獣人の歴史

 

「それでは早速始めますかな」


 村長がテーブルに以前見せてくれた地図を広げた。そして地図の西の方を指す。アンリもスザンナもそこを上から覗き込むようにした。


「フェルさんには以前説明をしましたな。ここがウゲン共和国。獣人達が住む地です」


 村長の話によると、そこは何もない土地で砂漠が広がっているだけらしい。


 以前、獣人は人界のあらゆる土地にいたのだが、次第に人族に迫害されて西の土地へ追われた。同じ獣人だとしても猫、犬、熊など種類が違う獣人なので、王という者は存在せず、何事も多数決で決めるようになったらしい。それがウゲン共和国の始まりだと言われているそうだ。


 国はできたが、砂漠しかない土地で食べ物が十分に育つわけはない。食べ物や豊かな土地を手に入れるために、ルハラやトランへ侵攻を開始した。獣人達は人族よりも強いが、それはあくまでも個の話。集団での戦いで人族が獣人に遅れを取ることはなかった。ただ、人族は獣人だけでなく魔族からも侵攻されていたので、獣人達だけに構う訳にはいかず、一進一退を続けていたらしい。


 ところが、その魔族が五十年前を境に人界へ侵攻してこなくなった。そうなると、人族は獣人への対応に集中できるため、獣人は勝つことが難しくなったそうだ。


「ですが、ここで二つ、獣人達に良い出来事が起きるのです。二人とも分かるかい?」


 村長がアンリとスザンナに質問した。答えは前回聞いた話かな。多分、一つは獅子王とかいう奴が現れたことだろう。もう一つはルハラとトランで戦争を始めた、と言ったところか。


 アンリが勢いよく手をあげた。


「獅子王って獣人が現れた」


「うむ、正解だ。ちゃんと覚えていたようだね。獅子王という人物は相当な強さを持っていると言われているが、それだけでなく、戦術、戦略などの本来なら獣人には乏しい知識も持っていた。そのおかげで人族との戦いに大きく負けなかった言われている。では、もう一つは?」


 アンリもスザンナも首を傾げてしまった。村長はそんな二人に笑顔を向ける。その後、私の方を見た。


「フェルさんは分かりますかな?」


「多分だが、ルハラとトランが戦争を始めたことじゃないか? 人族としてはどうかと思うが、獣人にとっては良い出来事だ」


「正解です」


 アンリとスザンナが「おおー」とか言いながら拍手している。ちょっとだけ優越感に浸れた。


「魔族の侵攻が無くなって数年。たったそれだけの期間で人族は同族の戦いを始めてしまったのです。それが獣人達にとって良い出来事ですな」


 村長は複雑だろうな。人族同士の戦争が獣人達には良い出来事というのは皮肉すぎる。


「そのおかげで、獣人達は全滅することなく獣人達の国として今でも西に居を構えているということです。当然、生活は苦しいでしょうがね」


「一つ聞きたいのだが、人族が獣人達を迫害している理由はなんだ?」


「難しい質問ですな。一番言われているのは人族の本能、ですね」


「本能か……」


 獣人達は人族に優越感を与えるためだけに造られたと魔王様はおっしゃっていた。本能的に嫌う、というのは人族をそういう風に造ったと可能性があるんだろうな。


 魔族は特に獣人を嫌っていない。そもそも人族も嫌ってない。勇者に殺されるのが嫌だから人族を殺していただけだし。


 そんなことを考えていたら、またアンリが勢いよく手をあげた。


「アンリはヤト姉ちゃんが好き。アビスに住んでいる獣人さん達も。ロンおじさんも好きだって言ってた。猫耳同盟に加盟してる仲間」


「うん、私も猫耳同盟に入ってる」


「あの怪しげな同盟に入ってんのか。大丈夫か?」


 よく考えたらロンとかは別に獣人を嫌ってないよな? むしろ好いてる。本能的に嫌うと言っても個人差があるのかな?


