新しい魔王

 

 夕食を終えると、その後は簡単な宴のようになってしまった。


 村長と相談して宴は明日になったが、前夜祭と言うことで皆が好き勝手に食べたり飲んだりしている。私かリエルが主役だと思うんだけど、そんなことは関係なく騒いでいるようだ。騒げれば何でもいいのかもしれない。


 楽しい雰囲気は嫌いじゃない。喧騒に包まれて食べるジャガイモ揚げも乙な物だ。


「さて、フェル様、私達を呼んだ理由はなんでしょうかな?」


 ドレアが話を切り出した。


 テーブルにはドレア、オリスア、サルガナ、そしてレモの四人が座っている。話があるので、夕食後、集まる様に言っておいた。


「もう少し待ってくれ。ヤトが来ることになっている。仕事がひと段落するまで待ってほしいと言われたからな」


 仕事は大事。ちゃんとニア達に許可を取ってから来てもらわないと。


「ふむ、そうですか。では先に私の方から話しましょう。あのクロウという人族の貴族は面白いですな。ヴァイア程ではありませんが、術式に関しての知識が豊富です。なかなか有意義な時間を過ごせました」


 オリスアとサルガナが口を開けてドレアを見ている。もちろん私も。


「そ、そうか。ドレアと話が合うとは相当なものだな」


「ええ、人族は術式に対する考え方が面白い。なにせ魔力が少ないですからな。魔力消費を多くして強化するのではなく、魔力消費を抑える術式を考えるのが得意なのでしょう。私ら魔族の術式は無駄が多い。考えさせられますな!」


「人族から学べることがあるというのはいい事だな。迷惑を掛けない程度に意見交換でもしてくれ」


 ドレアが頭を下げた。クロウなら迷惑に思う事もないだろうけど、一応注意はしておかないとな。


 驚きの状態から回復したのだろう。オリスアが手をあげた。


「では、次は私が。ドワーフのゾルデとやらと手合わせしましたが、なかなか強かったです! まあ、勝ちましたがね!」


 ちょっと得意げだ。褒めてやった方がいいのだろうか。


「そうか、ゾルデは冒険者ギルドでアダマンタイトというランクだ。人界では相当な実力者だと思う。それに勝てるんだから、流石オリスアと言うところだな」


 オリスアが照れてる。


 オリスアは本当に強い。ユニークスキルを持っていないにも関わらず、持っている者を圧倒できる。ユニークスキルにも弱いものはあるが、大抵は戦闘で強い効果を発揮する。持っていると持っていないでは、大人と子供くらいの差があると思う。


 その実力差を努力だけで埋めた訳だ。それに強さだけなら魔族でも私の次に強い。オリスアを推薦するにはちょうどいいかも知れないな。


「お待たせしましたニャ」


 ヤトがテーブルにやって来た。揃ったようだな。


「仕事中にすまないな。その席に座って貰えるか」


 ヤトが椅子に座る。一度全員を見渡した。


 これから言うことを皆はどう思うだろう。だが、もう決めたことだ。


 私はこれから魔族のためではなく自分のために行動しなくてはいけない。そんな奴が魔王をやっていていいわけがない。


「お前達に集まって貰ったのはここで宣言しておこうと思ってな」


 言葉を区切り、沈黙による溜めを作る。


 私が重要な事を言うと感じたのだろう。テーブルにいる五人は真面目な顔になった。


「私は魔王を辞める」


 私が何を言ったのか分からなかったのだろう。誰もが、私の言葉を理解できなかったように見える。


 サルガナが「お待ちください」と言った。


「それはフェル様が以前言った『私に敬意を払うな』と同じでは? 能力を制限されている間は魔王として扱わない、それと同じことですよね?」


「それってお前達が勝手に作ったルールだろうが。だが、今回は違う。私は魔王を辞めて、別の者を魔王にするという意味だ。次の魔王はオリスア、お前に任せる」


 オリスアを見ると、キョロキョロしだした。他の皆はオリスアを見つめている。


「オリスアって誰ですか!」


「いや、お前だよ。ちょっと落ち着け」


「わ、私ですか!? いえ、無理ですよ! 私は戦いしか能がない魔族です。はっきり言って料理もできません!」


「そんなのは私だって出来ない。肉を焼いてもほぼ消し炭だしな。私だって戦う以外の能はないが、魔王をやってた。オリスアにだってできる」


 オリスアは二の句が継げないようだ。口をパクパクさせている。


 それを引き継ぐようにドレアが口を開いた。


「しかし、フェル様。我々魔族にとって魔王とは魔王の覇気を持つ者の事。それ以外の者が魔王と名乗っても滑稽なだけですぞ?」


「そう! その通りです! ドレア! よく言った!」


 ドレアの言葉にオリスアが高速で頭を縦に振った。サルガナやレモ、ヤトも頷いている。


「ドレア、魔王とはなんだ?」


「我々魔族を導いてくださるお方、ですな。まさにフェル様の事だと思います」


「そうか。だが、魔族を導くのに魔王の覇気が必要か? 私は覇気を感じることができないが、はっきり言ってそんなものは不要だ」


 あれは魔王のシステムに組み込まれている何かだと思う。そんなものに付き従う必要はまったくない。


「で、ですが、フェル様、私が魔王なんて――」


「オリスア、聞いてくれ。レモには初めて話すが、ドレア達には聖都から帰ってくる間に私の事は説明したな? 私はイブと言う奴に強制的に魔王にされた。本物の魔王から魔王の因子とやらを抜き出し、私に埋め込んだわけだ。はっきり言って私は偽物の魔王と言っても過言ではない」


