遠慮のない関係

 

 魔王様が亜空間から四角い箱を取り出す。十センチ程度の小さな箱だ。


 それを床に置いて、操作すると、その箱から光が立ち昇った。大霊峰で見た立体映像というものだろう。


 箱から出ている青白い光が丸い円のようなものを表示した。


「さて、フェルは移動要塞の事を知らないだろうから、それから説明するね」


「はい、ありがとうございます」


 私以外は全員知っているのか。よく考えたら、オルドは創造主の記憶を受け継いでいるし、アビスとドゥアトはダンジョンコアだ。知っててもおかしくないか。


「それじゃ、説明を続けるよ。いま、表示されている球体が移動要塞だ。これは縮小して表示しているけど、本来は大体直径十メートルくらいの球体かな。これが移動要塞の核であり、闘神ントゥそのものとも言えるね。この球体の中に入ることが目的になる」


 移動要塞というからには、こう、町が一個くらい動くようなものを想像していた。正直残念だ。ロマンがない。


「フェルはちょっと残念そうだね?」


 魔王様が微笑みながら問いかけてきた。顔に出てしまったようだ。


「そうですね、もっと大きなものを予想していました。直径十メートルの球体では、まあ、普通かな、と」


「そう思うのはまだ早いよ。球体が主体であることは間違いないんだけど、これがすごいのは別の理由がある」


「どんな理由があるのでしょうか?」


「砂漠にある砂、これがすべてこの球体の外装になる。一度に全部外装にできるわけじゃないんだけど、少なくとも数十倍の大きさになるね」


 砂が外装になる? 魔王様は何を言っているのだろうか。


「もっと分かりやすく説明してもらえますか?」


「そうだね、それじゃ、この立体映像を見てもらえるかな?」


 魔王様がそう言うと、立体映像である球体に細かい粒子のようなものが巻きつき、蜘蛛のような形になった。元の球体よりは、はるかに大きい。


「細かい粒が球体に群がって蜘蛛になっただろう? その粒が砂漠の砂だと思って欲しい。つまり、ントゥは状況に合わせて姿を変えられる。そういう戦略兵器なんだ」


「砂の外装で色々な形になれるということですか。それでは、今の蜘蛛のような形以外にもなれると?」


「そうだね、全部は把握していないが、何パターンかあるはずだ」


「闘神ントゥがどういう物なのかは分かりましたが、どうやって倒す、いや、止めるのですか? 外装を壊しても砂なんですよね?」


「そうだね、でも、その説明の前に……」


 魔王様がドゥアトの方を見る。ドゥアトは頷いてから、私の方を見た。


「ここから先は私が説明します。闘神ントゥは主体となる球体の他に、三つのコントロールコアを持っています」


「コントロールコア?」


「はい、映像ではこんな感じになります」


 立体映像が動き、蜘蛛の姿が消え、大きな球体が残る。ただ、その球体の周囲を回転している小さな球体が三つあった。


 ドゥアトはその小さな球体を指す。


「これがコントロールコアです。実際の大きさは直径一メートル程度でしょうか。これが砂の外装を作っている物なのです」


「大きな球体だけで砂の外装を作るわけじゃない、ということか?」


「概ね、その通りです。そもそも闘神ントゥの本体である球体は、この小さなコントロールコアを動かすことしかできません。ントゥが直接砂を操れるわけではないのです」


 ントゥがコントロールコアの球体を動かして砂の外装を作っている、という事なのだろう。ということは、そのコアさえ壊せば、ントゥは何もできなくなる?


「コントロールコアを壊すのが目的になるのか?」


「その通りです。三つのコアを壊すことで、闘神ントゥを無力化させます」


 話が分かりやすくていい。でも、そんな弱点があるならントゥも分かっているはず。


「ントゥもなにか対策しているんじゃないのか? そう簡単にできるとは思えないんだが」


「もちろん簡単じゃありません。コントロールコアは硬質化した砂で守られていますので、まずはコアをむき出しの状態にしないといけないのです」


「それはどうやるんだ?」


「外装を破壊するしかありません」


 それってものすごく大変じゃないのか? そもそも、コアが砂の中にあるなら外装のどの辺を壊せばいいのか分からないはずだ。もしかしたら探索魔法で追えるのかもしれないけど。


 そんなことを考えていたら、魔王様が「大丈夫」と言った。


「外装を壊すのは僕がやるから、フェル達にはコアの発見と、その破壊をお願いしたいんだ」


「発見と破壊、ですか?」


「うん、僕はントゥ本体を破壊しない程度の威力で外装を壊していく。そうすれば、コントロールコアが見つかるはずだ。それを見つけたら、フェルはその近くへ転移してコアを破壊してほしい」


 本体を破壊するのはイブの思惑に乗ってしまうことだから、あくまでも仮死状態にすること優先させるのだろう。本体を壊さない威力で外装を壊すのだからコントロールコアも壊れない。


