闇討ち

 

 雑貨屋の二階。婆さんの作った料理を食べ終わった。


「どうだい? 感想を聞かせてくれるんだろ?」


「……美味かった」


 これは私の敗北を意味する。悔しくはないけど。


「でも、これは料理なのか? 米の上にたくさんの生の魚が乗っているだけなんじゃ?」


「何を言ってんだい。魚を切るにも技術がいるんだよ。変に切ったら味が落ちちまう。立派な料理だろう」


「そうなのかもしれないが、素材の味がいいというか、婆さんの手柄じゃないような気もするぞ?」


「分かってないね。素材の味がいいかどうかを見極めて買ってきてるんじゃないか。確かに料理の腕は大したことはないけどね、目利きには自信があるんだよ。最高の素材を買ってくるというのも料理のうちさ」


 なるほど。そういう考えがあるのか。ニアなんかは例え変な材料でも美味しい料理をつくれそうだけど、婆さんは料理をする前から勝負をしているんだな。


「分かった。だが、言っておきたいことがある。あの緑色の塊はなんだ。鼻にツーンと来たぞ。一服盛りやがって」


「そりゃワサビを知らないアンタが悪いんだろう? 最初に大量のワサビを口に入れるなんて何考えてんだい」


「いや、前菜かと。緑色だったから」


「グルメが聞いてあきれるよ」


 言い返せない。年の甲というヤツか。


 まあいいか。確かに美味しかったし。海鮮丼とかいう名前の料理なんだな。魚は普通焼いて食べるものだと思ったんだが、生でも行けた。ショーユと相性がいい。お米もほんのちょっとだけ酸っぱい感じがしたけど、それが魚とマッチしている。


 でも、ワサビはダメだ。鼻がツーンとするし、なんだか頭が痺れる感じだ。悶絶した。お茶がなければやばかったな。メテオストライクする一歩手前だ。


「負けを認めよう。魔族に勝ったということで宣伝していいぞ」


「そんなことを宣伝してどうするんだい。でも、こんなもんでも魔族の鼻を明かせたってことなら嬉しいもんだ」


 婆さんはニッコリと言うほどじゃないが、してやったり、という感じだ。不敵な笑みというヤツかな。


「俺も美味かったと思うぜ。でもいいのか? この町じゃ海産物も結構高いだろ? これがタダだとなんとなく悪い気がするけどな?」


 ヴァイアと、後からやって来たディア、ユーリも頷いている。


「子供が遠慮なんかするもんじゃないよ。夕食を奢ったぐらいで潰れるような店じゃないんだ。それにあの下着を買ったんだろ? 売れると思ってなかったからマイナスにはなっちゃいないよ」


 あの後、ヴァイアとリエルはあの下着を買っていた。止めようとしたんだが駄目だった。私は無力だ。


「お前ら、よくあんな真っ赤な下着を買えるな?」


「知らねぇのか? 赤い下着は開運の効果があるんだぞ? フンドシって知らねぇのか」


 知らないし、魔眼で見たけど、開運スキルなんてついてなかった。あと、火耐性もない。


「な、なんとなくあれは勇気が出るよ!」


 士気高揚スキルもないぞ。タダの布だ。


「昔のヴァイアちゃんはもっと素朴で純粋な感じだったんだけどね……」


 ディアが呆れた感じでヴァイアとリエルを見ている。それには私も同意する。リエルは悪影響だ。できるだけアンリは近寄らせないようにしよう。


「あの、私は男なので、そういう話はちょっと控えてもらえますか?」


 ユーリが居たたまれない感じだ。そもそもここまで付いてこなくてもいいような気がするけど。あ、いや、ディアの護衛として一緒に来たのかな。


「ところで、さっき聞いたんだが、アンタ達は王都の方へ行くのかい?」


 婆さんが料理の器を片付けながらそんなことを聞いて来た。


「ああ、冒険者ギルドの本部に用があってな。そこに向かう途中、寄らせてもらった。今日はこの町に一泊して明日王都方面へ向かうつもりだ」


「そうなのかい。今の時期、王都は寒いから気を付けな」


 相変わらず怒ったような顔をしているが、気を使ってくれているのだろう。まあ、悪い気分じゃないな。


「ウチで防寒具を買ってくといいよ。今日は割引しないけどね」


 気を使ってるんじゃなくて商売だったか。


「すでに準備は整えているんでな。特に買う物はないぞ。アイツらが買った下着だけで我慢してくれ」


「なんだい。前回は色々買ってってくれたのに。木彫りの置物とか」


 木彫りの置物? そういえば、木彫りの装飾品とかと一緒に買ったな。なんとなく良さそう、という認識でしか買わなかった気がする。でもエルフ達は喜んでいたな。私の審美眼も捨てたものじゃない。


「あれ、評判良かったぞ。それに装飾品も。物々交換で渡したんだが、ものすごく喜んでた」


「なんだい? 転売みたいなことをしてるのかい?」


 転売? 確か安く買って高く売るみたいな方法のことだよな。お金で買った物をリンゴに代えたのだが、転売と言えば転売か?


「向こうが欲しそうなものを買ったからな。まあ、転売と言えば転売だ」


「まあ、相手が喜んだのなら構わないがね。あれは義理の息子が作った物なんだ。木工ギルドに所属していてね、作った物をウチの店にも置いているのさ」


「そうか。一応、この雑貨屋のことも教えておいた。この町に来るとか言ってたから、そのうち来ると思うぞ」


 大きな雑貨屋とかしか言ってないけど、この店以外はないだろうから迷わないと思う。


「へぇ、ソイツはありがたいね。客が増えるのは助かるよ」


「ただ、店の商品を欲しがったとしても、金を持ってないから物々交換に応じてやってくれ。だいたいの交換比率は分かっていると思うから、もし足りなかったら交渉してくれ」


「……お金を持ってないって未開の地にいる人なのかい? 魔族じゃないだろうね?」


 どうだろう? 境界の森って未開の地ではないと思うが、エルフ達が住んでいる場所は似たようなものか?