「何を! 何をおっしゃるのですか!」


「オリスア、声が大きい。周囲に迷惑になる――」


「大丈夫ですニャ。メノウにこのテーブル周辺を防音空間にしてもらいましたニャ」


 いつの間に。確かに周囲を見るとこちらに気付いた様子ではない。ならいくら大きな声を出しても大丈夫という事か。


「オリスア、大きな声を出すな。防音空間じゃなかったら大変だったぞ?」


「そんなことはどうでもいいのです! 誰がなんと言おうと、魔王とはフェル様の事です! 我々のために色々やってくれているではないですか! フェル様がイブとやらに魔王にされていようが関係ありません! フェル様以外の魔王なんてありえないのです!」


「そうだな。今までは魔族のために色々やってきた。だが、これから私は個人的な事で動くことになる。そんな奴を魔王というのはダメだろう?」


「な、なら、休暇を! 長期休暇にすればいいのです! フェル様の個人的な事が終わったら、また魔王に――」


 首を横に振った。オリスアも分かっているはずだ。分かっていて言ったのだろう。


「私がやることを知っているよな? それは百年、二百年と掛かるかもしれない。そんなに魔王を休んでいいわけないだろう?」


「で、ですが!」


「まあ、待て。何もお前達と縁を切ると言っているわけじゃない。魔族のために何もしないなんて言ってないだろう? 助けを求められれば助けるし、間違ったことをしていると思ったら注意する。そんなことは当然だ。だが、今の私は魔族を最優先にすることができないんだ。だから今までとは違った新しい魔王をオリスアにやって貰いたいんだよ」


「新しい魔王……?」


「そうだ。創造主や管理者が選んだ魔王ではなく、魔族が選んだ王。魔族の将来を考え、魔族のために働ける、そんな奴が新たな魔王になって貰いたい。オリスアならそれができると思っている」


 創造主や管理者が作ったシステムの魔王なんて何の意味もないんだ。勇者に殺されるだけの存在。誰にもこの魔王というシステムを継がせない。そんなものは私が最後。私で終わりだ。


 これからは創造主や管理者が関係ない、まったく新しい魔王が必要になるだろう。その方がいい。


「フェル様、よろしいですか?」


「サルガナ? なんだ? 聞きたいことがあるなら聞いてくれ」


「フェル様のお考えは分かりました。ですが、我々としてもすぐに答えが出せるような事ではありません。フェル様のご命令ではありますが、それに従えとおっしゃるなら、こちらからも条件を付けさせてもらいます」


「条件?」


「はい。例えば、魔王ではなく、魔王代理とするとか、ですね。フェル様という絶対的な魔王がいるのに、他の者を魔王とは言えません。これは呼ばれている本人も拒否したいでしょう」


 オリスアが何度も頷いている。


「それは名称の問題ということか? 魔皇帝とかを名乗ってもいいぞ?」


「名称だけではなく、もっと色々な事を魔族で話し合わないと決められません。ここにいるメンバーだけでは駄目でしょう。もっと多くの魔族達から意見を募って条件を決めたいと思います。明日からすぐに魔王になれ、というような無茶な話ではないのですよね?」


「それはもちろんだ。だが、できるだけ早い方がいいと思っている」


「分かりました。では、全部長クラスの魔族を一度ウロボロスへ呼び戻して会議をします。その会議もかなり長引くことになると思いますが、それだけの案件なのでご了承ください」


 決まらずにずっと会議をしているということも考慮しないといけないな。なら期間を決めておこう。


「なら期間は一週間だ。会議を始めてから一週間でその条件とやらを出してくれ。よほどの条件でない限り了承する」


「畏まりました」


 サルガナが頭を下げると、オリスアがサルガナに詰め寄った。


「おい、サルガナ! たった一週間では……! それに私が魔王などできるわけないだろうが!」


「フェル様のご意思は固い。会議を始めてから一週間という期間があるだけでもありがたいと思った方がいいだろう。その間に私達が納得できる条件を提示するのだ。本来ならフェル様はすべてを投げ出してもいいのだぞ? フェル様は我々魔族に一週間という慈悲をくださったのだ」


 いや、慈悲って。そこまで大げさに取られると困るんだけど。


 サルガナの言うことにドレアも肯定した。


「その通りだ。我々は今までフェル様におんぶに抱っこだったと言えよう。フェル様はそれを危惧されておるのだ。だから、フェル様が魔族のために動けなくとも、魔族がやっていけるようにと、オリスアを指名したのではないか。そこまで期待されておるのに、できんと言うのか?」


「できんとは言っていないだろうが! ただ、恐れ多いだけだ! 私にフェル様の代わりが務まるわけないだろう!」


 いや、できないって言ってたよな? 実際はできるのか? なら何の問題も無いと思うんだけど。


「オリスア、待て。その辺りも踏まえて会議をする。お前ひとりに全部を負わせるつもりはない。会議で意見を募ろう」


「……分かった、いいだろう」


 サルガナの言葉に、オリスアは納得したようだ。


 正直、無茶を言っているのは自覚している。でも、それなりの基盤は作れたんだ。それを今後の魔王がどんどん膨らませていけばいいんじゃないかって思ってる。私なんかよりもはるかに頭のいい奴らが揃っているんだ。もっともっと魔族は繁栄できるだろう。


 いつか未来でこの判断が間違ってなかったと思いたいな。

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