新たな神

 

 魔王様と一緒にエレベーターに乗っているところだが、少し気分が悪くなってきた。魔王様と話をして紛らわせないと。


「魔王様、すぐに行かれるとのことでしたが、次はどちらへ行かれるのですか?」


「そうだね、次はここから西の方かな。獣人達が住んでいる国があるらしいんだけど、そこに管理者がいるんだよね」


「そうだったのですか。ちなみになんという管理者なのですか?」


「闘神ントゥだね。主に獣人達を管理してるよ。ここでドスがドラゴニュートを魔族の代わりにしようとしていただろう? もしかしたら、ントゥも獣人達をそんな風にするかもしれないと思ってね。先にそっちへ行こうかと思っているんだよ。他も色々と問題はありそうなんだけど、まずはそこかな」


 闘神ントゥ。ものすごく言いづらい。「ン」から始まるなよ。


 でも、そうか。獣人達を狂暴化させて人族を襲わせる可能性があるのか。人界にいる獣人達はよく分からないけど、魔界にいる獣人達は強い。魔界で暴れられたら確かに困るな。


「分かりました。ただ、管理者達を止めるなら、どちらかというとイブを先に止めるべきだと思うのですが」


 一番の元凶を先に止めないとマズイ様な気がする。


「そうなんだけどね、イブは最初に作った分、他の管理者達よりも特殊なんだ。はっきり言って今の僕では止められないね」


「それほどですか」


 万能な感じの魔王様でもイブを止めるのは難しいようだ。はっきり言って信じられない。


「お互いの手の内が分かっているからね。どんな策を弄してもイブを出し抜けないだろう。だから時間は掛かるけど、色々と罠を張らないとね。今はその最中というところかな」


 何かしら対策をされているのか。さすがは魔王様だ。


「それにイブの目的が分からない。管理者達を倒す提案をしてきたのはイブだ。管理者達がおかしくなっているからってね。でも、管理者達がおかしいのはイブが唆した事が分かった。何をしたいのかがさっぱりだよ」


 目的か。そういえば魔王様の戦友が言っていた話は違うのだろうか。


「イブが魔王様を眠らせた創造主に怒っているという話はどうなのでしょうか?」


「怒るという感情はあるかもしれないけど、それならもっと早くやっていたと思う。なぜ今になって、という疑問が湧いてくるね。イブにとってなにか状況が変わったからなのかな? それとも管理者達を倒す必要があった?」


 魔王様は考え込まれてしまった。魔王様が考えて分からない事なら私が考えてもダメだな。それは魔王様にお任せしよう。


 それよりも次は獣人達の国へ行かれるようだ。獣人達の国、ウゲン共和国だったか? なら、そっちの方へ行っておくべきだろう。ソドゴラ村にいる獣人達もそろそろ国へ帰りたいだろうし、私が連れて行ってやるかな。


 そういえば、ルハラも獣人の国と交渉するような話をしていた気がする。仲介してやる必要はないんだけど、多少は手を差し伸べたほうがいいのだろうか。まあ、ドレアが何人かの獣人を引きつれてルハラに行ったから、すでに交渉は終わってるかもしれないけど。


 そんなことを考えていたらエレベーターが到着したようだ。


 エレベーターから龍神の声が聞けるという場所まで戻ってきた。


 ……あ。巫女のこと忘れてた。もしかして、置いてきてしまったか?


「魔王様、もしかしたらドラゴニュートを一人、置いてきてしまったかもしれません」


「いや、それはないよ。施設内にそういう反応はない。エレベーターを使って外に出たんじゃないかな? 僕達が乗る前にエレベーターが上にあったし」


 そういえば、乗る前に上から来るのを待っていたな。なら大丈夫か――いや、大丈夫じゃない。よく考えたら私が龍神を倒したと勘違いさせたままだ。こんな大事な事を忘れるとは。魔王様が私の頭をなでたからだな。


「申し訳ありません。あの巫女はドスが呼び出した竜を龍神と勘違いしていました。そして私が倒してしまったので、もしかしたらドラゴニュート達を引きつれて襲ってくる可能性があります」


