龍神ドス

 

 広間を走り抜けると壁に両開きの大きな扉があり、それが開いていた。


 その扉の前にドラゴニュートと思われる奴が倒れている。どうやら苦しんでいるようだが、コイツが悲鳴を上げたのだろうか? というか、どうしてここにいるんだろう?


 魔王様は近寄ると倒れている奴の首に左手を当てた。その左手が一瞬光ると苦しそうだったドラゴニュートの息が穏やかになっていく。


 ふと見ると、倒れている奴の近くにヴェールのようなものがあった。巫女か?


「面識があるのかい? なら話を聞いてくれないか。僕は認識阻害をして見えない様にしておくよ」


「分かりました。私の方で話を聞いてみます」


 魔王様の極力接触しないという方針は変わらないようだ。仲間と袂を分かってまで選んだことだからそう簡単には覆せないのだろう。


「おい、大丈夫か?」


 傍に跪いて首をすこしだけ持ち上げる。


「……フェル、さん? 私は一体……?」


「それは私が聞きたい。ここで何をしている?」


「わ、私は、その、龍神様の指示通りに――で、ですがアレが龍神様……?」


 龍神の指示? でも、今の今まで龍神は止まっていたんじゃ? いや、もしかして最後の言葉には他にもなにかあったのか? 龍神を起こすような指示が。


「ここへ導く以外になにか指示があったんだな?」


 分かりやすいほど巫女がびくっとする。当たりか。


「教えろ、何を指示された?」


「……龍神様の戦友を導いた後、龍神様のいる場所への道を開くはずだから、その後をつけろ、そして巫女に代々伝わる手順を用いて龍神様を復活させよ、と」


 代々伝わる手順か。良くは知らないが龍神が止まった時のために元に戻すための方法を伝えておいたのかな。でも、それを魔王様の戦友が言うだろうか? 自ら龍神を止めたのに。


「最後の言葉は本当に龍神の口調じゃなかったのか?」


「……そもそも最後のお言葉というものはありません。これは巫女に代々伝わるものなのです。龍神様の声が聞こえなくなった後に祠を知る者が来たらそう伝えよ、と。そしてこの本の通りに実行しろと伝えられています」


 本? 見ると分厚い本があった。「操作マニュアル」と書かれているようだが……でも、なんでそんな面倒な事をするんだろう? 龍神自身が止まることを想定していたということなのかな?


 それになんでこの巫女は馬鹿正直に言ったんだ? ドラゴニュートって嘘がつけないタイプなのか?


「聞いておいてなんだが、なんでそれを正直に言ったんだ?」


「そ、それが、伝わっている手順を試してみたところ、しばらくして龍神様の声が聞こえたのです。私達の狂暴性が薄れているから元に戻してやる、と。あと、人族を襲えとも言われました……龍神様がそんなことを言うとは思えません。偽物なのか、龍神様が復活するための手順を間違ってしまったのかと……その後、苦しくなって……」


 巫女は涙目になった後、下を向いた。聞いたことの答えになっていないが、訳の分からない状態になったから聞いて欲しかったと言う事だろうか。


 魔王様の方をちらりとみた。話を聞けましたが、この後どうしましょうか、と目で訴える。


 魔王様は頷いた後、巫女に近づいて頭に手を乗せた。ぼんやり光ったと思ったら巫女は眠ってしまったようだ。


「ドスはこうなることを想定して巫女とやらに自身の起動方法を教えていたんだね。代々伝わっていると言うことはかなり昔から準備していたんだろう。用意周到なことだ」


 魔王様は巫女から扉の方へ顔を向ける。


「その子はそこへおいて行こう。この部屋にドスがいる。もう一度止めないと、余計な事をする可能性が高いからね」


「畏まりました」


 巫女を置いて扉の方へ向かわれたので私もそれについて行く。


 魔王様と一緒に扉をくぐり中へ入る。ここもかなり広い部屋だ。しばらく歩くと、巨大な円柱が建っており、カラフルな光を放っていた。


「お前達は何者だ? 創造主の誰でもない。なぜここへ入ることができた?」


 姿は見えず、声だけが聞こえる。随分と威圧的だ。


「何者であるかも、どうやって入ることができたのも関係ない。そんなことよりも君には不具合があるようだ。直してあげるからまた停止するといい」


「何を馬鹿な。私に不具合などあるはずがない」


「楽園計画のために人族を殺すという時点で駄目なんだよ。目的のためなら手段を問わない、その考え自体が不具合だ。いや計画自体が間違っているとも言えるかな」


「なにを言っている。何者かは知らんが楽園計画を知っているなら分かるだろう。魔族が役割を放棄した今の状況を見たか? 人族同士で戦争を始めたではないか。魔族が攻めていた時はそんなことは無かった。国や考えが違っても団結して魔族の対処に当たっていたのだ。人族は脅威がなくなると同族で戦争を始める愚かな生き物だ。そうさせないための脅威が必要なのだ」


 戦争? ルハラとトランの事か? もしかして魔族が勇者を倒しに人界に来ていた頃は人族同士の戦争はなかった?


