写真

 

 いつの間にか宴になっていた。獣人達があちらこちらで歌ったり踊ったりしている。


 こうなった原因はヤトだろう。ヤトはオルドとロックが目立っているのが気に入らなかったようだ。


「アイドルの私を差し置いて目立つなんて許せんニャ!」


 そんな事を言い出して、簡易ステージを作り、歌い出した。バックダンサーはいないけど、クーガが盛り上げていたので、注目を集めたようだ。


 それがものすごく受けた。


 獣人達は色々と溜め込んでいたものがあったのだろう。それにいつもより美味しい物を食べて、気分がハイになっていたのだと思う。ストレスの発散をするようにヤトに合わせて踊ったり歌ったり騒ぎ始めた。


 なんというか、一体感がすごいな。私にも踊れとか言われないように、ちょっと離れておこう。


「フェル、ここにいたのか」


「オルドか。私は遠慮するが、お前は踊らなくていいのか? ロックはポーズを取りながら踊っているぞ。女性の獣人に受けがいいみたいだが」


「流石に歳には勝てん。先程のポージングで体が辛い。もう二十年若ければ踊ったんだがな」


「そうか。まあ、無理をして明日に支障が出たら魔王様も困るだろうからな。今日はもう休めばいいんじゃないか?」


 もう寝ろと促したのに、なぜかオルドは地面に座った。


「今日はまだ寝れんよ。こんなに活気のある皆を見るのは久しぶりだ。いや、初めてかもしれん。もっと目に焼き付けておきたい」


 オルドは踊っている獣人達を優しそうな目で見つめている。だが、直後にため息をついた。


「やはり儂は王ではないな。人族から食糧を奪うことはできた。人族から守ることはできた。だが、このような笑顔を作れたかというと、そんな記憶はない」


「もともと合議制の国なのだろう? ならそれはオルドだけの責任じゃないと思うぞ?」


「そうかもしれん。だが、儂には創造主の知識がある。それをうまく活用できなかったことが悔やまれる。儂が別の形でこの知識を使えれば、もっと違ったかもしれん」


 なにか後悔でもしているのだろうか。遥かに年上の奴に意見するのもなんだが、一応言っておくか。


「なら、これから変えていけばいい。それにオルドだけが考える必要は無いと思うぞ。族長達に意見を聞けばいいんじゃないか。知恵と知識、両方持っている奴はほとんどいない。大体どっちかだ。オルドは知識を担当して、族長たちに知恵を借りたらうまくいくかもしれんぞ? なんなら、ドゥアトにも聞けばいい」


 オルドが驚いたように私を見ている。そして「ガハハ」と笑い出した。


「そうだな。儂には知識を活かせるだけの知恵がない。ならば知恵を誰かに借りるのが正しいのだろうな!」


「まあ、オルドに知恵が無いとまでは言わないが、もっと知恵のある奴はいるかもしれない。皆で頑張ってくれ」


 獣人達を見ていたオルドが、私の方を見た。


「フェル、儂はいつも死に場所を求めていた」


「なんだいきなり? その話、長いのか?」


「まあ、聞いてくれ。死に場所を求めていたが、三度も死にぞこなった。管理者に助けられ、次に創造主に助けられ、そして今日、お主に助けられた」


 運がいいのか悪いのか分からないな。というか、今回も死のうと思っていたのか?


「助けられたのが嫌だったような言い方だな。勝手に助けやがって、とか言い出すなよ? お前の事情なんか知らんぞ」


「感謝していると言っただろう? そんなことは言わん。ただ、創造主との約束は守りたいと思っていたが、今回の件はどうすればいいのか分からず、このまま死んでいくのも仕方がないとは思っておった」


 オルドは口角を上げて笑う。


「だが、また儂は救われた。運命のイタズラというヤツだな」


「運命? 体に似合わずセンチメンタルだな」


「そう思いたくなる人生だからな」


 運命か。私にもなにか運命があるのだろうか。魔王と言う時点で普通の運命じゃないとは思うけど。


「そして、フェル。お主には他人にはない数奇な運命があると思う」


「さっきからどうした? まさかとは思うがお前もチューニ病か?」


 私の問いには答えず、オルドは人差し指でピラミッドの方を指した。その先には人影がある。良く見えないが、魔王様だろう。ピラミッドでの対応は終わったのだろうか。


「アダム様があそこで待っている。人影が見えるだろう? 行って話を聞いてくるといい。だが、感情的になるな」


「感情的になるな? 何を言っているか分からんぞ? 大体、魔王様が私を呼んでいたなら、もっと早く言ってくれ」


 ピラミッドの頂上が光り輝いているから、周囲はかなり明るい。夜だけど、余裕で転移ができそうだ。オルドに「じゃあな」と言ってから、魔王様がいらっしゃる辺りへ転移した。


