第十章
創造主
朝からエルリガの町を出て大霊峰への入り口にあたる砦までやって来た。
昨日の夕方頃着いたエルリガの町は噴火のせいで色々と騒がしくはあったが、魔物が襲ってくることも無く、ほとんど被害はなかったそうだ。さすがに王都よりは揺れも激しかったようだが、あの程度の地震なら慣れているらしく、大きな混乱はなかったらしい。
ただ、これからは魔物が大群で押し寄せるかも知れないから警戒はしている、と宿の主人は言っていたな。
その後、宿で色々準備をしていたら、ヴァイア達も一緒に行きたい、みたいな事を言っていた。さすがに危なそうだし、今回は魔王様が絡んでいる案件だったので連れてはこなかった。
色々心配してくれるのはありがたいが、むしろヴァイア達に何かあった方が大変だ。ノストに護衛を依頼して置いてきたのは正しい判断だと思う。
そしてカブトムシがついて来るのもここまで。大霊峰ではワイバーンもいるし、空を飛んでいる魔物が多いらしい。それに、これから先はドラゴニュートという鱗を持った人型の種族が縄張りにしていると聞いている。下手に飛んでいたら撃ち落とされるかもしれないからな。
「それでは町の方に戻っていてくれ。今回はヴァイア達の護衛もお願いする。大丈夫だとは思うが大量の魔物が来て襲われそうになったら四人を連れて逃げろよ?」
町の住人には悪いと思うが優先するべきはあの四人だ。
「分かりました。町のすぐ外で待機していますので」
「間違って町の奴らに倒されるなよ」
「大丈夫です。あの町の住人にはこれを渡しておきましたから」
カブトムシが一枚の紙を差し出してきた。その紙には「郵送はお任せください。いつでもどこでも青雷便」と書かれていた。あと、「依頼は魔物ギルドまで」と念話のチャンネルが書かれている。
「なんだこれ?」
「青雷便は全国展開する予定でして、これを作っておきました。あの町の門番らしき人族に何枚か渡しておいたのです。複雑そうな顔をしていましたが、私がどんな魔物であるか理解して頂けたと思います」
多分、私も今複雑そうな顔をしていると思う。
これを町の奴らに渡していたとして、本当に理解してくれているのだろうか。そして理解していても襲わない理由は無いと思うけど。まあ、私がカブトムシに乗っているという情報は王都でも知れ渡っていたから、いきなり襲われることはないだろう……多分。
それと余計なツッコミは入れないでおこう。疲れるからスルーだ。
カブトムシと別れて砦の方へ歩いた。
エルリガで聞いた話ではここで許可証を見せないといけないらしい。無断で山を登っても問題はないが、戻ってくるときに攻撃される可能性があるため、ちゃんと許可を取って山へ入ると証明しないといけないそうだ。
砦はそれなりの大きさで全体的に黒かった。門の近くには門番らしき人がいるようだ。
「大霊峰へ向かいたい。これが許可証だ」
許可証を門番に渡すと、門番はそれを確認した。
「失礼ですが、魔族のフェル様でしょうか? 身分を証明してもらいたいのですが」
「冒険者ギルドのカードでいいか?」
ギルドカードに魔力を通すと青白く光った。それを門番に見せる。
「はい、確認いたしました。冒険者ギルドからも連絡が来ておりますし、許可証も本物ですので、通っていただいて問題ありません」
「そうか、では通らせてもらおう」
「あの、随分と軽装ですが、大丈夫でしょうか? 魔族の力を疑う訳ではないのですが、山を登るのはかなりきついと思われますが」
「一応、登山用の野営道具などは亜空間に入れてあるから大丈夫だ」
ドワーフの村で二セットも買った。多分、大丈夫。
「そうでしたか。それでしたら問題ないと思います。ただ、大霊峰はドラゴニュートの縄張りですのでご注意ください。例え魔族でも集団のドラゴニュートに襲われたら危険ですから」
「忠告に感謝しよう」
門番が敬礼したので、こちらも敬礼しておく。こういう挨拶でいいのかは分からないけど。
砦を迂回して大霊峰の方へ歩みを進めた。
ここは砦と言っても防衛用ではないらしい。単純に大霊峰から来る魔物を監視しているだけとのこと。魔物達も基本素通りで、実際の防衛はエルリガでやっているようだ。
まあ、山から来る奴を全部見張るのは無理だよな。エルリガへ向かいそうな魔物の報告しかしていないのだろう。
そんなことを考えながら歩いていたら、砦から随分と離れた。一応、大霊峰へ入ったということだろう。なら魔王様へ連絡するか。
念話用の魔道具を取り出して魔王様へ連絡する。
『フェルかい?』
「はい、今、大霊峰へ入った所です。魔王様がこちらへいらっしゃるのでしょうか? それともどこかへ向かいますか?」
『そこへ向かうよ。ちょっと待ってて』
「はい、お待ちしております」
セラが逃げ出した時から魔王様に直接会うのは久しぶりだ。大霊峰で色々と教えてもらうことになっているが、何を聞かされるのだろうか。心の準備はしたつもりだけど何となく緊張する。
記憶に関しては大丈夫だろう。例え何かを忘れたとしても日記に情報が残るはず。だが、今日、もし魔王様に記憶を変えられたらどうすればいいだろう?
