魔族対魔族
ウェンディは禍々しい感じの黒い鎧を身につけている。全体的にライオンっぽい。
なるほど、このためにあの面積の少ない鎧を装備していたのか。
うろ覚えだが、精霊は自然そのものだから加工された金属を嫌うとか聞いたことがある。そもそも精霊は魔素の集合体だとも言われているから、その辺は本当かどうかは分からないけど。
でも、そんな鎧を装備できるなら言っておくことがある。
「普段からその鎧を身につけていろ。さっきまでの姿は、その、なんだ、忌憚ない言葉で言うと変態だぞ?」
「心外。恰好、人気、出る」
そう言えばアイドル冒険者だったな。でも、ダメなものはダメだ。
「これからは魔族として生きるんだろう? 外見でファンを作るんじゃなくて、格好いい生き方を見せてファンを作れ」
「命令? なら、強さ、見せる」
魔族ならではだな。命令をしたければ強さを見せろということか。
「いいだろう、お前に勝ってさっきの恰好を止めさせてやる」
周囲からブーイングが起こった。男共は馬鹿だな。魔王様は違うけど。
ウェンディはヘルメットの前面部分を頭部から下げて顔を隠した。剣を両手で持って右肩に乗せる。そしてかなりの前衛姿勢をとった。
防御を無視した超攻撃型の構えだな。やられる前にやる、という感じだ。それとも鎧に自信があるのか?
「【シルフ】」
ウェンディがそうつぶやくと、地面スレスレを超高速で向かってきた。風の抵抗を受けていないようなスピードだ。なんとなくセラを思い出す。ちょっとイラッとした。
勢いをつけた上段切りを右に躱す。剣が地面に叩きつけられて爆発の様な音がした。そこからほぼ硬直なしで横切りに変化する。
それを右拳で迎撃。剣を弾き飛ばすつもりで殴ったのだが、鈍い音がして剣と拳の両方が弾かれた。
驚いた。私の拳が弾かれるほどの威力か。ウェンディの方は顔が見えないから驚いているのか分からないけど、弾かれても攻撃を緩めるつもりはなさそうだ。
ウェンディの攻撃を何度も弾く。武器が壊れないかと期待していたが、ひびが入ってもすぐに修復してしまうようだ。魔力がある限りずっと修復できるのだろう。ウェンディの魔力量は多いから、魔力切れは期待できない。
どうしたものかな。長い時間戦うのも面倒だ。よし、迎撃はしないで回避に切り替える。転移で躱してから攻撃しよう。
縦切りを躱してもすぐに横切りに変化するから縦切りは躱さない。横切りを転移で躱せば、体が泳いですぐには次の攻撃に移れないはずだ。そこを狙う。
何度かウェンディの弾いたところで横切りが来た。左から右に薙ぐ剣筋を迎撃せずに転移で回避。
ウェンディの体が剣の重さで泳いだ。そこへ左ボディブローを放つ。
左手が鎧を貫いた――違う! すり抜けた!
次の瞬間、結界までふっ飛ばされていた。
すり抜けたことに気付いた時には遅かった。横薙ぎした剣が戻ってきて私を吹き飛ばしたようだ。とっさに右手のグローブで防御したから吹っ飛ぶだけで済んだか。アレをまともに食らったら死ぬと思うんだけど。
「殺す気か」
「魔族、その程度、死なない」
いや、死ぬと思うけど。
どうしようか考えようとしたら周囲で大歓声が上がった。どうやら今の攻防が良かったらしい。
ちらっとダグを見たが、難しい顔をしているだけだ。ダグとしてはお気に召さないのかな。
それはともかく鎧だ。固いものだと思っていたらそんなことなかった。あれって精霊と同化しているだけか? もしかして精霊武具というのは嘘?
