異変
アンリとスザンナは村長の家で昼食を食べると言って、ついて来なかった。そして午後も勉強らしい。差し入れとしてリンゴを置いてきたから午後の勉強は捗るだろう。
広場を横切って森の妖精亭に到着する。食堂に足を踏み入れるといつものテーブルにディアとリエルがいるのが見えた。ヴァイアがいないけど、多分、ノストと食べているのだろうな。
ちょうどいい。昼食の前に言っておこう。まずは口頭注意。ダメなら鉄拳制裁だ。
「二人とも食事の前に言っておくことがある。アンリとスザンナが変な言葉を覚えてたぞ? お前達から教わったと言ってた」
「え? どんな言葉?」
「私が魔性の女とか言われた」
「誉め言葉じゃねぇか」
「そんなわけあるか。いいから、子供の前では使う言葉に注意しろよ」
とりあえず分かってくれたようだ。でも、私も口は悪い方だからな。アンリ達の前では気を付けよう。
その後、三人で雑談をしながら昼食をとった。
今日の昼食はパスタだ。相変わらず美味い。麺がつるつるしていてすするときの感触がいい。音を立てるのはマナー違反らしいから食べにくいという難点はあるけど。ディアはパスタに赤い調味料を大量にかけていた。多分辛いものなのだろう。でも、かけ過ぎて真っ赤だ。別の食べ物になっているような気がする。
食後に今日の予定をそれぞれ聞いてみると、結構忙しいそうだ。
「ほら、私はフェルちゃん手当がついたからね! 色々フェルちゃんへの対応が必要なんだよ!」
そもそもフェル手当ってなんなんだろうな。服の対応じゃないよな?
「俺も教会への問い合わせが多くなってて忙しいぜ。それに聖都で変な動きがあるとかで警戒してる。大体、俺をさらおうとするなんて何考えてんだかな」
「そういえば、シアスって奴がリエルは教皇になるとか言ってたけど、どういう意味だ?」
「以前からシアスのじいさんはそんなことを言ってるけど、ここに来る前からずっと断ってるぜ。大体、教皇なんかになったらさらに結婚できねぇ」
結婚についてはノーコメント。
気になるのは、リエルの意思は関係ないと言っていたことだ。洗脳しているような宗教だからな。色々と心配だ。まあ、村にいるなら従魔達が守ってくれるから大丈夫だろう。
その後も雑談をしていたが、二人は仕事があるからと言って席を立った。真面目に仕事をしている姿を見るとちょっと嬉しくなる。
二人が宿を出た後、ヤトがリンゴジュースを持って来てくれた。
「お待ちどうさまですニャ」
ファンクラブの件は問題なくなったのだろうか。勝手にライバル視されても困るんだが。見た感じ大丈夫のようだし、レモの事を聞こう。
「ヤト、ちょっといいか? 聞きたいことがあるんだが」
「なんですかニャ? 私のファンクラブは弱小ですニャ」
「そんなことは聞いてない。レモの事だ。まさかとは思うが来てないよな?」
ヤトが首を傾げた。
「レモ様ニャ? 来る予定だったのかニャ?」
そこからか。ルネはヤトに連絡してなかったのだろうか。
「来る予定だったんだが、まだ来ていないようだな。何かあったかも知れないから確認しておく」
ルネに確認しておこう。もしかしたら迷子か? ドレアもつれてきた家畜を探すとはいえ、ルハラへ行ってしまったしな。可能性はあるだろう。
急にヤトが手を叩いて何かを思い出したような顔になった。
「レモ様とは全く関係ないことを思い出したニャ。獣人達に共和国の事を聞いたニャ」
「なら教えてもらえるか」
そっちの情報も大事だ。知っている情報だけかもしれないが、念のため確認しておこう。
ヤトが聞いた話によると、共和国の獣人達は、人族に服従しようという派閥と、人族と徹底抗戦する派閥に分かれているらしい。
人族に服従するというよりは種の保存を訴える派閥で、例え人族に支配されても種族の未来を残すために生き残るべきと主張しているとか。
そして徹底抗戦の派閥は、支配されるぐらいなら死を選ぶという派閥。生まれた時から人族に支配されることになってしまう自分達の子孫に申し訳ないと思わないのか、そうなるくらいなら自分達の代で全滅したほうがいいのではないか、そういう主張をしているそうだ。
魔族なら死を選ぶだろうな。でも、難しい問題だ。別の種族に支配されても生きるべきか、支配されるくらいなら死ぬべきか……。未来が分からない限り、正解なんて分からないだろうな。
「獅子王という奴は徹底抗戦の派閥ニャ。獅子王がいるかぎり服従という道はない、とも言われているそうニャ」
