温泉

 

 昼食はアイスバードを使った鍋料理だった。以前、ソドゴラ村で食べたスキヤキとはまた別の鍋らしい。卵がないのは不満だが、アイスバードは美味しいと言われているだけあって、味はかなり良かった。


 こうなると夕食はもっと期待できそうだ。アイスバードよりもサンダーバードの方が美味しいって話だからな。


 鍋奉行をやってくれたハインが食後の飲み物を持ってきてくれた。私が提供したリンゴを使ったジュースだ。


「皆様、午後もどこかへ出かけられるのですか?」


「おうよ、午後はヴァイアが企画した温泉だったけ?」


「うん、有名な温泉があるらしいんだ。フェルちゃんはお疲れ気味だからね。温まって疲れが取れればいいかなぁって」


 なんと、そんなもてなしをしてくれるのか。温泉と言うのは本で読んだから知ってる。魔界にはないけど、色々な効果があるお風呂だ。美肌効果アップとか疲労回復とかがあると読んだ気がする。そんなスキルがあるお湯なら持って帰りたい。


 どちらかというと精神面の疲れなのだが、体の疲れが取れれば精神も癒えるかもしれない。満喫しよう。


「それでしたら、また私が案内いたします。公共の施設ですが、クロウ様の名前を使えば無料になると思いますので」


「勝手に名前を使っていいのか?」


「はい、サンダーバードの話をしましたら、それはもうものすごい食いつきでして、フェル様達に失礼のないように仰せつかっております」


 そんなに貴重な魔物だったのか。ヴァイアのとりよせ君を使えばいくらでも引っ張って来れそうだけど。そういえば、原型を残して倒すのが難しいとか言っていたな。貴重な部位でもあったのだろう。


 なら遠慮なくクロウの名前を使わせてもらおうか。無料っていうのはありがたいからな。


「分かった。なら、案内を頼む」


「畏まりました。では、準備が終わりましたらエントランスへお集まりください」


 さあ、準備して温泉だ。




 ハインの案内で有名らしい温泉に着いた。


 クロウの名前を出すと、本当に無料になった。しかも、温泉の中で上級にあたる「ドラゴンの湯」という場所を使っていいらしい。貸し切りはできないが、人は少ないので、のんびりできるだろうとのことだ。


 人界の国についてはよく分からないことが多いが、貴族ってすごいんだな。魔王やってたけど、魔界のお風呂は争奪戦だったからな。一番風呂も数回しかない。


 みんなでその「ドラゴンの湯」に行こうとしたが、ハインは一緒に来なかった。


「お客様と同じ湯につかるわけにはまいりません。体を洗う補助も必要ないとのことですので、ここで待ちます。こちらは気にせず、ごゆっくりどうぞ」


 無理に誘ってメイドとして命を絶たれたら困るので、ハインを残して脱衣場へ向かった。


 歩きながらヴァイアが笑顔でこちらを見ている。


「フェルちゃんのおかげでこんな上等な温泉に入れたよ。本当はもっと安い場所の温泉だったんだけどね」


「私のおかげじゃないだろ? サンダーバードを捕まえられたのは、どちらかというとヴァイアのおかげだと思う」


「そうかな? まあ、どっちのおかげでもいいよね。結果的にこんないい温泉に浸かれるんだから」


 ヴァイアだけでなく、ディアもリエルも嬉しそうだ。もちろん私も。


「ねえねえ、フェルちゃん達は以前一緒にお風呂に入ったんだよね?」


「ああ。そういえば、あの時はクロウの屋敷だったか?」


 たしか、リエルを見つけてから、なんやかんやでクロウの屋敷に泊った。その時に一緒に風呂に入った気がするな。


「よーし、これで私も裸の付き合いをしたから名実ともに親友だね!」


「もしかして気にしてたのか?」


 そんなことしなくても親友だと思うが、ディアの中ではなんらかの線引きがあるのかな。


「甘いな、ディア。俺達は裸付き合いをした上に下着を買った仲だ。そういえば、今回もリーンの雑貨屋で下着を買ったけど、ディアはちょうどいなかったな。まだ真の親友とは言えねぇ」


「ぐぬぬ……!」


「悔しがっているところにあれだけど、私は買ってないからな? 私としてはあんなものを買う奴らを親友と言いたくない気持ちがある」


 ヴァイアとリエルに驚きの表情で見られた。驚くことに驚いた。


「フェルちゃんの言いたいことは分かったよ」


「何が分かったんだ? とくに言いたいことはないんだが?」


「私が縫った下着を身につけたいと言うことだね! 安心して! あんなフェニックスやサラマンダーに負けないドラゴンっぽい下着を作ってみせるよ! あとで採寸させて!」


「絶対に断る。それは私の敵にまわるという行為だと知れ」


 そんな馬鹿話をしていたら脱衣場に着いた。


 ものすごく広い。いくつかの棚にカゴが置いてある。あれに衣服を脱いでおくのだろう。いくつかのカゴに衣服が入れてあるということは、他の客がいるのだろうな。


 カゴは便利そうだが、亜空間が使える私には不要だ。その話をしたら三人も私の亜空間にいれるようだ。


 みんながそれぞれ準備していた桶と石鹸とタオルだけを残して、他の物は亜空間に入れておいた。


 準備が整ったので、みんなを見る。相変わらずヴァイアは直視できない感じだが、リエルはそれなりにスタイルがいい。ディアは意外と筋肉質な感じだ。そこそこ武闘派だからな。おっとジロジロ見るのは良くない。さあ、温泉に入ろう。


