命の尊さ

 

 魔王様に促され、皆で落とし穴のところへ移動し、ントゥ本体である球体のそばへ来た。


「皆のおかげで助かったよ」


 魔王様が笑いながら私達の方へ手を振っている。普通に元気そうだ。ントゥの外装を壊すほどの攻撃なのに、魔王様はびくともしないのか。


「さて、フェル、いつもの事で悪いんだけど、ここに手を当ててくれるかい?」


 球体の一部にいつもの手を当てる場所がある。そうか、ここも魔王の権限が無いと入れないのか。


 急にオルドが「むう」と言った。


「どうかしたのか?」


「なぜアダム様が自ら手を当てないのか不思議に思ってな。いや、どちらでも構わない話だな。気にしないでくれ」


 魔王様は権限がないからな。これは私がやらないと。


 手を当てると、足元に薄い緑色の光を放つ円が現れる。


「この円から中に転移するから皆も入って」


 魔王様がそう言うと全員が円の中に入ってきた。そのまま数秒待つと、急に視界が変わる。


 金属に囲まれた部屋だ。正面の壁にはいくつもの黒いガラスが並び、それ以外の壁ではカラフルで小さな光が点滅を繰り返している。


 魔王様が黒いガラスの方へ近づいた。


「この勝負は僕達の勝ちだね。すまないけど、少しの間、眠っていてもらうよ?」


「眠らせるのではなく、我を壊せ。生みの親である創造主を殺しておきながら、人界の維持に関して何も成すことはできなかった。我に存在する価値はない」


 穏やかじゃないな。なんとなくだが、レモとかロスを思い出す。アイツ等も迷惑を掛けたから腹を切るとか言ってた。そんなことして何になる。


「それは保留だね。その前に確認しておきたいことがあるんだけど、君は三年前、人界の調整を進言したそうだね? でも、今は調整をさせないように行動しようとしていた。それはなぜだい?」


「調整を進言したのは誤りだと気づいたからだ。我の体であるメインコアが停止してしまったため、他の管理者に協力を求めた。だが、他の管理者からの物理的な助けはなく、情報の提供だけであった。その情報をまとめてみるとおかしな点が多すぎたのだ」


「おかしな点と言うのはなんだい?」


「簡単に言えば、管理者が持っている情報がすべて微妙に違うということだ。ただ、どの管理者にも共通している事がある。人界は四回目の調整をするべきであり、創造主が楽園計画の支障になっている、ということだ」


 そういえば、管理者達は創造主を殺しているんだよな。方法は不老不死のシステムを止めるという対処だったようだけど。


「我は考えた。もしかすると、我が演算した結果も、誤った情報から導きされた結果だったのではないかと。そしてそれを裏で操っている奴がいるのではないかと推測した」


「推測した? 誰かに当たりを付けたのかな?」


「貴方のサポートAI、イブだ。管理者同士はお互いを出し抜けない。性能はお互い同じだからな。そして創造主達は既に死んでいる。貴方は生きていたが、当時は眠ったままだ。可能性があるなら我々の母であるイブだと判断した」


 また、母、か。龍神ドスもそんなことを言っていたが、原型を母だと思うのは普通の事なのだろうか。


「理由は分からない。だが、イブがそう望んで我ら管理者を操っているなら、そのような結果にさせないようにするべきだと考えを改めたのだ」


「なるほどね、人族を殺そうとしたのは、調整をさせないためか」


「その通りだ。他の管理者達がどのように判断するかは分からないので、目先の数字だけでも減らしておこうと考えたまでだ」


 数字? もしかして人族の数を言っているのだろうか? ものすごくムカッとする。


「おい、人族を数字とかで表現するな。その辺の石ころじゃないんだぞ。皆、それぞれの思いをもって生きているんだ」


 皆が私を見ている。ちょっと空気を読まない発言だったかもしれないが、さっきの発言は見過ごせない。黙っているなんて無理だ。


「我が創造主も似たような事を言っていた。人族ではなく獣人達のことだったが、創造主はある時から獣人達を名前で呼びだしたのだ。理由を聞いた時、『彼らも私と同じように生きている。決して物ではないからだよ』と、そう言っていた。私には意味が分からなかったがな」


「ントゥ、君にとって、自分の創造主は特別かい?」


 魔王様は急に何の質問をされているのだろう?


