女神教のその後
目を覚ました翌日、みんなと朝食を食べた後にリエルの治癒魔法を受けながらここ一ヶ月の話を聞くことになった。
リハビリを兼ねて、ということだろう。今日はベッドからは出ずに大人しく話をするだけにした。体調は悪くないが、そんな日があってもいいだろう。
私の負担になるからということで、皆は部屋の外へ出て行った。今はリエルと二人だ。二人だけで話すのは久しぶりだな。
「簡単に言うと女神教は潰れたぜ」
「簡単に言い過ぎだ。どうしてそうなったのか、その後どうなったのか、という部分を説明してくれ」
邪教扱いされた女神教だが、もっとも致命的だったのが洗脳の証拠が出てきたことらしい。各地にある女神像を調査すると、完全な黒。各地で暴動が起きるほどだったそうだ。
その騒動を鎮めたのがリエル。リエルは目を覚ますと、すぐさま状況を確認した。そして自分は教皇になったといい、直後に女神教を解体すると宣言した。
「あの時の雄姿を見せてやりたかった」
「特に見たいとは思わないが……それはともかく、女神教徒からの反発はなかったのか? いきなり解体と言っても従ってくれるものじゃないだろう?」
「そこはほら、俺のカリスマ的な?」
確かにリエルは女神教徒達に人気があるだろう。だからと言って盲目的に従うとは思えないんだが。
ジッとリエルを見つめると、観念したように言い始めた。
「空中都市が落ちただろ? どういう経緯でそうなったのか分からねぇけど、俺が邪神を倒したから落ちたってことになってる。その噂に乗っかった」
「お前、何してんだ。よくバレなかったな?」
「詳しくは知らねぇけど、あれはフェルがやったんだろ? だからフェルさえ何も言わなければ嘘も本当になるんだって。だからまあ、そういう事にしておいてくれよ。迷惑は掛けねぇから」
私がやった? 女神を眠らせたという事だよな? なんだろう、記憶が曖昧でよく覚えていない。ただ、実際に空中庭園は落ちている。私がやったんだろうな。
なにか引っかかるが、まあいいだろう。それにもともと女神教は潰す予定だったのだから、過程に関しては大事じゃない。
「女神教が潰れたのは分かった。それで前に言っていた聖人教というのは作ったのか?」
「おう、提案したら快く受け入れてくれてな。女神教徒の大半はそれに鞍替えすることになったよ」
「リエルが運営していくのか?」
「いや、俺は提案しただけで、実際の運営はアムドゥアがやってくれる。でも、聖人の一人に選ばれちまった。面倒くせぇよな」
「聖人って私の知っている聖人と違う意味なのか? 男好きとかいう意味だとか?」
「冗談なのか素なのか分からねぇが、どっちにしても喧嘩を売っているという事だけは分かった」
リエルが聖人か。まあ、何かしら分かりやすい象徴は必要だろう。それに個人的な感想では、リエルはいい奴だ。聖人とまでは思ってないけど。
「ちなみにバルトスとシアスの爺さんたちも聖人扱いになった」
「アイツらが? アイツらが率先して洗脳による布教をしていたんじゃないのか? 正直、聖人どころか、極悪人なのだが。無期懲役レベルで」
「爺さんたちが言うには女神に唆されたらしいぜ? 魔族を倒す力を渡す代わりに信者を増やせって言われたとか」
「そうなのか? 力を貰ったというのは聞いていたけど。でもそれって、周りの奴らに受け入れてもらえるのか? 例え女神に唆されていたとしても、実行犯みたいなものだろ?」
唆されました、って言うだけで無罪放免なら弁護士なんていらない。
「そもそも爺さん達が主導でそれをしていたというのは、俺とアムドゥアくらいしか知らないんだ。だから、俺と同じにした」
「同じ?」
「教皇と四賢全員で邪神を倒したことにした。いままで邪神に従う振りをして反撃の準備を進めていたってことだな」
なんか納得いかない。村が荒らされて、リエルがさらわれ、従魔達は切られたのに、バルトス達は英雄、というか聖人扱いか。こうモヤっとする。
「フェルの言いたいことは分かるぜ。爺さん達も最初はフェルの手柄を横取りするようなマネはできないって拒んでたんだよ。それを俺とアムドゥアが説得したんだ。それに今後は魔族と戦わないと誓わせたからフェルも許してやってくれないか?」
