許せないこと

 

 夕食を食べ終わったから、セラに会いに行こう。すでに日は落ちて周囲は暗いが夜目が効くほうだから問題はない。とっととアビスに向かおう。


 色々とやることが終わったから午後はのんびりした。


 ドレアと獣人がカブトムシの運ぶゴンドラでルハラへ向かうときに立ち会ったぐらいで他には何もしていない。部屋で本を読んでいただけだ。


 何もしない自分だけの時間と言うのは贅沢なものだな。


 魔王様はセラの治療で忙しいのに申し訳ないとは思う。だが、ドワーフの村からメーデイア、そしてルハラに行って最後にセラと戦うというハードスケジュールだったのだ。ちょっとくらい休んでも大丈夫なはず。


 しばらくはセラの話し相手をしないといけないが、それ以外は自由時間だから羽を伸ばそう。美味しい物を食べて、本を読んで、ゆっくり寝る。なんという完璧なスケジュール。邪魔する奴は魔王様以外殴る。


 ダンジョンに入りアビスに依頼するとすぐにあの部屋に転移した。


 いつもどおり牢屋の中にはセラがいる。ベッドに腰かけて足をのばし左右交互に上げたり下げたりらしているようだ。


 セラは私に気付いて笑顔になった。嫌な感じはしないがちょっとイラっとする。


「ああ、フェル、今日も来てくれたのね? 嬉しいわ」


「魔王様の命令だからな」


「いつか貴方の意思だけで来てほしいわね」


 それはよほどのことがない限り無理だろう。そもそも魔族が勇者と仲良くなるわけない。


「やあ、フェル、来てくれたんだね」


 背後から魔王様に声を掛けられた。相変わらず背後にいらっしゃるな。


「はい、仕事だと割り切っておりますので」


「酷いわ!」


 セラは両手で顔を押さえて泣いている……振りなんだろうな。鉄格子が無かったら殴ってた。


「うっさい。その演技をやめろ。はっきり言うとムカつく」


 とりあえず鉄格子を蹴った。足が痛い。くそう、セラの奴め。


「演技のスキルがないのが残念ね。上手く演技できればフェルも優しくしてくれるかしら? それはともかく、今日はどんな話を――あら?」


 なんだ? セラが私をジロジロと見ている。


「服が変わったわね。素敵よ?」


「お前に言われても嬉しくない。むしろ鳥肌が立つ」


「ああ、そうだったんだ。ごめんよ、フェル。何となく違和感があったんだけど、気づかなかったよ。うん、似合ってるよ。凛々しくなった」


 一瞬頭が真っ白になったが、気合で耐える。魔王様の今の言葉を脳に焼き付けるのだ。鮮明に日記に書かなくては。綺麗になったって言ったかな?


「もう、魔王君はダメねぇ。そんなんじゃモテないわよ?」


「魔王様のそういうところがいいんだろうが。それに魔王様はモテなくていいんだ」


「あ、うん。そうだね……」


 魔王様がちょっとへこんでいる。


 しまった。なんでご本人の前でこんなことを言ってしまったのだろう。魔王様がモテたら嫌だな、という気持ちが先行してしまった。


「ふふ、なんだかこういうの久しぶりね。ねえ、フェル。何か恋バナとかないの?」


 ものすごくある。暗記できるぐらいヴァイアがノストの事を語るしな。


 仕方ない。名前を伏せて色々教えてやるか。




「裸エプロンは強力なのね」


「必中攻撃でクリティカルだがもろ刃の剣らしいぞ。ダメージが返ってくる。使いどころが難しい技だな」


 名前は伏せてもスコーピオンの事は黙っておいた。ヴァイアの名誉のために。


「フェル、楽しかったわ。それでお願いがあるんだけど」


「断る」


「魔王君の治療中以外は暇なのよね。暇をつぶせるものを持っていないかしら」


「断るって言っただろうが。耳が悪いのか?」


「フェルは自分の事を分かってないわね」


 私が私の事を分かってないってなんだよ。ものすごく分かってるぞ。


「貴方は頼まれたら断れないわよ。なんだかんだ言いながら結局は助ける。敵だろうとなんだろうとね」


 そんなことはない。やりたくないことはやらない主義だ。魔王様の命令ならやるけど。


「まあいいわ、聞いて。さっきも言った通り、私は治療の時間以外は暇なの。暇つぶしできる物が欲しいのよね。なにか持ってない? ないのならなにか探してきてほしいのだけど」