「ああ、そうなのかい――それは任せていいかな? 多分、全員叩きのめせば大丈夫だよ。そうそう、ドスがやったドラゴニュートの狂暴化は元に戻しておいたからね」


 相変わらずの無茶ぶりだ。そしてやることがアウトロー。全員叩きのめせって。鍵を借りる時もそんなことをおっしゃっていたけど、ドラゴニュートに関しては魔王様がワイルド過ぎる。


「とりあえず話をしてみます。どうしてもダメなら叩きのめします」


「うん、ドラゴニュートは魔族と同じように強い人を尊敬する種族だからね。強さを見せればなんとかなるよ」


 言い方が軽い。ちょっとだけモヤっとする。まあ仕方がない。これは私の仕事だ。魔王様の手を煩わせるわけにもいかないか。


 あ、そうだ。褒美を要求しよう。さっき頭を撫でられたのは竜を倒したからであって、これとは別件だ。新たな褒美を要求できるはず。


「魔王様、私は頑張っていると思うんです」


「うん、そうだね。ありがたいと思っているよ」


「でしたら、なにか、こう、上司から部下へやる気の出る物が必要じゃないかと、思ったり、思わなかったり」


 私自身そういうことを従魔達にしてないけど。


「なるほど。褒美が欲しいと言う事だね?」


「ありていに言うとそうなります」


「うーん、そうだね……分かった。次までになにかアクセサリーを用意しておこう。ほら、結婚式の時に聖女の子に渡す様に言ったペンダント。フェルはあれをすごく怖い目で見ていたからね。ああいうのでいいかな?」


「まったく、全然、最高に問題ありません。ぜひ、それでお願いします。あ、誓約書を書いてください。今日二枚目ですが」


「ああ、うん。もしかして、僕はあまり信用されてないのかい? 確かにフェルに対して認識阻害とかしてたけどね?」


 言ってみるものだ。素晴らしい物を手に入れられる。アンリじゃないけど、私の八大秘宝にしよう。まだ、そのアクセサリーしかないけど。


「さて、それじゃあ、僕は行くよ。後の事よろしくね」


「お任せください。私も獣人達の国へ向かいます」


「うん、急がなくていいからね。あそこも色々と手間が掛かるから時間が掛かると思うんだ。じゃ、また後で連絡するよ」


「はい、お気をつけください」


 魔王様は景色に溶け込むように消えた。多分、遠くへ転移されたのだろう。


 さて、面倒な事を片付けるか。褒美が待っていると思うと何の苦も感じない。どんと来いだ。


 龍神の祠から外へ出ると、すでにドラゴニュート達が何人もいた。五十人くらいいるか? 仕事が早いな、コイツら。


 あれ? でも大狼やゾルデもいる。なぜかゾルデは大狼に跨っているが。


「お前達、どうしたんだ? そんなに仲良かったっけ?」


「ドラゴニュート達がいきなり苦しみだしたと思ったら狂暴になってな。さっきまで追われていたのだ。上にいるドワーフは……ついでだな」


「私は足が短いからなー、走っても追いつかれそうだったのをこの犬っころ――いや、狼が背中に乗せてくれたんだよね」


 狂暴化か。確か魔王様は元に戻したとかおっしゃっていたが。ドラゴニュート達を見ると、今は冷静に見える。


 なるほど、私を包囲するために来たわけじゃなくて、大狼達を追ってきたのか。


 大狼は一度ドラゴニュート達を見てから、改めて私を見た。


「ついさっき、元に戻ったようだ。フェルが何かしたのか?」


「私ではなく魔王様がやった」


「……フェル、魔王とはお前の事だろう? ジョゼ達が言っていたぞ? 普段、魔王としての力を封――抑えていると。抑えている時に魔王扱いすると怒られるから絶対に言うなとも言われていたが」


 アイツら、やっぱりそんな風に思っていたのか。これはちゃんと話さないとダメかな?


「やっぱり……」


 一番手前にいるドラゴニュートがそんな言葉を呟いた。


 ヴェールを付けてないけど巫女かな? でも、何がやっぱり?