「例え人族同士で戦争があったとしても、それは人族が自ら決めた事なんだ。彼らはそこから失敗を学ぶしかない」


「学ぶことができずに滅んだらどうする? 不死戦争を知っているか? 誰もが幸福に生きられる世界でさえ戦争が起きた。今の人族はもっとも愚かな種族、人間をベースに作られている。同じことをする可能性が高い」


 不死戦争? 魔界があんなことになるきっかけになった戦争の事かな?


「それは誰よりも知っているよ。それでも彼らを信じるべきだ。もし人族が人間のように絶滅するならば――それも彼らの選択、歴史なんだよ」


 魔王様はシビアな考えをされているのだな。さすがに絶滅するくらいなら手を差し伸べて欲しいところなんだけど。


「不死戦争を知っている、そして楽園計画も知っているようだ。まさか貴方は追放された創造主か? 我が母なる方の創造主か――」


「母なる方? イブの事かい? イブは君達の原型であって母ではないよ」


「その名を知っていると言うことは間違いない。ならば貴方を排除しよう。全ての創造主は楽園計画の障害でしかない。全ては我々管理者、いや、新たな神に任せて眠りにつくといい」


「そこまで思い込むようになったのかい? ユニの時も思ったけど、何をどう考えたら自分を神だと思うのか、逆に興味が湧くね。でも、それは後だ。まずは君を止めよう。そうそう、先に言っておくけど、壊してしまったら直さないからそのつもりで」


 巨大な円柱が激しく点滅を繰り返し、さらに横に回転を始めた。円柱は横に何分割かされていて、それぞれが不規則に右や左に回転している。あれは怒ってるのだろうか。


 急に部屋の至る所から魔王様へ光線が発射された。だが、魔王様の周りには結界が張ってあるようで、光線が遮断される。


「フェル、この結界の中にいるんだ。ここなら安全だから」


「分かりました」


 無念だが私は全く役に立たないだろう。能力制限を解除していてもあの光線を躱せない気がする。


 魔王様は結界の外へ出て、巨大な円柱を見上げた。


「さて、先手を譲ってあげよう。最大の火力をもって攻撃するといい。でも、それで僕を倒せなければ君はまた眠りにつくことになる。次に目覚める保証はないけどね」


「貴方が眠ってから我々が進歩しなかったとでも思っているのか。長い間眠っていたとはいえ、あまりにも軽率。ならばこの一撃で眠りにつくがいい」


 魔王様なら大丈夫だと思うけど、ちょっとだけ心配だ。いざとなったらお助けしないと。


「エネルギー充填、三十パーセント」


 何だろう? 空中に魔力が集まっている。ものすごい魔法が展開されるのだろうか?


「この攻撃を受けて生き残れる生命体はいない。例え貴方でもそれは無理だ。虚空領域にも存在しない攻撃を受けるがいい」


「へぇ、それは凄いね」


 魔王様はドスを煽っているのだろうか? 何ともないようにそんなことを言った。


「エネルギー充填、四十パーセント。これが百パーセントになった時、貴方は終わりだ」


「君は正直だね。それこそが君が神ではないことの証明だ」


「なにを言っている?」


「『アクセス』」


 魔王様は膝をついて左手を地面に着いた。魔王様がいる床が一瞬光り、床に青い線が一気に広がる。


「馬鹿な、貴方は先手を譲ると言ったではないか」


「僕はもっとも愚かな種族、人間だよ? 嘘だってお手の物さ。それにその攻撃、エネルギー充填が完了するまで他の攻撃ができないだろう? 虚空領域にない情報だろうが、君の創造主は知っていたようだね。君への対策ノートにそんなことが書かれていたよ」


 魔王様はそんなものを見つけていたのか。


「卑怯な! だが、貴方もそれをやっている間は動けまい! 竜よ! その者を倒すのだ!」


 何かの咆哮が響き渡った。もしかしてドラゴンがいるのか?


「フェル、少しの時間でいい。僕の邪魔をさせないようにしてくれ」


 おお、魔王様に命令された感じだ。ちょっとだけ嬉しい。


「お任せください、魔王様」


 結界が解かれるのを確認してから魔王様に近寄る。


 上空から黒い塊が落ちてきたかと思ったら、かなり大きめの黒い竜だった。表面は金属ではなく生物的だ。全長五メートルくらいか?


 よし、今日の夜はドラゴンステーキだ……いや、ドラゴニュートの前で食べちゃ駄目かもしれないから別の日かな。

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