 魔王様はピラミッドの段差に腰かけて、獣人達の方を見ていた。そして私に気付くと、ゆっくりとこっちを向き微笑む。


「やあ、フェル。こっちは準備が整ったからね、すこし休ませてもらっていたよ」


「お疲れ様です、魔王様。オルドから聞いたのですが、私を呼んでおられたとか?」


「そういう訳じゃないんだけどね……彼もおせっかいだったけど、そういうのも記憶と共にオルドへ継承されたのかな?」


 彼と言うのは創造主のことかな? でもおせっかいを継承した? どういう意味だろう?


「オルドから、フェルに似た人の話を聞いたんだね?」


「え? ええ、その話は聞きました。魔王様もご存じだとか。あと、自分の一存では言えないとも」


「……そうだね。まあ、それは僕の方が詳しく知っているということだよ。ああ、すまない。フェルも座ってくれるかい。立ったままじゃ疲れるからね」


「はい、では失礼して」


 そうは言ったが、どこへ座るべきだろうか。距離感は大事だ。座るのが近すぎて、魔王様が離れたらかなり傷つく。だが、離れすぎて座っても魔王様が嫌な思いをされるかもしれない。どれくらいの距離が正解なのだろうか。


 ええい、ままよ。女は度胸。ギリギリまで攻めよう。


 魔王様のすぐ横に座った。お互いの距離は二十センチ。結構近いような気がする。だが、魔王様は特に何もおっしゃらなかった。ベストな位置なのだろう。


「なにから話したらいいかな……」


 魔王様が獣人達の方を見ながら、独り言のようにそんなことを言った。


 なんだろう? 説明しにくい事なのだろうか。というか、そもそも何を言う気なのだろう? 私に似た奴のことだとは思うが、そんなに複雑な話なのかな?


「魔王様、私に似た奴の話ですよね?」


「そうだね。いつか話そうとは思っていたんだけど、フェルがどう反応するか全く分からないから、言い出しにくくてね」


 私の反応? 一体、何の話をされるつもりなのだろうか。


 おもむろに魔王様はジャケットの内側から一枚の紙を取り出した。小さい紙で、ちょっとテカテカしている。普通の紙じゃないのかな?


「これは写真と言ってね、旧世界の技術で作られたものだよ。瞬間的な映像を残しておく物だ。この写真に君にそっくりな子が写っている。まずはそれを見てもらえるかい?」


 瞬間的な映像? 写っている? ヴァイアが作った魔道具みたいなものかな。


 魔王様から写真とやらを受け取った。何も描かれていないがこれは裏面なのかな。写真を裏返にして、そこに描かれているものを見た。


 ずいぶんと精巧な絵だ。本物そっくり。ヴァイアの魔道具と同じだな。こんな紙には写らないけど。


 その写真には三人が描かれていた。男性一人に女性二人。男性と女性が並んで笑っていて、その二人の間で少女がぎこちなく笑っていた。


 男性は……魔王様か? ちょっと歳を取っているように見えるが、間違いないだろう。


 隣の女性は初めて見る。会ったことはないな。


 最後に中央の少女を見た。


 これは……私だ。髪が長い私。昔の私か? どういうことだ?


 いや、待て。こんな状況は知らない。魔王様は瞬間的な映像を残すとおっしゃっていたが、こんな瞬間は記憶にないぞ?


 よく見ると少女には角がない。それに髪の色もちょっと違うか? ああ、そうか。これは私じゃない。なるほど、私にそっくりな奴というのは、コイツの事なんだな。


「見ました。そっくりですね。驚きました」


「感想はそれだけかい?」


 魔王様が私を見つめている。なんだろう? それ以外の感想は特にないのだが、何かあるのだろうか?


「えっと、他の感想でしょうか? 魔王様が今よりもちょっとお歳を召しているな、とは思いました。魔王様の隣にいる女性は初めて見ましたね、まったく記憶にありません」


「そうか、フェルは魔族だったね。失念していたよ。その写真だけじゃ、分からないね」


 どういう意味だろうか? 魔族だと分からない?


「ちゃんと説明するよ。そこに写っているのは僕の家族だ」


「魔王様のご家族ですか……家族?」


 家族というのは、親子とか兄弟、血のつながった相手の事だ。あと結婚した男女。ソドゴラ村で結婚式があった時に教わった。


 あれ? 待てよ? まさか、この写真に写っているのは――!


「僕の妻と娘だよ。もう、大昔に亡くなっているけどね」

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