしていたからラーファの後を追ったようだね」


 ラーファの後を追う……二人はどんな関係だったのだろう。それに目的とはなんだろうか。


「二人の関係と目的の事を教えてくれ」


「ノマの目的は神殺しだね。トランにいた機神ラリスでなくても良かったんだけど、一番弱そうな神を選んだようだよ」


「なんで神殺しをする?」


「神に対する劣等感を払拭したかったんだろうね。第三世代の人族を知ってるかい? 今と違い、神の過度な介入により何もせずに生きられた。だからと言う訳じゃないが、大半の人族は怠惰になったよ。それに神という絶対的な存在があったから自分達は劣った生物だと思っていた。兄はプライドが高い人だったからね。例え神でも許せなかったんだと思う」


 劣等感か。たしかラーファもアンリの母に劣等感を抱いていたはずだ。


「ノマはトランで神を殺す機会を窺っていた。そうすることで人族が劣った種族でない事を証明しようとしていたんだろう。そんな時、ノマはラーファと出会ったようだね。理由はもちろんダズマの疾患だ。ノマはラーファに対して、この人も自分と同じような劣等感を持っているんだと思ったらしい。そして、そんなラーファに惹かれたと言っていたよ。その後は……ノマの日記を見たかい?」


「ああ、私は見てないが内容は聞いている」


「ノマとラーファが出会った後はあの通りだよ。ノマは後悔していると言っていた。適合する臓器さえあればダズマを助けられると言ってしまったことをね。それを言わなければ、ラーファはあんな行動をとらなかっただろうとずっと悔やんでいる様子だったよ」


 なるほど。言わなければラーファはアンリを暗殺しようと思わなかったと言う事か。実際にそうなるかどうかは分からないが、確かに暗殺する理由はなくなって問題は起きなかったかもしれない。


「最後に確認したい。後は日記の通りだと言ったな? ダズマはどうなったんだ? 本当に死んだのか?」


「もちろんだよ。墓もあったはずだけど?」


「墓があった報告は受けている。だが、遺体や灰を確認したわけじゃない。お前の証言や日記にそう書いてあるだけだ。こう言っては何だが、ダズマに疾患があったことでさえ、創作と言う可能性はある」


 それに何となくだが、色々な情報がラーファへの同情を誘い過ぎだ。ラーファの凶行は仕方がなかったと言う流れがとても嘘くさい。それとも私の性格が悪いだけなのだろうか。


「……なにか確信をもってそう言っているのかな?」


「いや、何となくだ。タダの勘。何の証拠も出てこないからな。全部状況証拠でしかないのが何となく嫌な感じがした。それに――」


「それに?」


「レオとジェイがここに来ただろう? 誰かを連れて来たんじゃないのか?」


 アモンが目に見えてうろたえた。分かりやすいな。


「なぜ、そう思ったのか聞いても?」


「ジェイがこの町でしか売っていない物を持っていると言っていたんでな。偵察に来た時に買ったと言っていたが、何のためにここへ来ていたのか全く分からなかった。ルハラやロモン、もしくはウゲンならまだ分かる。でも、トランとオリンでは距離的に相当離れている。ジェイがここに来る理由としてはお前くらいかな、と思ったわけだ。そしてトランでの戦争が終わるとレオとジェイはすぐにロモンへ向かった。正確にはここへ向かったんじゃないかと考えただけだ」


 もちろん、この町じゃない場所へ行く途中だった可能性はあるが、それならなおさら理由が分からん。アモンとノマが第三世代の生き残りなら接点があるのかもしれないと考えた程度だ。


「……恐ろしい方ですね。それだけの理由でここに来ましたか」


「他にも理由はあるぞ。日記の内容を信じることが前提だが、ノマが機神ラリスに勝つために情報の矛盾をついたとあったらしい。情報を得るには神眼を持っていないと難しいだろうからな。私が知っている神眼持ちはお前ともう一人だけだ。そのもう一人は行方不明だし、他人のために何かをするような奴じゃない。ノマと関係のありそうな神眼持ちはお前くらいだと思ってな」


 ノマが神眼を持っているという可能性もあったけど、城で私を見ていたあの目は神眼じゃないと思う。あれは多分、私という切り札が来て喜んでいたのだろう。


「待ってください。私は目が見えませんよ? 神眼は使えません」


「治癒魔法で治せるだろ? それにお前がいつ目を潰したのかは知らない。機神ラリスの矛盾に気付いた後で、目を潰したのかもしれないからな。一応聞くが、目を潰したのはいつだ?」


 アモンは何も答えない。答えないのが答えなのだろう。


 しばらくしてからアモンはため息をついた。そして決心した顔になる。


 どうやらちゃんと話をしてくれるようだな。

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