「獣人を嫌ってない人族もいるよな? 身近で言うとロンだけど」


「人族にも獣人を嫌っていない者はおりますぞ。ただ、ルハラはやトランなどは皇帝や国王が嫌っておりましたからな。国の方針として嫌っている、という者も多いのですよ。もちろん、ルハラ出身でもロンのような例外はいますがね」


 皇帝はヴァーレの事だよな? 人族至上主義とかいうヤツか。ディーンは周囲と戦争はしないとか言ってたから獣人を嫌ってはいないんだろう。


 トランの国王に関しては良く知らないな。何の情報もない。


「村長はトランの国王を知っているのか?」


「え、ええ、まあ、私にも情報網はありますのでね。以前の国王なら、多少は知っておりますぞ」


「以前? 今の国王の事は知らないのか?」


「……そうですな。今の国王の事は詳しく知りません」


 なにか隠している感じがする。よく考えたら村長も謎な人物だな。こんな地図を持ってるし、色々と他国の情勢に詳しい。この村を興す前は何をしていたのだろう。


 まあ、詮索するのは野暮か。私だって魔王だし。


 そうだ。この村に獣人達を連れて来てもいいか確認しておかないとな。


「村長。村にいる獣人達をウゲン共和国に連れていくのだが、改めて獣人達を何名か連れ帰るかもしれない。問題ないだろうか」


「問題ありませんぞ」


 即答だった。


「毎度のことなんだが、いいのか?」


 信用されているのはありがたいんだが、ちょっとその信用が怖いと感じる時がある。


「もちろん構いません。フェルさんが連れて来る獣人なら問題ないでしょう。この村で獣人を迫害するような者はおりませんから、いくらでも連れて来てください。ただ、生活の面倒を見ることはありませんから、そこだけはご注意ください」


「もちろんだ。働かざる者、食うべからず、だからな」


 今のところ、鍛冶と畑仕事とウェイトレスの仕事がある。それを説明して問題ないなら連れてこよう。


 そうだ。この村だけじゃなくて、ズガルでも似たような事をしないといけない。


 なんだかやることがいっぱいだ。ある程度やったら全部ヤトに任せよう。


「おじいちゃん、やっぱりアンリは行っちゃダメ?」


 アンリがそんなことを言い出した。一緒にウゲン共和国へ行きたいということか。ファンとしての模範はどうした。


「何度も言っているがダメだぞ。もっと大きくなって十分な力を付けるまで我慢しなさい」


「分かった。もっと強くなる。今日から剣の素振りを倍に増やす。だから勉強の時間を減らして」


 当然、却下だった。でも、ちょっと可哀想な気がするな。


 あれ? スザンナは何も言わないのかな? 自分は連れて行け、とか言いそうなんだけど。


「スザンナは、その、いいのか?」


「アンリが行かないなら私も行かない」


 アンリが私の膝の上からスザンナに抱きついた。


「スザンナ姉ちゃんは義理と人情にあつい。大きくなったらお返しする」


「うん、期待してる」


 本当に姉妹みたいだな。それに免じてなんとかしてやりたい。そうだ、ヴァイアの魔道具を持っていけば多少は一緒にいる気分に浸れるかも。


「アンリ、また旅先から映像を送る。それで我慢してくれ」


「ヴァイア姉ちゃんの魔道具のこと? 王都では後半、ノスト兄ちゃんとのツーショットばかりでつまらなかった」


 そんなことがあったのか。とはいえ、ヴァイアも色々あって浮かれていたから、責めることはできないな。


「まあ、そう言わないでくれ。ヴァイアも悪気はないんだ。嬉しすぎてアンリ達の事をあまり考慮できなかったんだと思う。今度は大丈夫だ」


 後でヴァイアに魔道具を借りて使い方を教わろう。さすがにヴァイアは来ないだろうし、ディアもリエルも行く理由がないからな。


 よし、そろそろお昼だ。昼食を食べたら午後は色々準備をしよう。砂漠だからな。熱さ対策もしないといけない。


「村長、それじゃ色々情報をありがとう。助かった」


「いえいえ、大した情報は無かったと思いますが、こんなものでいいなら、いつでもどうぞ」


「うん、いつでも来て。フェル姉ちゃんと勉強すると面白い」


「アンリの言う通り。とくに算数の時に来て」


 私が来ると勉強をサボることになるのかな。あまり来ないようにしよう。来てもアンリ達の勉強が終わってからだ。


 改めて礼をしてから、村長の家を出た。さあ、宿に戻って昼食をとるかな。

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