念のため、魔眼で確認しておこう。
……なんだ、ユニークスキルは精霊同化だけじゃないか。温泉では黒い犬に変わっていたから鎧は別の物だと思っていた。単純に鎧の形をした闇の精霊だ。
ついでに剣も見る。
……スキル関係ないじゃないか。精霊を宿す剣を使っているだけだ。
温泉での会った時のイメージが強くて騙されたな――いや、騙される方が悪いんだ。私も人界に来て甘くなったのかもしれない。これは模擬戦だが、魔界でそんな心構えならすぐに死ぬ。確かに腑抜けていたな。
両手で自分の頬を叩いた。かなり痛い。だが気合が入った。
「すまなかったな。確かに腑抜けていたようだ。次はもっと本気を出すと誓おう」
ウェンディは頷くと、また剣を肩に乗せて前衛姿勢を取った。
精霊はある程度まで小さくなると自我が保てない、とか聞いたことがある。おそらく今のウェンディも似たようなものだろう。体を保てないならユニークスキルを解除するはずだ。パンチ単発ではすぐに戻られてしまうが、パンチを複数当てて黒い鎧、というか闇の精霊を分散させよう。
ギミックは使わないつもりだったけどやっぱり使う。多分、死にはしない。
「【加速】【加速】【加速】」
まずは自己強化。いつも通りスピード重視。
相手は精霊の体。今は実体があるがパンチで精霊を散らせば精霊の総量は減る……と思う。あとは先手必勝だ。
飛び出そうとしていたウェンディの目の前に転移して出鼻をくじく。
そして左ジャブの連打。ウェンディの体の一部を吹き飛ばして精霊を散らす。
多少は元に戻るが、極小まで散らされた精霊は実体を保てずに消えた。よし、これならやれる。
ウェンディは精霊の剣で攻撃してくるが、今度は迎撃しない。全て躱す。大振りの攻撃はもう効かない。見切ったとは言わないが、スピードの上がった私なら余裕で躱せるし転移もできる。
それに精霊の体を保てなくなってきたのかも知れない。最初の頃よりも随分遅くなった。力が出せない、というのが正しいのかも知れないが。
ウェンディが後方へ大きく飛びのいた。体勢を整えるのだろう。だが、そんな余裕は与えない。
ウェンディの目の前に転移してギミックを発動させる。
「【ジューダス】」
連打を食らうがいい。
瞬間的に三十発のパンチを浴びせた。半分ぐらいで精霊同化のスキルが解除されて、残りのパンチは全てウェンディ本体に当たった。そして結界の端まで吹っ飛ぶ。
これで勝負アリだろう。これ以上は殺しかねないからな。
「ダグ。勝負はついた。ウェンディを治療してやってくれ」
「……そうだな。限界か」
なんだろう、ものすごく落胆している感じだ。もしかして昔の魔族と比べてそんなに弱いのか? 一体、ダグは五十年前、何を見たんだ? 確かにウェンディも完全な力を取り戻してはいないと思うけど、その辺の奴らよりは相当強いぞ。
「まだ」
ウェンディの声が聞こえた。ダグの方から視線を移すと、ウェンディが立ち上がっていた。
「止めておけ。これ以上戦っても結果は目に見えている。それに依頼は完了した」
恐怖とまではいかなくても、魔族が強い、というのは理解できたと思う。ダグは納得していないようだが。
「本気、出す」
またか。本当に出せるような本気があるのか?
ウェンディは天井を見上げてから大きく深呼吸をした。そしてこちらを見つめる。
「【能力、制限、解除】」
なに?
ウェンディの体から炎が噴き出た。そしてその炎がウェンディの体に巻き付くような形で状態を保持している。しかも頭には炎でできた角ができた。私と同じように羊の角だろうか。
「これが魔族としての本当の姿」
この姿がウェンディの本当の姿? 封印で力を失っていたというよりも自ら能力を制限していたのか。いや、それよりも普通にしゃべってる?
「えっと、普通にしゃべれるのか? 単語とか動詞だけでの会話じゃなくて」
「もちろん。制限がなければ普通に話せる」
面白い形で制限されるんだな。私も制限しているけど、そんな風にはならない。個人によって違うのか。
「お前達、よく見ておけ、ここからが本当の魔族だぞ!」
ダグは随分と嬉しそうだ。そんなに変わらないと思うんだけど、ダグからしたら違うのかな。
「えっと、まだ、続けるのか?」
「貴方の強さは大体分かった。魔族はあの頃よりもすごく弱くなってる。一度鍛え直した方がいい」
それって、私が弱いと言っているんだろうか。確かに今の状態のウェンディならかなり強いが、部長クラスなら倒せると思うんだけどな。
それに私がルハラで三万人相手に戦ったことって知らないのかな? いまはその時のユニークスキルを使っちゃダメなんだけど。
「まずは貴方を倒して魔界の魔族達に喝を入れる。これから勝負を決めるけど、死なないで」
「模擬戦なんだよな?」
「貴方のその余裕はすごいけど、これからやるのは本当に危ないから防御に徹した方がいい。舐めていると死ぬ」
「だから、そこまでするなよ」
魔族だから好戦的なのは仕方ないんだけど、もうちょっとこう、色々考えて欲しい。
「【風林火山】」
なんだ? ユニークスキル? さっき魔眼で見た時はそんなスキルを持っていなかったけど。もう一度見てみるか。
……ユニークスキルが増えてる。えっと、四種類の精霊を使役するスキルか。風、火、山は何となくわかるけど、水じゃなくて林なのか。ドリアードとかいうのが木の精霊だった気はするけど。
ウェンディが炎の燃え盛る――羊だろうか? 大きい炎の羊になった。四つの精霊が交わって、よく分からない状態ではあるが、メインは炎で熱そうな感じはする。
「人界に来てからこの形態で戦ったのは貴方で三人目。レッドラムという二つ名が伊達ではないことを教える」
「レッドラムってそういう意味か」
赤い子羊か。まあ、殺人鬼とかの意味じゃなくて良かった。でも、どうするかな。
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