「魔族じゃない。未開の地と言えば、未開の地、だな」


「一体どこの田舎から来るんだい? だが、アンタの紹介だ。物々交換でも仕方ないね」


 これでミトル達も気にいった物があれば買えるだろう。でも、エルフ達はソドゴラ村以外とは取引しないか? 私の名前を出しておけば問題ないかな?


「婆さん、ソイツらが来たらフェルって名前を出してくれ。多分、信頼してくれる、と思う」


「フェル……確か、アンタの名前だね。初めて会った時、そう名乗っていた気がするよ」


 婆さんはそう言うと、目を瞑ってから頷いた。


「アタシの名はエリファだよ。そして、ここはエリファ雑貨店だ」


 婆さんの名前か。今更だが婆さんの名前を知らなかった。名前を教えてくれたと言うことはそれなりに信用されているのだろう。


「婆さんの名前だな。覚えておく」


「まあ、今まで通り婆さんでいいよ。今度、この店に来るって人に伝えておきな。多少は割引してやるさ」


「分かった」


 村長に念話しておいてもらおうかな。ジョゼフィーヌ経由で……いや、メノウ経由で村長からミトル達に伝えてもらおう。


 話が一区切りついたところで、ディアが腕をつついた。


「フェルちゃん、もう遅い時間だよ? 長居したらご迷惑じゃないかな?」


 確かに結構長居してしまった。確かに迷惑だな。


「ずいぶん長く居座ってしまったな。宿も取ってあるし帰る」


「そうかい。なら、今日はありがとうよ。アンタのおかげで助かった」


「もう礼はいらない。美味い料理をおごってもらったからな」


 あれは美味かった。ワサビ以外は。


「アタシが生きているうちにまた来なよ」


「約束できないから長生きしておけ。可能性が増えるぞ。じゃあな」


 そう言って雑貨店を後にした。




 外は結構暗い。道に沿って等間隔に光球の魔法が展開されていて、道が見えない、と言うほどではないが。私は夜目がきくけど、みんなは大丈夫かな?


「暗くないか? 大丈夫か?」


 問題ないらしい。まあ、ソドゴラ村の夜はもっと暗いからな。これくらいなら明るい方か。


 だが、問題は他のことだな。どうやら周りを囲まれているようだ。


「フェルさん、ちょっといいですか?」


「ユーリ? なんだ?」


「なにかしでかしました? なんとなく厄介なことが起きそうなんですが」


 ユーリも気付いているのか。まあ、周囲でこれだけ殺気を出してたら分かるよな。


「本当だよ。フェルちゃん、何したの?」


「もしかしてディアも分かってるのか?」


「えぇ? バレバレな雰囲気だと思うけど?」


 ディアの場合は異端審問官としての過去があるから、こういうのも察知できるのか。まあ、頼もしい、のかな。


「やっぱり私達を狙ってるのかな? 三十人ぐらいかな?」


「ヴァイアも分かるのか?」


「うん、探索魔法に引っかかってる。敵意があるから怖いよね」


 その割には落ち着いているんだけど。どうとでもなると言う事かな?


「リエルはどうだ? というか気づいているか?」


「お前ら程は分からねぇよ。囲まれてるってくらいか。でも一つだけはっきり分かる。いい男はいねぇ」


 なにかそう言う嗅覚があるのかな。なんとかセンサーとか。


 そんなことを考えていたら、矢が飛んできた。


 危ないからキャッチ……と思ったらここまで来ないで途中で道に落ちた。なんだ?


「私の周囲って飛び道具が届かないようになってるんだ。私の近くにいれば矢は当たらないよ。まあ、百本ぐらいまでだけど」


 どんな術式を組めばそんなことができるのだろうか。


 だが、確かに矢は届かない。何本もこっちに向かってくるが、全て途中で落ちる。


 ディアが右手を落ちている矢の方へ伸ばした。どう考えても手が届く距離じゃない。


 だが、手で招くような仕草をすると、地面に落ちていた矢がディアに引き寄せられた。なんだ?


「ディア、いま何したんだ?」


「え? 糸で引き寄せたんだけど?」


 何でもないようにそんなことを言って、引き寄せた矢を見ている。


「毒とかは塗られてないね。盗賊ギルドじゃなさそう。多分だけど、この矢ってラジット商会でしか作ってないものだよ。殺傷力を高めるために色々工夫している物だね」


 盗賊ギルドってなんだ? まあ、それはいいけど、ラジット商会か。身に覚えはあるけど、なんで私達を狙うんだろう?


「フェルさん、どうします? 片付けますか?」


「面倒だけど仕方ないな。何のために襲ってきたか知りたいし、一人は意識を奪わずに捕まえてくれ。言っとくけど、殺したりするなよ?」


「捕まえるのは私に任せて。リーダーっぽいのを捕まえておくよ。フェルちゃんとユーリさんは近いのから片付けてね」


 珍しくディアが頼りになる。捕縛が上手いとか言ってたから頼むか。


「手加減をミスっても死ぬ手前なら俺が何とかしてやるから安心していいぞ」


 リエルがそんなことを言ってる。死ななきゃ何とかなると言うことか。私達の方じゃなくて相手の方だけど。


「リエルちゃんの守りは私がやっとくよ。結界を張っておけば安心かな?」


 ヴァイアの結界か。私でも壊すのが大変そうだ。


 なんというか安心できる布陣だな。よし、とっとと終わらせよう。

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