「誓うのは構わないが、それってどれだけの拘束力があるんだ? 口約束を信じるほど、お人好しじゃないぞ?」
「その誓約を破ったらその場でもがき苦しんで死ぬって感じの誓約魔法だったから大丈夫じゃねぇかな」
なんでそんな危ない誓約魔法を使ってんだ。
リエルも苦笑いをしている。
「爺さん達も魔族憎しで色々やっちまった。でも、記憶を取り戻してからは憑き物が落ちたみたいになってて、後悔しているみたいなんだよ。フェルからしたら絶対に許せないとは思うけど、俺に免じて許してやってくれねぇかな?」
「リエル、それは卑怯だろう? お前にそう言われたら許すしかないだろうが」
「言っといてなんだけど、いいのか?」
「お前の頼みを聞かない訳にはいかないだろ? でも、私や私の従魔達はともかく、村の皆にはちゃんと謝罪するように伝えてくれ。それは必須だ」
「おう、もちろん伝えておくぜ」
爺さん達も昔、魔族に色々されたわけだからな。バルトスが言っていたことが本人の事かどうか分からない。他人の事だったとしても、家族や友人、恋人を殺された人はいるはずだ。リーンにいる婆さんみたいに。
魔族を恨むのは仕方ないだろう。代償があっても力を求めることがダメだとは言えないよな。やり方が色々問題だとは思うが。
今回の事で魔族と人族の関係がちょっとでも良くなれば悪くはないと思う。甘いかも知れないが、未来にきっかけだけでも作っておきたいから、これで良しとしよう。
それにしても記憶の代償か。何か引っかかるな……あ、そうだ。一つ思い出した。
「オルウスとダグがバルトス達に連絡できないとか言ってただろ? 多分、バルトス達が記憶を消して力を得たからだと思う。オルウス達へ連絡しろとも伝えてくれ」
「そういえば、王都でそんな事を言ってたな。分かった。それも伝えておくぜ」
さて、一通り女神教関係の話はしたと思うんだが、他になにかあるかな?
そうだ、教皇のことだ。アンリの乳母だった女性。それも聞いておこう。
「元の教皇はどうした?」
「それは村長に聞いてくれねぇか? いまは村長と一緒にいるからさ。フェルはアンリの事を村長から聞いたんだろ? 俺も教皇の記憶を見たから色々知ってるけど、俺の口から言えるような事でもないからな」
そういえば、リエルには教皇の記憶があるんだよな。とはいえ、他人の事だから言える訳はないか。
「分かった。あとで村長に聞いてみる。えっと、女神教の件はこれで終わりか? 私の方から聞きたいことはこれくらいだけど、リエルの方から何かあるか?」
「あー、もう一つあるんだよ。でも、それは後でいいかな。そろそろ疲れただろ?」
「いや、治癒魔法のおかげか随分と体の調子がいい。それにずっと寝てたから眠くもないんだ。何かあるなら言ってくれ」
「そっか。じゃあ、ちょっと待ってくれ。今、連れて来るから」
「連れて来る? 誰を?」
「誰って話じゃねぇんだ。ただ、知っておいて欲しいと思ってな。まあ、ちょっと待っててくれ」
そう言ってリエルは部屋を出て行ってしまった。
一体誰を連れて来るのだろう。
まさかとは思うが、彼氏とか連れて来たらどうしよう。祝福してやるべきか? いや、その男は騙されているかも知れない。しっかり話を聞いてやらないと。
そんなことを考えていたら、リエルが戻ってきた。
十人くらいの子供を連れて。
「待たせたな。紹介したかったのはコイツらなんだ」
なんだろう、この子供達は。アンリくらいからスザンナくらいまでの背格好だし、女の子が多いが男の子もいる。だが、気になるのは――みんな金髪だ。なんというかリエルの髪色に似ている。
「リエルの姉妹とか兄弟か?」
「違うって。コイツらは女神教で教育していた孤児だな」
孤児? それにしては随分と顔の造形がいいような気がする。なんかこう、選ばれて集められたような。
「よし、お前ら、ちゃんとフェルに挨拶しろ」
全員で「フェル姉ちゃん、こんにちは」と言った。リエルがうんうんと頷いている。
「あ、うん、こんにちは……えっと、リエル?」
「ちょっと待ってくれ。よし、お前ら、よくできたぞ。それじゃ遊びに行ってこい」
そういうと、子供の一人が笑顔でリエルに「うん、お母さん、遊んでくるね」と言って部屋を出て行った。
今、なんて言った? お母さん? 母親? マザー?