私はそれでも魔王様に忠誠を誓えるだろうか。色々とモヤモヤする。それに胃が痛い。魔王様を信じようと何度も思うのに、心のどこかで疑っている。
「やあ、待たせたかな?」
背後で魔王様の声がした。悪い意味で心臓が高鳴る。いや、落ち着け、クールだ。深呼吸してから振り向こう。
振り返ると魔王様がいた。いつもと変わらない魔王様だ。でも、なんだろう。初めて会った気もする。
「認識阻害は解除しておいたよ。ちょっと恥ずかしいけど、これが僕だ」
認識阻害? そうか、魔王様の容姿を覚えていられない理由か。なら確認しておこう。これも日記に自動で書かれるだろうし。
……えっと、ものすごく不敬だが、普通だ。
二十後半ぐらいの年齢で髪は黒っぽい赤だろうか。そして瞳の色は黒。背丈や体つきは中肉中背でこれといった特徴はない。
下半身は黒いズボンにベルトがついているゴツイ靴をはき、上半身は白いシャツに丈が短い黒皮のジャケットを羽織っている。袖からのぞく右手は金属でできたような手をしていて、左手にはなにかグローブのようなものを装備していた。
だが、そんなことはどうでもいい。聞かなくてはいけない事がある。
「魔王様には、その、角がありません。魔族ではないのでしょうか?」
魔王様の頭には魔族の象徴とも言える角がない。おそらく折れたと言う事もないだろう。魔王様に勝てるような者はいないのだ。今考えると何となく予想はつく。おそらく今は魔王様の事を深く考えても思考が分散されないのだろう。
「まずはそこからだろうね。歩きながら話そうか」
魔王様は私の返事を待たずに歩き出してしまった。慌てて追いかける。
「予想はついていると思うけど、僕は魔族じゃない。エルフでも、ドワーフでも、ましてや人族でもないんだ」
「人間……でしょうか?」
「正解。僕は旧世界の最後の生き残りだよ。まあ、人間と言えるほど原型を残しているわけでもないんだけどね」
やはりそうなのか。魔王様の知識は膨大だ。明らかに魔族では知り得ないような情報も知っている。それに管理者達やアビスとのやり取りを思い出すと分かる。
「魔王様は創造主でもあるのですか?」
「そうだね。人族や魔族、そして管理者達を作った人間の一人だよ。僕のやったことは管理者達の原型、イブを作ったくらいだけどね」
「そう……なのですか」
あれ? よく考えたらイブに盗聴されているのではないだろうか?
「魔王様、あの、ここで色々と話してもいいのでしょうか?」
「そうだね、問題ないよ。噴火が起きたのが分かっただろう? あれは魔素のバージョンを変更した合図でね。今の魔素はイブへ情報を送ることはできないんだ。それにこれをやった時点で僕がイブを疑っているというのもバレたはずだ。もう、気にすることはないよ」
相変わらず魔王様が何を言っているのかは分からない。だが、盗聴は気にしなくていいという事なのだろう。
「分かりました。では教えてください。なぜ私に認識阻害をした上に魔王様の事を考えさせないようにしたのですか?」
「そうだね、それを言わないといけないね」
魔王様は歩くのを止めてこちらを振り返った。
「すべてが終わったら、フェルの僕に関する記憶は消すつもりだった。だからフェルに僕の余計な情報を与えたくなかったんだよ。多くの情報を持ちすぎると記憶を消しきれないからね」
私から魔王様の記憶を消すのか……例え魔王様でもそれだけは許せない。断固拒否だ。
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