「同胞達よ! よく聞いてください! こちらのフェルさんは、龍神様を倒されました!」


 巫女がドラゴニュート達の方を見てそんなことを言い出した。その言葉に周囲がざわつく。


 これはまずいな。話し合いをしようとしたのに、巫女のせいで話がこじれるかも。


「待て、あれは龍神じゃ――」


「我々の新たな神が生まれたのです!」


「ちょっと待て」


 周囲の雄叫びにより私の声はかき消された。そもそもこの巫女は何を言っているんだろう? まずい、ここは断固拒否しないと余計面倒な事になりそうだ。


「おい、ちゃんと聞――」


「私はこの目で見ました! 闇堕ちした龍神様、暗黒竜をフェルさん、いえ! フェル様が拳で撃ちぬくところを!」


 ものすごい歓声があがる。くそ、この巫女、普段声が小さいのになんでこんな時はデカいんだ。


「だからそれは違――」


「新たな神の誕生に祝福を! さあ、龍神フェル様――いえ! フェル様は魔族ですから、魔神フェル様! 皆にお言葉を!」


 不吉な二つ名を付けやがって。大体、魔神は魔界で倒された。そんな奴の名前を受け継ぎたくない。


「お前ら良く聞け。私は神なんかじゃない。それにあの黒い竜も龍神じゃない。本物の龍神は眠りについている。いつ目を覚ますかは知らんがな」


「いえ、私は確かに見ました! 倒れた暗黒の竜が黒い塊になり、それをフェル様が取り込むところを! ……はっ! そういうことでしたか! フェル様は龍神様の力を取り込んだということですね!」


「勝手にストーリーを作るんじゃない。お前の言っているのはこれだろう?」


 竜の魔石を亜空間から取り出して目の前に置いた。またざわめきが起きる。


「ちょ! なにこの馬鹿デカい魔石! こんなの初めて見るよ!」


 ゾルデが驚いている。確かに私よりも重そうだけども。


「これが龍神様の力の源……」


「話聞けよ」


 なんでこの巫女は思い込みが激しいんだ? こんなのが巫女でいいのか。


「分かっております。神殺しは大罪と言われていますから。当然私達だけで語り継ぎます!」


「語り継ぐんじゃない。だから違うって――」


「ですから分かっております。何も知らない振りをしろと、そういう事ですね? 心得ております。いままで通り接しますので!」


 分かってない。でも、ピンときた。嘘をつくことになるけど、もっといい方法がある。


「待て。確かにこれは龍神の力の源だ。祠に置いて崇めるといい」


「え?」


「言ったろう? 龍神は眠っているだけだ。目を覚ますその時までこれを龍神と思って崇めておけ」


「しかし、龍神様は我々を狂暴にさせて、人族を襲えとまで言いました。どう考えても闇堕ちしています」


「えーと、あれだ。私が龍神の邪悪な部分である黒い竜を倒したから元に戻った。ただ、完全に戻るまでにはまた深い眠りが必要なんだ」


 苦しい。とても苦しい言い訳だが仕方ない。こういう時、アドリブに弱いのはダメだな。


「なんと、そんなことが……!」


 なんでそれは信じるのかな? もしかしてそういう設定が好きなのか?


「フェル様の言うことはよく分かりました! なら皆さん! これを祠に運び、今後はこれを龍神様と崇めましょう!」


 巫女を先頭に何人かのドラゴニュートが魔石を持って祠の方へ向かった。ドラゴニュート達は全員で祠の方へ向かったようだ。


 それをゾルデが不思議そうな顔で見ている。


「あれ、タダの魔石だよね? 馬鹿デカいけど」


「そうだな。でも内緒にしてくれ。そうじゃないと私が神にされてしまう」


「よく分からないけど、フェルさんは大変だね」


「後でリンゴやる」


 私の大変さを理解してくれない奴が多いからな。少しでも分かってくれる奴がいるなら感謝の気持ちでリンゴをあげたい。


 すると、「フフッ」と大狼が笑い出した。珍しいことがあるものだ。


「どうかしたのか?」


「いや? 面白い名を聞いたと思っただけだ。なるほど、相応しいかもしれん」


 大狼が何を言っているか分からないがどうでもいいや。もう疲れた。早く休もう。

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