相棒
魔王様はすべてが自分の責任だと考えているのだろう。聞いた限りでは、人間が滅亡するきっかけを作ったのは魔王様で間違いなさそうだ。
そうなっても仕方がない部分は多かった。同じ状況なら誰だってそうしたはず。ご自身を卑下する必要はない。
……いや、そうか。本来ならできないんだ。人を生き返らせることも、国を滅ぼすことも普通の人にはできない。でも、魔王様はできた。できてしまった。
思いつくことはあっても実際には実行できないことばかりだ。だから諦める。亡くなった人が星となり遠くから見守ってくれている、そんな風に考えて折り合いをつける。でも、魔王様は思いついたことをすべて実際に実行してしまったわけだ。
なんと答えればいいのだろうか。どうすれば魔王様をフォローできるのか全く分からない。
……いや、そもそも私がそんな難しいことを考える必要はないな。思ったことを言えばいいんだ。
「魔王様に私の思ったことを聞いてもらいたいのですが」
「ぜひ聞かせてくれないか」
魔王様は今まで見たことがないくらい、期待した目をしている。
自分のやったことを糾弾してほしいのかもしれない。それで自分の罪が少しでも軽くなることを期待しているのかも。
でも、それを私がやったところで意味はない。私は人間でもなく、魔王様の娘でもないんだ。はっきり言って部外者。糾弾できる立場ではない。
「魔王様は愚か者ではありません」
「……話を聞いていなかったのかい? 僕が救いがたいほどの愚か者だということがよく分かる話をしたんだけど」
「はい、それは分かりました。ですが、それは過去の話です。今の魔王様は違います」
「え? いや、今だって僕は――」
「魔王様は大霊峰でおっしゃっていました。他の創造主達へ『自分達の都合で命を奪うなんて間違っている』と言ったんですよね? 他の創造主達と袂を分かってまで、第一世代の人族を守ろうとされたんですよね?」
「よく、覚えているね。そうだよ。僕は僕の都合で、家族の死を弄び、さらに復讐で罪のない人を大勢殺したのにね。自分でも驚くくらい、まったく説得力のない言葉を言ったものだよ」
私は首を横に振って魔王様の言葉を否定した。
「説得力があるかどうかはこの際どうでもいいです。魔王様、聞かせてください。創造主達へ言った言葉は本心だったのですか?」
「そうだね。それは本心だよ。そこに嘘はない」
「なら魔王様は愚か者ではありません。どれだけの時間が掛かったかは分かりませんが、魔王様は自分がされた行為を間違っていたと認めて、変わられた。本当の愚か者は、自分を愚か者と気付かないか、気付いても直そうとしない者を言うんです」
魔王様は私を見つめたままだ。
ものすごい屁理屈だとは思う。単に愚か者の定義をごまかしただけ。でも、魔王様の行動をこれまで見てきたんだ。愚か者のようには思えない。
「そう、だね。自分がやったことはすべて間違っていたと思っている。そして考えを改めた……つもりだよ」
「それなら魔王様は愚か者ではありません。私が保証します」
「……そうか、ありがとう。愚か者じゃないからといって、僕の罪が許されるわけじゃないけど、そう言ってくれるのは嬉しいよ」
魔王様にお礼を言われてしまった。もしかしたらフォローできたのかも。よし、この際だ、思ったことは全部言うぞ。
「罪という言葉で思い出しましたが、もう当事者は誰も生きていませんよね?」
「うん、そうだね。でも、それがなんだい?」
「魔王様の罪を裁ける者も、罪を許せる者もいないと言う事です。あとは魔王様がご自身で判断するだけです」
「僕が判断?」
「はい、魔王様の罪はどれくらいで、どれほどの償いをすればいいのか、それはすべて魔王様が決めるべきです。当事者は誰もいないのですから、魔王様が決めるしかないですよね?」
「そういうことか。でも、それなら決まっているよ。僕の罪が許されることはない。永遠に償い続ける必要があるだろう。それでも足りないくらいだけどね」
「分かりました。でも、いつか魔王様がご自身を許される、そんな日が来ることを祈っております」
「……ありがとう、って、お礼ばかり言ってるね。でも、本当に感謝しているんだ。フェルが魔王でいてくれて、本当に良かったよ」
魔王様は笑顔だ。いま思い出すと魔王様はいつも儚げな笑いをしていたような気がする。いままで聞いたような事情があるなら当然か。でも、この笑顔は心の底から笑っているという感じがする。
思ったことを言っただけだったけど、それなりにフォローできたのかもしれない。良かった。
良かったけど、良くないこともある。気付いてしまった。
魔王様は奥様と娘さんを今でも愛しているのだろう。それこそ気の遠くなるほどの時間をずっとそうだったはずだ。そしてこれからも変わらないはず。
私が入り込む余地は全くないということだ。
本気で魔王様とつがいになる、と考えていたわけではない。でも、かすかな希望にすがっていたのは事実だ。そういう未来を妄想したこともある。
当然だ。私より遥かに強い上に、命を助けてくれたんだ。魔族の女として惚れなくてどうする。魔王様の過去を聞いてもそれは変わらない。
でも、それはあり得ない未来として理解してしまった。魔王様が心変わりすることはないだろう。
私は失恋したんだろうな。告白もしていないのに、全てが終わってしまった。これがトラウマになってリエルみたいになったらどうしよう?
