死霊魔法

 

 それなりに強い相手だとは思っていたが、まさかアダマンタイトだったとは。さらに問題なのは胸に穴が開いていても死なないという事か。


 考えられるのは吸血鬼とか上位のアンデッドだろうか。それとも特殊なユニークスキル?


 まずは話をしながら情報を集めるか。いちいち気力が削られるが、話し好きとみた。なんでも言いそう。


「その服はトランの物なのか?」


「そうだよ。ちなみに服は大金貨二枚だから」


「高すぎる。お気に入りの服に穴を開けたのはすまないと思うが、弁償というならこの町でこんな騒動を起こした責任も取れ」


「やだなー、トランとルハラは戦争中なんだよ? これは戦争行為なんだから、それに対して個人で責任なんか取るわけないじゃん」


 ジェイはトランに与する冒険者ということなのだろう。ふざけた感じだがちゃんと戦争行為ということも理解しているようだ。


 しかし、普通、敵国へ単身で乗り込んでくるか?


 魔素暴走の状態にするスキルがあったとしても無謀な気がするけど。まあいい、話を続けよう。


「そういう理屈なら私だって弁償する必要はないな」


「待って待って。そもそもフェルちゃんはルハラに所属しているわけじゃないでしょ? 私と戦っているのは戦争じゃないよね? 私が不審者だから捕まえようとしているってところじゃない?」


 自分で不審者だとはおもっているのか。確かにその通りだが、戦争じゃなくても襲われてはいる。


「お前のスキルであんな状態になっている奴が私の部下を襲った。それは私に対して戦争を吹っ掛けたと言っても過言ではない」


「え、嘘でしょ? 魔族を襲うようにはしてないはずだけど?」


「境界の森へ来た獣人達は魔族である部下を襲ったぞ? それに私の従魔も襲われた」


「ルハラ方面へ行った獣人って森へ向かったんだ? そっちは試験段階だったから細かい設定はしてないよ……」


 ジェイはショックを受けているようだ。ものすごく肩を落としている。


「でも、事情は分かったよ。それじゃあ、仕方ないね。服の弁償は諦めるよ。それじゃ」


 ジェイは背中を向けて立ち去ろうとしている。


「待て。だれが逃がすか」


「私の服と胸に穴を開けたんだから、おあいこでしょ! これでお互い様だってば!」


「いいから待て。大体、なんで体に穴が開いて生きていられる?」


「ふふん、どうしてだと思う?」


 ものすごくイラッとする顔で言われた。よし、その挑戦を受けてやる。魔眼で見れば一瞬だ。


 ……情報保護? しまった、情報遮断しているのか? 反撃はないようだから情報を見れないようにしているだけのようだが、そんなことをできるとはコイツも神眼持ちなのか?


「あれ? もしかして私の情報を見ようとした? 魔族ってマジ怖い。そんな事できるのはラジットって人だけかと思ってたよ。羨ましいね!」


 ラジット? あの商人か。そういえば、トランとも取引しているとか言っていた。その関係でトランは対策する方法を知っていたのかもしれない。


 嘘かもしれないが、羨ましいとか言ってるし、ジェイは神眼を持っていないのだろう。だが、困った。どういう理由で死なないのか分からん。


 でも、こういう奴は言いたくてたまらないはずだ。素直に聞いた方が早いかもしれない。


「降参だ。どんな理由で生きていられるのか教えてくれないか?」


「いいよー、実は私、死霊魔法を極めたネクロマンサーなのです! ひゅー恰好いい!」


 死霊魔法? ゾンビとかスケルトンとかを作って使役する感じの魔法か? 魔族にもその魔法はあるけど、死者を冒涜する感じだから使われないな。


「そして、死霊魔法を極めた結果、私は自分の死すら超越しました! ジェイちゃん最高!」


 死霊魔法を詳しくはしらないが、そんなことができるのだろうか。もしかしたら、使役するだけでなく自分を死霊化することができるのかもしれないけど。


 いや、でも、死霊魔法? トランは魔法を使ってはいけないんじゃ?