「そうなのか」
でも、獅子王はすでに高齢だと聞いている。獅子王が亡くなったら服従の派閥が増えるのかも知れないな。
「ちなみにヤトはどう思ってる? 人族と魔族の違いはあるだろうが、客観的に見れば、魔界の獣人は魔族に支配されているとも言える。なにか思うところがあったりするか?」
ヤトは腕を組んで上を向いた。そして首をひねる。
「そもそも魔界の獣人達は魔族に支配されているとは思ってないニャ。大昔はともかく、今は強い者に従う、という魔族の考えが獣人達に浸透しているから、とくに思うところはないニャ」
「なるほど」
はっきり言って、魔族も獣人達を支配しているという考えはない。
当時の魔王が獣人達を保護したわけだが、保護する代わりに命令を聞けという契約を結んだとか聞いたことがある。
でも、今は保護している、なんて考えはないし、そんな昔の契約は時効だ。どちらかと言えば同胞かな。命令はするけど、あくまでも仕事の範囲。理不尽な命令に従う必要はないし、そんなことをする奴はパワハラで訴えることもできる。
ウゲン共和国の獣人達が言っている服従というのはどういうレベルなんだろう。それによっても色々違うだろうが、奴隷みたいなものを考えているのだろうか。
……まあいいか。それは獣人達が考えることで、私が考える事じゃない。それにルハラはウゲンと戦争する気はないのだから、もしかしたら人族との共存という別の道が開けるのかもしれない。
とりあえず、今回ウゲンへ行くときは食糧を持って行ってやるか。その場しのぎだろうが多少は喜んでくれるだろう。
『フェル様、よろしいでしょうか?』
「ジョゼフィーヌか? どうした?」
珍しい。なにかあったのかな?
『ロスが森で奇妙な一団を発見しました』
「奇妙な一団? どんなふうに奇妙なんだ?」
『魔族の方が一人と獣人が十人の集団です。ただ、全員がゾンビのようにフラフラしてるだけで、目に生気がないとの報告です』
「なんだそれ? 魔族がいる?」
もしかしてレモか? でも、ゾンビのようにって。しかも獣人もいる?
「ヤト、ズガルから連れてきた獣人は村に全員いるか?」
「もちろんですニャ。ドレア様と一緒にルハラへ行った三名以外は、さっきもアビスの中で会いましたニャ」
連れてきた獣人じゃないとすると、どこから来た獣人なんだ? ルハラでは獣人を徐々に解放するといってたが、その関係でこっちに来たという事かな?
……どっちでもいいか。魔族もいるんだし、保護して事情を聞こう。
「ジョゼフィーヌ、ロスに連絡して接触するように伝えてもらえるか? そして村へ連れて来てくれ」
『畏まりました。かなり西の方ですので連れて来るまで時間が掛かると思います』
「わかった。到着したらまた連絡をくれ」
『はい、では失礼します』
念話が切れた。ヤトが不思議そうにこちらを見ている。
「魔族がいるとか言ってましたけど、どうかしたのかニャ?」
「よく分からんが、魔族が一人と、獣人が十人の一団がいたらしい。ただ、全員、ゾンビみたいにフラフラしているそうだ」
ヤトが顔をしかめた。まあ、ゾンビと聞けばそうだよな。あれは臭いし、見た目が嫌だ。
「もしかして本物のゾンビになってるニャ?」
「いや、それはないだろう。魔族というのはレモのことだと思う。レモを殺せるような奴が人界にいるとは思えない」
「それもそうニャ」
だが、真面目なレモが連絡もせずにそんなところでフラフラしていたということは、何かしらトラブルがあったんだろう。
状況だけで考えると、精神操作系の魔法でも受けたか? でも、魔族が抵抗できない程の魔法ってなんだ? もしかするとユニークスキルかもしれない。
ちょっと危険だな。注意するように伝えてもらうか。
ジョゼフィーヌのチャンネルに繋いだ。
「ジョゼフィーヌ。接触する際には注意するようにロスへ伝えてくれ」
『フェル様。それがロスとのチャンネルが強制的に解除されました。もしかしたら何かあったかもしれません』
くそ、遅かったか。死んでないだろうな。
「すまん、私のミスだ。すぐに現場へ向かう。あと、従魔を数体揃えてもらえるか。一緒に来てもらいたい」
『畏まりました』
一体何が起きてるんだろう? 無事でいてくれよ。
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