「おい、フェル。顔が悪いぞ?」
「なんだと、この野郎」
「間違えた。顔色が悪い、だ。どこか痛いのか? 治癒魔法いるか?」
しいて言えば、心臓がバクバクして痛い。だが、そんなことはどうでもいい。聞いてみないと。
「さっき、子供がリエルの事をお母さんと言ってなかったか? 孤児なんだよな?」
「ああ、それなんだけどよ。アイツらの面倒を見ることにしたんだよ。母親代わりってことだな」
「そう、なのか? 一体どういう風の吹き回し――まさか、大人になったら強制的に結婚させるつもりじゃ――」
「否定はしないが、そうじゃねぇよ」
完全に否定してほしかった。正直、リエルの履いている下着を見た時よりも引いた。つまりドン引きの上。
だが、リエルはそんな状態の私に気付かずに話を続けた。
「アイツらを見たろ? タダの孤児じゃねぇんだよ」
「タダの孤児じゃない?」
「皆、金髪で顔の造形が良かっただろ? 色々調べたら、女神、いや、邪神が教皇を通して集めた奴らなんだ。多分、次世代の聖女とか異端審問官にするつもりだったんだと思う」
あの馬鹿女神が考えそうなことではあるな。リエルの事も綺麗だから、その体が欲しかったとか言ってたし。
そう言えば、あの広間には金塊が沢山あった。ウィンの奴は金色が好きなのか? 派手に暴れたからいくつかの金塊は吹き飛んだと思うけど、私のせいじゃないよな。
……あれ? なんで金塊が吹き飛んだんだろう? いや、その前に何で暴れた?
リエルが「どうかしたか?」と言って顔を覗き込んできた。おっと、そっちに集中しないとな。
「俺からしたら他人事じゃねぇだろ? 親近感が湧いちまってな。俺が引き取ることにしたんだよ」
「そうなのか。まあ、リエルが決めたことだから文句はないが、大丈夫なのか? その、子供を育てたことなんてないだろ? もちろん私もないが」
「いや、まあ、そうなんだけどよ。ほら、俺には教皇の記憶があるだろ? 教皇は乳母だったわけだし、子供を育てた経験があるからな。それを活用するつもりだ。プライベートな記憶だけど、それくらい有効利用してもバチは当たんねぇだろ」
そもそもバチを当てる奴らはもういないけどな。
だが、そうか。リエルはリエルで女神教のやったことをなんとかして償おうとしているのかな。ちゃんと聖女しているじゃないか。
「それでよ、ソドゴラ村に孤児院を建てようと思うんだ。それでだな……」
なんだ? 急に歯切れが悪くなった。なにか言いにくい事でもあるのだろうか。
「フェルに女神教を潰してくれたら俺の金を全部やるって手紙に書いたろ? あれ、できれば支払いをもっと先にしてくれねぇか? 孤児院を建てたり、その運営費が必要だったりと、色々金が掛かりそうなんだよ。その、嘘をついたみたいで悪いとは思うんだが」
なんだ、そんなことか。
「リエル。お前を助けに来たのは親友だからだ。金のためじゃない。そもそも礼をしてもらうつもりはないから、リエルの金は全部孤児院のためにつかってやれ」
リエルが目を点にして驚いている。だが、すぐに笑顔になった。
「悪いな。いつか子供達が育ったら礼をさせるから」
「そんなのはいらない――そうだ、なら魔族はいい奴だと教えておけ。敵対されたら困る」
「……ああ、それは俺が責任を持って教えておくよ」
いつもなら気持ち悪いと思うリエルの微笑みも、いまはそんな風に見えない。外からの日差しで髪の毛がキラキラと輝いて、本当に聖女みたいだ。
だが、リエルはいきなり凶悪そうに笑った。
「でも、そうか。礼はいらねぇのか。じゃあ、俺より先に結婚するのも無しな! 先に結婚したらフェルを裏切者として遥か未来まで語り継がせるからな!」
「ふざけんな。相手はいないが、その権利は貰うぞ」
それくらいの権利を貰えるだけの事はやったんだ。そこは譲らんぞ。
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