愚か者
写真に写っているのは魔王様の妻。そして娘。その娘に私は瓜二つ。
なにがなんだか分からない。視界から色が無くなり、音が遠ざかっていく。気持ちが悪い。
「フェル、大丈夫かい?」
魔王様が私に何か言っている。聞こえたのだが言葉が理解できない。いや、大丈夫と聞かれたのか? 私は大丈夫、大丈夫なはずだ。だが、胸が苦しい。息ができない。
誰かが私の背中をさすっている。だが、温かみは感じない。ああ、そうか、これは魔王様の義手だ。
落ち着け、落ち着くんだ。いつも通りにクールに対処すればいい。
よく考えよう。魔王様がこんな冗談を言う訳がない。なら、本当の事なのだろう。
魔王様に奥様がいたからなんだというんだ。娘さんがいたからどうした。そんなことは問題ない。
でも、魔王様にとって私はなんだ? 娘に似ていたからセラから助けてくれたのか? もし、似ていなければ助けてはくれなかった?
「魔王様、教えてください。私は娘さんの代わりなのですか?」
私はフェルだ。魔王様の娘ではない。ただ、魔王様の娘さんに似ているだけ。でも、それだけが私と魔王様の関係なのだろうか。
どうして魔王様は何も言ってくれないのだろう。代わりじゃないと、そう言ってほしい。
「……フェルに娘の面影を見たことは否定しないよ、でも――」
心臓が大きく脈打った。
魔王様にとって私は、単に娘に似た奴、ということか。いや、もともと魔王様は私の権限だけが必要だったんだ。大霊峰でそう聞いて、それは分かっている。ショックを受ける必要はない。
でも、寂しさというか、虚しさを感じる。私って何なのだろう。魔王様の娘に似ておらず、魔王でもなかったら存在価値が無いように思えてしまう。
容姿も魔王の力も自分の力で手に入れたわけじゃない。たまたま私がそうだっただけだ。
ため息しかでない。もう何もかもがどうでも良くなる感じだ。私が魔王様に淡い恋心を抱いていたときに、魔王様は娘に接するような気持ちだったのだろう。なんと滑稽なことか。
「フェル、聞いているかい?」
「え、あ、なんでしょう? その、上の空でした」
「やっぱりショックを受けたようだね。えっと、もう一度言うよ。フェルに娘の面影を見たことは否定しない。でもね、フェルはフェルだ。娘の代わりなんかじゃない」
「え?」
「フェルに初めて会った時や、ルハラで傷を治した時に娘とフェルが被ったことはある。でも、それくらいだよ、フェルに娘の面影を見たのは」
初めて会った時? 確か玉座の間で対峙した時だったかな。最初、魔王様を勇者だと思ってた。そういえば、私を見て酷く驚いていた気がする。
ルハラで傷を治した時というのは、天使との戦いの後かな。そういえば、誰かが病弱だったとかおっしゃっていたような気がする。
「確かにフェルは娘に瓜二つだよ。でもね、見た目だけだよ。娘はフェルと違って、性格はおしとやかだったし、病弱で寝ていることが多かった。それにフェルのように大食いでもなかったよ」
「あの、魔王様、私の事を遠回しに貶してませんか?」
「ああ、ごめんよ。そういう意味で言ったんじゃないんだ。娘とフェルは見た目以外何もかも違うと言いたかったんだよ」
そうなんだろうけど、なんというか、褒められてはいないような気がする。だが、言わんとすることは何となく分かった。
「それにね、フェルには立派な角があるだろう? フェルのその角が目に入るとね、この子は娘じゃない、立派な魔族の女性だ、そんな風に思わせてくれるんだよ」
私の角にそんな効果があるのか。確かにあの写真を見た限りだと、見た目は角くらいしか違いはないからな。
その後も、魔王様は娘さんとの違いを色々おっしゃってくれた。かなり必死に。
魔王様の言葉が本当かどうかは分からない。それを確認することはできないだろう。でも、そう言ってくれるのは、私を気遣ってくれているからだと思う。
私の魔王としての権限が必要だから機嫌を取っている、という可能性はあるが、疑い出したらキリがない。なら魔王様の言葉を信じよう。
「分かりました、魔王様。私を娘さんの代わりだと思っていないなら、何の問題もありません」
そうだ、この際だから魔王様のことを全部聞いておこう。亡くなっているとはいえ、奥様や娘さんがいることなんて全く知らなかった。魔王様の事をもっと知っておきたい。
「魔王様の事をもっと教えてもらえませんか。私は魔王様の事を知らなすぎます」
魔王様は考えるそぶりをしてから、私の方を見つめた。