「フェルちゃん、知ってる? こういう場所ではしゃいじゃいけないんだよ?」


「ディア、それはお前に言いたい」


「私は石鹸で転んでから大人になったんだよ。あの頃は私も若かったね、ものすごく痛かった――なんで手を握ってうなずくのかな?」


 仲間がいた。今日から真の親友だ。


「おーい、早く入ろうぜ」


「リエル、ちゃんと前を隠せ。なんでそんなワイルドなんだ」


 リエルはタオルを肩にかけて、ほとんど隠してない。


「そうだよ、リエルちゃん。女の子なんだから、つつしみを持たないと」


 リエルは「女同士なんだからいいじゃねぇか」とか言ってる。裸エプロンを勧めるような奴だからな。女同士なら裸でも問題ないのだろう。そういうのって礼儀だと思うんだけどな。


「リエルちゃんと違って、ヴァイアちゃんは隠しているのに隠せてないよね。なにあれ? 知ってはいたけど、直に見ると、こう、もぎたくなるね」


「結構気にしているようだから言わない方がいいぞ。あまり嬉しくないそうだ」


「持っている人の余裕だね。私もそんな高みへ至りたい」


 ディアがため息をついてからヴァイア達の方へ向かった。私も行くか。


 脱衣場から温泉エリアの方へ足を踏み入れた。


 どうやらいくつかのお湯に分かれているようだ。それぞれ効能が違うとヴァイアが言っていた。なら全部制覇しないとな。


 まずは体を洗おう。お湯に浸かるのはその後だ。大事なマナーだしな。


 今日はサンダーバードと戦って髪が酷いことになった。ブラシですいておいたけど、なんだかゴワゴワする。まずは頭から洗おう。ちゃんと濡らして整えないと。


「フェルちゃんは角があるのに器用に頭を洗えるよね?」


「その声はヴァイアか?」


 目をつぶっているから見えないが、声はヴァイアだな。どんなに強くても石鹸の泡は目にしみる。目は開けられない。


「うん、私だよ」


「生まれた時からあるんだ。器用というよりも、これが普通なんだが」


「それもそうだね。あ、邪魔してごめんね。続けて」


 人族からみたら魔族の角は気になるんだろうな。私もヤトの猫耳は気になるから、それと似たようなものだろう。あれは耳の役目を果たしているのか、それともタダの髪なのか気になる。なんとなく聞きにくいし、永遠の謎だな。


 頭の泡をお湯で洗い流す。すすぎは大事。丹念に泡を落としておかないと。


「フェルちゃん、頭は洗い終わった? 背中は私が洗おうか?」


 ヴァイアがタオルを持って待ち構えている。洗おうか、と聞いておきながら有無を言わせず洗うつもりだ。メーデイアにいたメイドギルドの奴らも似たような目をしていた。


 とはいえ、背中だし拒む必要もないか。正直、そういうのに憧れたこともある。


「分かった。よろしく頼む」


「うん! フェルちゃんをもてなさないといけないからね!」


 ヴァイアが座っている私の背後に移動して、背中をゴシゴシ洗い出した。


 もっと強くてもいいけど、こんなものかな。肌を傷つけないような力加減で洗ってくれているのだろう。防御力は高いほうだからもっとゴシゴシしても肌は傷つかないけど。


「お、なんだよ、フェルの背中を洗ってやってんのか? 俺もやってやるぜ!」


「今度はリエルか? じゃあ、よろしく頼む」


「おう、任せろ!」


 ヴァイアがどいて、リエルが私の背後に立った。ヴァイアと同じぐらいの力加減で背中を洗ってくれているようだ。


 はて? 背中がちょっとヒリヒリする。


「おい、リエル、何してんだ? 背中がヒリヒリするんだが?」


「おっかしいな。石鹸の泡を付けたタオルで普通に擦っただけだぞ? それなのに背中がちょっと赤くなっちまった」


 何てことしやがる。でもタオルで擦っただけ? そんな痛みじゃないんだが。それになんとなく嫌な感じがする。


「ちょっと石鹸を見せろ」


 リエルから石鹸を奪う。魔眼で見なくても分かる。ものすごく聖なる力にあふれてる。


「これ、女神教の奴が祈った石鹸じゃないのか?」


「知らねぇ。聖都を抜け出すときに持ってきた物だし」


「聖都にある物はだいたい祈りがささげられてるよ? というか、なんでリエルちゃんが知らないの?」


 ディアが補足してくれた。本当になんでリエルが知らないんだよ。


「これじゃ聖水で洗っているようなものじゃないか。なんの罰ゲームだ」


「わりぃわりぃ、ワザとじゃねぇんだ。普通の石鹸で洗うから許してくれ、な?」


 まあ、ワザとじゃないんだから仕方ないな。しかし、そういう罠があったのか。もし聖都に行くときは気を付けないとな。


「ちょっと貴方達、騒がしいわよ?」


 二十歳ぐらいの女性が二人、こちらにやって来た。片方はかなり背が高い。百八十ぐらいあるか?


「あら、貴方……?」


「げっ!」


 ディアが小さい方を見て顔を歪ませた。知っている奴なんだろうか。


「あらあら? こんなところで何をしているのかしら? 分不相応ではありません? せめて私のギルドくらいの稼ぎがなければ、この湯は使えませんわよ?」


 ギルドの稼ぎ……? もしかして、ディアにちょっかいをかけているギルドマスターなのか? こんなところで遭うとはディアも運がないな。

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