 セラが微笑みながらそんなことを言っている。どうやら私を勘違いしているようだ。それにコイツには言っておかないといけない事がある。魔素をいじられたとかには同情するがそれでうやむやにするつもりはない。


「セラ、良く聞け。何度も言っているが私がお前と話しているのは魔王様の命令だからだ。そして私はお前を許せないことがある」


「何かしら?」


「お前、村の皆を殺そうとしたな? 私に本気を出させるために」


 あの時の事を思い出すと今でもコイツを殺したくなる。


「あの事だけは絶対に許せん。だが、魔王様の命令だからお前に会いに来ているし、話をしてやっている。感謝しろとは言わない。だが、私がお前を許せないことを頭の片隅に記憶しておけ」


 セラがきょとんとしている。なんでそんな顔になる。まさか何とも思ってなかったのか? 本気で殴ってやりたい。


「それは悪いことをしたわね。でも、あれで村の住人が死ぬことは無かったわよ?」


 なんだと?


「私が本気でやったら、フェル以外一瞬で死んでたわ。貴方との一対一を演出したくてやっただけ。気持ち悪くなって立ち上がれなくなっただろうけど、死に至ることはないわ」


「そうか。魔素がおかしくてもそれぐらいの理性はあったか。だが、例えそうでも村の奴らを危険に晒した。絶対に許せん」


「それはごめんなさい。謝るわ」


 セラは頭を下げて謝罪した。だが、私に頭をさげる意味はない。


「謝る相手が違う。私じゃなくて、村の皆に謝れ。治療が終わってからでいいから」


 私はセラとの戦いに巻き込んですまないと村の皆に謝った。そして村の皆は許してくれた。多分、セラの事も許すと思う。それまでは私が許すわけにはいかん。


「分かったわ。魔王君の治療が終わったら村の住人に頭を下げる。それでいいかしら?」


「いいだろう。許してくれるまで謝罪し続けろよ? 全員が許したら私も許す」


 治療がどれくらいかかるか分からないが、治ったらすぐに謝罪させないとな。しかし、セラに謝罪の意思はあるのか。なら多少は便宜を図ってやるか。


「魔王様、セラに本を渡しても問題ないでしょうか?」


「うん、本ぐらいなら大丈夫だよ」


 魔王様の許可は得たからセラには本を貸してやろう。


「セラ。これは私の本だ。暇なら読んでろ」


 亜空間から適当に取り出した本をセラに渡した。十冊ぐらいあるから当面は時間を潰せるだろう。


「ふふ、やっぱりフェルは頼まれたら断れないようね。私の方がフェルを良く知っているということかしら?」


「気持ち悪いことを言うな。あと、本は大事に扱えよ。状態保存の魔法とか使って汚すんじゃないぞ?」


「分かったわ、大事に扱う。フェル、今日もありがとう。疲れたからもう寝るわ。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 セラは昨日と同じようにベッドに潜り込んで寝てしまったようだ。よし、今日のノルマ達成。


「フェル、いいかな?」


「はい、なんでしょう」


 これからは魔王様と二人きりの時間だ。全力で頑張らねば。


「すまなかったね。フェルがセラに対してどういう気持ちだったのか初めて知ったよ。やっぱりセラを許せないのかな?」


「はい、許せません。ですが、セラは謝罪すると言いました。村の皆が許すなら私も許します」


「そうか。フェルにはいつも辛いことをさせてすまないと思ってる。今回のセラの事もそうだけど、これまでの事もね」


「魔王様が謝る必要はありません。何度か言ったと思いますが、私は魔王様に命を救われました。魔界でも、そして今回も。これぐらいの事なら何てことありません」


 魔王様はすこし驚いた顔をしてから右手を頭に乗せてくれた。今日は頭を洗わない。


「ありがとう、フェル」


 なぜか礼を言われたが、それはどうでもいい。今は頭の感触に精神を集中しないと。


「ところでフェル、明日は暇かな?」


 明日? 予定は特にない。部屋でゴロゴロするって予定はあるけど。


「もし暇なら今日のシステムへの介入に関する勉強は止めて、明日一日勉強すると言うのはどうかな? セラの治療も順調でね、明日は一日空きそうなんだよ」


「では、それでお願いします」


 即答した。魔王様と一日一緒なら、どんな予定があってもキャンセルだ。

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