「お前の言っていることはおかしいだろう。トランは魔法の使用を禁じているはずだ」


「良く知ってるね? そうだよ、トランで魔法は使えないんだ。でも、私、トラン出身じゃないから。死霊魔法を極めたのはトランに行く前だったからねー」


 言っていることに矛盾らしい矛盾はない。だが、簡単に教え過ぎな気がする。そもそも、いままでの言動が素なのか計算なのかも分からない。全部が嘘っぽく思えるし、本当にも思える。


 魔眼が使えない状態というのは不便だな。まあ、普通の人は皆こうなのだろうが。


「じゃあ、もういいよね。色々喋ってあげたんだから見逃して。私、これでも忙しいんだよね!」


「何をする気だ?」


「家に帰って寝るんだけど? 夜更かしはお肌に悪いからね!」


「死を超越したくせに肌の心配してんのか。それにまだ宵の口だろうが」


「胸に穴開けられたんだから疲れてんの! ……それに待ち合わせしてたんだよね。忘れてたけど」


 ジェイが後ろを振り向く。まったく気配を感じなかったが、ジェイの後ろには少しやつれた感じの背が高い男がいた。


 ひょろりとしているが、ジェイと同じように隙が無い感じだ。かなり強い気がする。


「ジェイ、いつまで待たせる気だ?」


「それはあっちに言ってよ。邪魔されていたんだってば。私はすぐに向かおうとしてたんだよ?」


 さっき、忘れてたって言ってたよな?


 男がこちらへと視線を移す。


「魔族……ヒヒイロカネのフェルか?」


「そうだ。お前はだれだ?」


「アダマンタイトのレオだ。『掃除屋』と言われている」


 ディーンからそんな名前を以前聞いた気がするな。どういう奴なのかは知らないが、腰に剣をぶら下げているから剣士なのだろう。


 私からまたジェイの方へ視線を移して胸の辺りを見る。


「ジェイ、お前の胸が空洞なのは、フェルにやられたのか?」


「乙女の胸をあまり見つめないで! ……そんなに怖い顔しないでよ。そうだよ、フェルちゃんにイジメられて胸が苦しい感じだよ……胸は無いけどね!」


 レオがため息をつく。


「あれ? 今のうまくない? 胸が苦しいのに、胸が無いって……大きくないけど胸はあるんだからね!」


 また、レオがため息をつく。私もため息をついた。ちょっと親近感が湧くな。


「分かった。ジェイは喋るな。さて、フェル。俺達を見逃してくれ。もうここに用はないから撤収する」


「そんな事できるわけないだろ? お前達はルハラと戦争しているんだよな? 私の国はルハラと同盟を結ぶ予定だ。ならできるだけ戦力は削いでおきたい」


「お前の国? それはどこにある?」


「ズガル周辺が私の国だ。名前はまだない」


 いつかちゃんと決めないといけないな。魔王様の名前を国の名前にしてもいいかも。


「あそこか。ズガルでは魔物に襲われると報告を受けていたが、あそこがお前の国とはな。ルハラに攻め込んでいるつもりで、別の国へ攻め込んでいたとは滑稽だ」


 そうか。同盟とか関係なく私の国が襲われているんだ。なら襲ってもいいよな。


「トランは私の国とも戦争してたようだ。なら、お前達を見逃す理由はない。拘束させてもらうぞ?」


「そうはいかない。逃げさせてもらう。ジェイ、お前は先に逃げろ。ここは私が抑える」


「うっわ、乙女が言われたいセリフ、ベストファイブに入るよ、それ! もう一回聞かせて!」


「……腕を切るぞ?」


「それは言われたくないベストファイブだね! じゃあ、任せたよ! 死んだら私が使役してあげるから安心してね!」


 ジェイが後ろを向いて走り出した。だが、それを遮るように誰かがジェイの前に立っている。


「ちょ、誰よ! 私、逃げないと腕を切られちゃうんだけど!」


「フェル様、お困りですか?」


 ジェイの言葉を無視したアビスが白衣のポケットに手を入れたまま立っている。どうやらジェイの邪魔をしてくれたようだ。


「困ってはいるが、そっちは終わったのか?」


「ええ、治療は終わりました。今は安全なところへ寝かせてあります」


「そうか、ならこっちを手伝ってくれ。その女を捕まえてくれればいい。私はこっちを捕まえる」


 アビスが眠たげな眼でジェイを見る。


「分かりました。お任せください」


 よし、それじゃ私はレオのほうだけに集中しよう。早く終わらせる。もう、夕飯の時間だからな。

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