 そこで私の出番か。外装が壊れてむき出しになったコントロールコアを私が壊す。幸いにも砂漠には視線を遮るものはない。コアがむき出しになれば、すぐにそこへ転移できるだろう。


「作戦は理解できました。お任せください」


「うん、よろしく頼むよ。オルド達はフェルのサポートをしてくれる。おそらく砂で作られた人形、えっと、サンドゴーレムだね。それが大量に襲って来ると思うから、それらはオルド達に任せればいい」


 オルドの方をみると、持っていた大きな曲刀を肩に乗せてから、不敵に笑った。


「雑魚どもは儂に任せるがいい。久々に暴れてくれよう」


「年なんだから無茶するなよ?」


「分かっておる。だが、ドゥアトやアビスもいるからな。多少無茶しても問題はあるまい」


 その二人は無表情だけど嫌そうな雰囲気を醸し出してるぞ。


「さて、大体の作戦は分かってくれたかな? 外装を破壊するのは何度もできるから、コントロールコアを一回で全部壊す必要はないからね。どちらかというと、僕の攻撃に当たらないように慎重にやってほしい」


「そうなのですか? ちなみに魔王様はどんな攻撃をされる予定なのですか?」


「えっと、メテオストライクを使うもりなんだけど」


「当たったら死にますよね? というか、魔王様も範囲に巻き込まれて死にませんか?」


「大丈夫だよ。巻き込まれて死んでしまうのは制御できていないからだ。僕はちゃんと制御できる。そもそも僕が作った兵器だからね」


 兵器? 魔法じゃないのか? そういえば、昨日そんな話をされていたかな。


 魔王様が亜空間から何かを取り出した。よく見ると私が持っているメテオストライクの魔道具と同じものだ。


「ちゃんと威力と座標を指定すれば、巻き込まれることなんかないよ。フェルにも当てるつもりは無い。ただ、青い光に包まれたら、転移して逃げてね。大体十秒ぐらいで爆発的なエネルギーが照射されるから」


 なんだか一気に危険度が上がった気がする。もしかして相棒と言うポジションになったから、私に遠慮しなくなった?


 しまった。相棒は罠か……いや、ならこっちも遠慮しなければいいんだ。


「魔王様、やることが命懸けになりました。なにか褒美をください。くれなきゃやりません」


「え? 褒美? あ、そういえば、大霊峰でお願いされた褒美は作っておいたよ」


 魔王様はそう言うと、亜空間からネックレスを取り出した。それを私の方へ差し出す。シンプルなデザインのネックレスだ。六芒星というのだろうか。それが銀で作られたネックレスだ。


 いままでの私だったら超喜んだ。だが、私は以前の私じゃない。リエル並みの貪欲さを出そう。それくらい許されるはず。


「魔王様がネックレスをつけてください」


「え? 僕が? ああ、うん。そうだね……」


 少しだけ後ろの髪の毛を持ち上げてうなじが出るようにする。魔王様は私の背後に回ってネックレスを付けてくれた。


「どうでしょうか?」


 魔王様の方を向いて尋ねる。魔王様がキョロキョロし始めた。魔王様以外にこんなこと聞くわけないのに。


「魔王様に聞いてます。どうでしょうか?」


「ああ、うん。えっと、似合ってると思う……よ?」


 なんで疑問形。まあいいか。そもそも襟付きのシャツにネックレスは似合わない気がする。長いタイプならともかく短いネックレスだからな。よし、これはシャツの中に入れておこう。魔王様手作りの褒美だ。大事にしないとな。


「褒美は貰いました。それに魔王様自らの手で付けてくれたことで、さらに褒美をもらったことにします。ントゥを止めるために頑張りましょう」


「そうだね、頑張ろうか」


 魔王様がオロオロするのを見ると楽しい。趣味悪いけど、これくらいは許されるだろう。


 いきなり笑い声が響いた。どうやらオルドが笑い出したようだ。


「アダム様がこんなにうろたえるなんて創造主の記憶にもないぞ! これは珍しいものを見たな!」


 それにドゥアトも同意する。


「アダム様は常に冷静沈着だと聞いていましたので、確かに珍しいですね。記録しておきましょう」


 それを聞いた魔王様は気恥ずかしそうに頭を掻いている。


 そしてアビスがこちらを見つめていた。ずっと黙っていたけど、何か言いたいことでもあるのだろうか?


「どうかしたのか?」


「いえ、フェル様の性格からしてあのような行動をとるのは珍しい、というか、ありえない、と思いましたので」


 そうだな。昨日の件で色々と吹っ切れた感はある。今までの私だったら絶対にやらなかっただろう。


「ああ、なるほど、分かりました」


「念のため聞くが、何を分かった?」


 ヤトのときみたいなこともある。ちゃんと聞いておかないと。


「拾い食いはよくありません。ペッてしてください」


「ヤトといい、アビスといい、お前らの中で私ってどういうイメージなんだ? 答えによっては私のパンチが炸裂するぞ、コラ」


 その言葉に魔王様達が笑い出した。


 なんだか緊張感のない状況になってしまったが、まあいいか。

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