「僕の事を話してもいい。でもね、これは僕がどれだけ愚かな人間だったかを証明する話になる。フェルは僕に幻滅するだろう。それでもいいかい?」
「もちろんです。でも、幻滅することは無いと思います」
「聞けば分かるよ。僕は本来なら生きていてはいけない程に愚か者なんだ。でも、そうだね、フェルには知っておいて欲しい」
魔王様は一度だけ深呼吸をした。
「僕はね、人間が不老不死になる前に、今でいう魔素を作る研究の主任をしていた。当時の僕は恥ずかしながら天才と呼ばれていてね、いくつもの理論を作りだしたんだよ」
天才。スキルレベル四のことだな。ニアとか料理の天才だ。
「ただ僕は家族を顧みることが無かった。子供のころから何かと世話を焼いてくれる妻が、僕をずっと支えてくれていたというのにね」
奥様とは幼馴染と言う関係だったのか。リエルが言うには絶対に結ばれないとか言ってたけど、そんなことないじゃないか。
「娘が生まれても、ほとんど一緒にいられなかったと思う。そんなダメな父親だったんだよ」
魔族の親も似たような感じだ。かなりの放任主義。
「でもね、ある時、娘から手紙を貰った。大きな紙に『お仕事頑張ってね』というたった一言の手紙。でも、その言葉で自分がどれほど家族を顧みなかったかを理解した」
「どういう意味でしょうか? 父親を励ます言葉のような気がしますが」
「それしか書くことが無かったということだよ。娘からしたら、僕が遠くで仕事をしている、というだけの認識しかなかったんだ。思春期の娘ならともかく、まだ小さい娘が、父親に何を聞いていいのか、何を話していいのか、まるで分からなかったんだ」
魔王様がため息をついた。当時の事を思い出されているのだろう。
「本当なら仕事を放り出して家族の元に向かうのが良かったんだろうね。でも、僕が関わっていた研究は国家プロジェクトで投げ出すわけにはいかなかった。だから、家族を職場である研究所に呼んだんだ。幸い、研究所には家族と一緒に住める居住スペースがあったからね。でも、これが間違いだった」
「間違い、ですか?」
「そう、だね。結果的に間違いだった。まあ、それはもっと先の話だ。彼女達を呼んで三年ほど、一緒に暮らした。一緒に食事をして、一緒のベッドに寝て、休日は一緒に遊ぶ。たったそれだけのことなんだけど、その三年が僕にとって幸せの絶頂だったと言えるだろう」
幸せの絶頂か。でも三年? たった三年?
「娘の十六の誕生日が近づいてきて、何が欲しいか聞いてみた。そうしたら、妻と結婚式を挙げてほしいと言ってきたんだ」
「結婚式、ですか?」
「そう、僕と妻は戸籍上、夫婦だったけど、忙しくて結婚式を挙げていなかった。だから小さくてもいいから結婚式を挙げて欲しいって言われたよ。それをプレゼントにしてほしいとね」
結婚式……魔王様は確か結婚式にいい思い出がないとかおっしゃっていたような?
「僕は了承した。娘の誕生日に研究所の一室で簡単な結婚式を挙げる、それを約束した。そうそう、さっきの写真はね、その時の物だよ。写真を見て約束を忘れないように肌身離さず持っていてって娘に言われたよ」
そこまで言って魔王様は苦し気な顔をされた。なにかあったという事だろうか。
「でもね、その約束は守れなかった」
「……どうしてでしょうか?」
「結婚式当日、研究所で爆発が起きた。研究所の三分の一は爆風で吹き飛び、多くの犠牲者が出たんだ。その犠牲者の中に妻と娘も含まれている」
「そんな……」
「僕は当日、妻と娘の指輪を受け取りに研究所の外へ出ていた。研究所へ戻った時に僕も爆発に巻き込まれたんだが、一命は取り留めたよ。右手は失ったけどね」
魔王様は義手の右手を見つめながら、閉じたり開いたりしている。
何と言えばいいのだろう。どんな慰めも意味がないような気がする。だが何か言わないと。
「魔王様、それは事故なんですよね? なら、魔王様が愚かという事にはなりません。その、魔王様は家族を研究所に呼び寄せましたが、不幸な事故に巻き込まれただけです」
慰めにも何にもなっていないが、魔王様が責任を感じるような事ではないと思う。
「ありがとう。でもね、僕が愚かなのはこれからだよ」
「これから、ですか?」
「そう、僕はね、亡くなった二人を生き返らせようとしたんだ。これが、僕が愚か者になる第一歩だったよ」
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