「もちろんだ。誤った情報で対立し、殺してしまったとはいえ、我にとっての創造主は人の言うところの父であろう。特別に決まっている」


「なら、君の創造主が死んだことを数字で表現されたら理解できるかもね。君の創造主は死んだんじゃない、創造主の数が一つ減っただけだ、と表現されたと思えばいいよ」


 ントゥからの返答はない。だが、周囲のカラフルな点滅が激しくなったような気がする。


「よく考えるといいよ。君にとって人族はただの数字かもしれない。調整されないようにしようとしたのも、イブの思惑に乗らないためだけだったのだろう。でもね、君の創造主がただの数字じゃないように、人族や獣人を数字じゃないと思っている人もいるんだよ」


 魔王様が私の方を見て微笑む。なんだろう? 私も笑った方がいいのだろうか? 食事をせずに笑うのは苦手なんだけどな。それに全身砂だらけの感触が嫌で愛想笑いも無理っぽい。


「さて、保留にしていた件だ。君をスリープモードへ移行する。僕はイブに管理者達がおかしくなっているから破壊する様に促された。でも、それはイブの思惑に乗ることになるだろう。だから君を破壊しない」


「……分かりました。次にいつ起動してくれるのかは分かりませんが、しばらく眠ることにします」


 ントゥがそう言うと、オルドが前に進み出た。


「ントゥが眠る前に、話をしておきたいことがあるのだが、いいだろうか?」


 魔王様はオルドの方を見ると、「構わないよ」と言い、少し離れた。


「ントゥ、儂には創造主様の記憶が植え付けられている。次にお主が起動するときに儂が生きているかどうかは分からんから今のうちに言っておく」


「創造主はそんなことをしていたのか。我は信用されていなかったのだろう。結果的にはそれは正しい事だったな。分かった。記録に留めておこう」


「待て、勘違いをするな。言いたいことはこれからだ。ただし、これは創造主の記憶から儂が推測しただけの内容だ。それを踏まえた上で聞いてくれ」


「いいだろう。どんな話だ?」


「創造主はお主の事を息子のように思っていた。そして、いつか命の尊さを理解してほしいと願っていたようだぞ」


「……そうか。だが、それは証のない話。記憶からの推測だろう。本当は違うかもしれない」


 オルドが首を横に振る。


「創造主は不老不死のシステムを止められても、お主を破壊しなかったことがそれを証明している。創造主ならお主の体であるこの球体を止めるだけでなく、破壊すらできた。だが、それをしなかった理由をよく考えるがいい」


 ントゥからの反応はない。でも、カラフルな光も点滅が少なくなった。


「話はそれだけだ。どのように捉えるかはお主の自由にしてくれ」


「……そうか。感謝する」


 オルドは一度だけ頷き、くるりと背を向けて、こちらへ戻ってきた。


 それを言うことでントゥの中で何かが変わるかは分からない。だが、感謝すると言った。多少は変化があったのかな。


 魔王様は笑顔でそれを聞いていたようだ。そして黒いガラスに近づく。


「それじゃ君を眠らせるよ」


「お待ちください。その前に私の得た情報をお伝えします」


「そうなのかい? じゃあ、聞かせてもらえるかな?」


「はい、ウィンにはお気を付けください。どうやらウィンはイブと手を組んだようです」


 ウィン? 人の名前か? どこかで聞いた気がするけど。


「ウィンか。女神の事だね。イブと手を組んで何をしていたんだい?」


 ウィンというのは管理者の名前だったのか。あ、思い出した。ルハラにいた天使が言っていた名前だ。


「分かりません。ただ、ウィンはイブから様々な知識を与えられたようです。本来、私達には不要と思われる情報にウィンがアクセスしているのを確認しました」


「そうか、貴重な情報をありがとう。ウィンがどんな情報にアクセスしていたのか、図書館の情報を調べてみるよ」


「はい……では、どうぞ。私をスリープモードにしてください」


「うん、長く働き過ぎたからね。少しだけ眠ってリフレッシュするといい」


 魔王様はそう言うと、壁の近くへ移動して、そこからいつもの紐を取り出す。それを左手の小手に付けた。


 しばらくすると、周囲から光が無くなる。点滅は止まり、部屋が薄暗くなった。ほのかに足元が光っているだけだ。


 魔王様は壁から箱を引き抜いた。それを丁寧に地面に置く。


 これもいつも通りの対応だ。これでントゥも眠った状態なのだろう。


「ここでの対応も終わりだね。外に出ようか」


 全員で頷く。入ってきたときと同じように外へ転移した。


 落とし穴の中で球体を見る。黒い部分にあった赤く光る部分はもうない。寝ている、と言う証拠なのだろう。


 魔王様は落とし穴の中で、ぐるりと周囲を見てからアビスの方へ体を向ける。


「アビス、この落とし穴はどうやって作ったんだい?」


「地中の砂を変質させて、少しだけ硬めの箱を作っただけです。フェル様が乗っても箱の上部は抜けませんが、ントゥの重さでは間違いなく抜けるような強度にしました。そうそう、空間を作るために箱の中にあった砂はすべて亜空間に入れています」


 そういうことか。でも、私が重かったら落とし穴にハマっていた可能性があるのか? ダイエットしておこうかな。


「そうか。なら、ここを隠す様にまた箱を作ってくれるかな? ここにントゥの本体を隠していた方がいいと思うからね」


「分かりました。すぐに取り掛かります。ドゥアト、手伝ってくれ」


「了解した」


 魔王様と私、オルドは落とし穴から外に出た。


 随分と太陽が高い。もう、お昼すぎ頃かな。早くオアシスの方へ行って、食事とシャワーだ。体の不快さがもう色々と限界。


 そんな私の気持ちが顔に出てしまったのだろう。魔王様が「すまないね」と謝ってくれた。


「さて、改めて礼を言わせてほしい。ありがとう。もっと手間が掛かるかと思っていたから、助かったよ」


 魔王様はそう言って頭を下げる。


「なに、礼は不要だ。儂はほとんど何もしておらんからな。ほぼすべてはフェルの手柄だから、こっちを労ってやってくれ」


 思い切り背中を叩かれた。カウンターでオルドの足に蹴りを食らわせておく。


「私にも礼は不要です。でも、すぐにオアシスへ向かいましょう。今の私には食事とシャワーが必要なのです。切実に」


「そうだね……うん、靴にも砂が入っちゃったか。靴から砂を出しながらでいいから聞いてくれるかい? 次は女神ウィンのところへ行こうと思うんだ」


 女神ウィン、か。行くのはいいのだが、色々と面倒そうだ。信者達がいるだろうし、偽物だが勇者もいる。


「ほう、『空中庭園』へ行くという事か。しかし、あそこは空からはいけないはず。行くなら地上にある転送装置が必要だったはずだ」


「そうだね。今は女神教という宗教が本部にしている施設に転送装置があるはずだ。何とかしてそこへ行かないと、どうしようもないね」


「一応、女神教の聖女から女神教を潰す依頼を受ける予定です。ちょうどいいので、そのどさくさで、その施設とやらに行きましょう……靴の中って亜空間じゃないのに何でこんなに砂が入るのですかね?」


 反応がないので、魔王様とオルドを見ると、二人ともなぜか絶句していた。靴の中に入っていた砂が多すぎたのだろうか。私もこれはどうかと思うけど。


「フェル? 色々と突っ込みたいけど、聖女の話は本当なのかい?」


 そっちの話か。


「ええ、まあ。聖女には大金貨百枚で受けてやると伝えましたので、お金が溜まったら依頼すると思います……いかん、靴下の中にも砂が入ってる。もう裸足の方がいいかもしれない」


「うん、フェルは疲れすぎて、ちょっと思考が短絡的になっているようだね。ごめんよ、無理させて。細かいことは後にしようか」


 よく分からないが、オアシスへ移動するようだ。良かった。早く帰ってお風呂に入ろう。

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