それに私の初恋がこんなことでいいのか? いや、良くない。例え、答えが分かっていても女には進まなくてはいけない時がある。ならば派手に散る。それが私の生き様だ。
「魔王様、聞いて欲しいことがあるのですが」
「なんだい?」
まず、深呼吸。落ち着いて、噛まないようにしっかり伝えよう。
「私は魔王様をお慕いしています。私とつがいになってください」
魔王様は目をこれでもかと言うくらい見開いている。だが、徐々に普通の大きさになった。そして、魔王様は真面目な顔をされた。真剣に答えてくれるということだろう。
「フェル、ありがとう。君の気持は嬉しい。でも、僕は妻と娘をいまでも愛してる。そして、これからも。だから、フェルの気持ちには応えられない。すまない」
終わった。これで私の初恋は終わり。初恋は実らないとかリエルが言ってたけど、本当だな。ウゲンでの対応が終わったらやけ食いしよう。
大きく息を吐きだしてから、魔王様を見た。
「いえ、魔王様が謝る必要はありません。魔王様からその答えが出るのは分かっておりました。これはけじめのようなものです。真面目に付き合ってくれて感謝しています」
「フェルは強いね。答えが分かっていても言えるなんて、誰にでもできる事じゃないよ」
「なんとなくですが、このままだと後悔すると思いましたので」
「なら僕も後悔しないように言っておこう。もし、僕に妻や娘がいなかったら、フェルの気持ちに応えたよ」
もし、か。そういう未来もあったかもしれない、ということが分かっただけでも嬉しいものだ。
「ありがとうございます。その言葉を聞けただけでも、告白した甲斐がありました」
あ、そうだ。これも言っておかないと。
「このような結果になってしまいましたが、魔王様への忠誠は変わっておりません。魔王様に救われたこの命、魔王様のために使うと誓います」
「フェルの忠誠は嬉しく思うよ。でもね、君の命は君の物だ。僕のために使うことはない。それに、僕がフェルに求めているのは、言うことを聞いてくれる部下ではなく、パートナーだね」
「パートナー?」
「相棒ともいうかな。フェルとは対等な関係になりたいんだ。どうかな?」
魔王様はそう言って左手の小手を外してこちらへ差し出してきた。右手は義手だから、左手で握手ということだろう。
恋人や、つがいにはなれないが、相棒にはなれるようだ。とくに関係が変わるわけでもないだろうが、部下よりも相棒の方がいいような気はする。ならば断わる必要もない。
「分かりました。では、魔王様と私は今から相棒です。よろしくお願いします」
魔王様と握手をする。魔王様の右手とは違い、左手は暖かく大きい。
「うん、よろしく。そうそう、相棒なんだから、敬語はやめてくれていいんだよ?」
「それは無理です。そもそも命の恩人なんですから、そこは諦めてください」
「そうなのかい? でも、それじゃ何も変わっていないような気がするよ?」
「いえ、これからは思ったことは何でも言いますので」
「……これまで言いたくても言えない事があったのかい?」
「それは内緒です。これからは包み隠さず言いますので期待してください」
魔王様は「お手柔らかにね」と言って笑った。それにつられて私も笑う。
魔王様は許されることのない罪を償いながら生き続けるのだろう。おそらく永遠に。
私はすこしだけその償いの手伝いをする。それが、私の恩返しだ。私の命が尽きるその日まで、魔王様のために生きよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます