一回戦第一試合
試合が始まる前にちょっとだけ時間があるようだ。
なら食事だ。初めて見た料理はすでに胃の中。他の料理も食べよう。
「二人はもう食べないのか? 私はこれから追撃に移るが」
「アンリは最後のデザートのためにお腹を空けておく作戦」
「私はすでにお腹パンパン」
「二人とも修行が足らないな。食事と言うのは気合だぞ? とは言え、これは魔族の考え方だけど。いつ死ぬか分からないから食べられるときに食べておくという考えだな」
魔界の食材は味が薄いし物足りないけど、残すような奴はいない。
そういえば、ルネは無事にウロボロスへ戻れたのだろうか。ヴァイアに空間魔法が付与された魔道具を貰ってまで食材を運んでいるから、全員が口にできるぐらいの量はあったと思うんだけど。
まあいいか、そのうち連絡があるだろう。今は食事に集中しないとな。
テーブルの上に置かれているのはハンバーガーだけど、卵が入っているのがないな。あれは特別感があるのに。お祭りの最初の方で取られてしまうのだろう。今日は仕方ないか。
こっちはホットドッグか。これにも卵はない。うーん、卵がほしい。
お、卵スープがある。ハンバーガーやホットドッグを食べながら卵スープで追いかける……悪くないな。口の中が幸せになりそうだ。
料理を亜空間に入れてアンリ達のいる場所へ戻って来た。二人とも地面に敷いたゴザの上に座ってモニターを見ている。
「まだ始まってないだろ? モニターを見てどうしたんだ?」
「アビスが名所案内をしてる」
名所案内? ダンジョンの? いや、その前にアビスが人型なのは驚かないのか? 私は驚いたんだけど、皆が普通に受け入れているんだよな。私がおかしいのか?
「二人ともアビスが人型になっていることに違和感とかないのか?」
「どうして?」
アンリが答えて、スザンナも不思議そうな顔をしている。
え? あれ? やっぱり私がおかしいのか?
「ダンジョンコアだぞ? 人型になるのは変じゃないか? 変だと言ってくれ」
「そういうモノだと思った。違うの?」
よく考えたらダンジョンコアがどういうモノか私も詳しくは知らないな。そしてアビスは人型になってる。なるほど、私の常識が邪魔をしているだけか。
「そうだな。よく考えたら私も詳しく知らなかった。こういう事ができるのがダンジョンコアなんだろうな」
「うん。アビスは最高で最強。誰にも負けない」
アンリのその言葉で人型になったわけじゃないよな? 他のダンジョンコアもできるんだよな? ……念のためアビスに確認しておこうかな。ダメじゃないんだけど、こう、やってはいけないことをしているような気がしないでもない。
魔王様にも相談してみよう。
「ところでアビスの名所案内ってなにがあった? モニターで紹介してたんだろ?」
アンリが手を挙げた。
「第二階層はジャングルエリア。いつ魔物に襲われるか分からないハラハラドキドキが売りって言ってる」
「名所って何だっけ?」
魔物と言ってもアビスが作る疑似生命体のことかな。従魔達は人族を襲ったりしないだろうし。そんなことしたら私が襲ってやる。
次にスザンナが手を挙げた。
「第三階層は鉱山エリア。トロッコでレールを進むんだけど、途中でレールが切れててトロッコが飛ぶみたいだよ。乗ってみたい」
「危ないだろうが」
なんでそんなものを作ったのだろうか。だいたいトロッコは飛ばないよな? 仮に飛んだとしても着地に失敗したらどうするんだろう?
「あ、そろそろ始まる」
アンリがモニターを指している。モニターを見るとコカトリスとロスが対峙している場面が映っていた。
そしてアビスも出てくる。
「……お待たせしました。それでは一回戦第一試合、コカトリス対ケルベロスのロスとの試合を始めます」
アビスが手に持っている鐘みたいのを鳴らした。甲高い音が一度だけ鳴り、試合が始まったようだ。
お互い相手の出方を待っている感じだ。後の先というやつかな?
「……ここで、解説のジョゼフィーヌに聞いてみましょう。どんな試合になると思いますか?」
モニターの右下に四角い枠が出て来てそこにアビスとジョゼフィーヌが映っている。解説するのか?
「そうですね。コロシアムは大きいですが屋内ですので、石化ブレスのあるコカトリスが有利だとは思います。ただ――」
「……ただ?」
「ロスは一度私と戦いましたが、その時は正気ではなく本能だけで戦っていた感じでした。理性があるロスがどのような戦いをするのか読めません。それにロスはネームドです。進化していますからね。簡単にはいかないでしょう」
「……なるほど。では、ロスがどのような戦い方をするのかを楽しみにしましょう」
アイツ等何をやってんのかな? そもそも、そういう解説はいるのか?
でも、アンリとスザンナはうんうんと頷いている。本当に分かっているのかな?
モニターではコカトリスとロスがお互いを見ながら円を描く様に歩いている。エデンにいたキマイラも似たような動きをしていたな。ああやって襲い掛かるタイミングを計っているのかな?
そんなことを考えていたらロスが襲い掛かった。真ん中の頭で噛みつこうとしたが躱された。でも躱した先にロスの別の頭が噛みつく。
コカトリスはそれも躱した。今度はコカトリスがくちばしで突こうとするが、ロスはすぐさま後方へ飛びのいた。
村の皆から歓声が上がる。ほんの数秒の攻防だったが、それなりに魅せられたのかな。
距離を取ったロスがジッとコカトリスを見つめている。
「そのくちばしにも石化の能力があると見たがどうだ?」
「手の内を教える訳にはいかないが、その質問には、正解、と答えてやろう。どうせ皆が知っていることだからな」
戦闘中の会話も翻訳されるのか。
「フェル姉ちゃん、そうなの?」
「コカトリスのくちばしのことか? そうだな、あのくちばしにも石化させる効果がある。危ないからコカトリスの近くでは寝ない方がいいぞ。寝返りで突かれたら石化するから」
「うん、分かった。近くでは寝ないようにする」
ルハラに遠征中も寝る時は隔離されていたからな。ちょっとかわいそうだった。
ロスが遠吠えをした。確か犬系の魔物が持っているスキルで能力が向上するんだっけ?
うん、目に見えて速度が向上したし、噛み方も力強くなった。本気を出してきたようだ。
コカトリスも躱しながら反撃しているが、反撃が追い付いていないな。ロスの噛みつきを数回躱してからじゃないと反撃できてない。でもコカトリスのくちばしは一撃必殺みたいなものだしな。
噛みつきだけを警戒していたのか、コカトリスがロスの前足による攻撃を食らったようだ。猫パンチならぬ犬パンチ。ふっ飛ばされた。そこにロスが追撃するために突っ込む――あれ? 後ろに飛びのいた? 追撃しないのか?
なるほど、結構距離が空いたからコカトリスが石化ブレスを使って来たのか。あのまま突撃したらロスが石化していたかも。
「あの緑色のガスが石化ブレス?」
「そうだな。あれに触れると石化する。魔力コーティングという技術で石化を防ぐこともできるけど、一番いいのはブレスを食らわない事だな」
「どういう原理? アンリにもできる?」
「魔力コーティングか? こう、魔力を纏う感じで――」
「違う。石化ブレスの方」
「そっちか。あれは体内に特殊な器官がないとダメだと思うぞ。聞いた話では石化袋と言うのがコカトリスにはあるらしいけど、詳しくは知らん」
「残念。ピーマンを石にすれば食べなくて済むのに」
「食べてあげろ。かわいそうだろ」
良薬は口に苦しという言葉がある。苦いピーマンもすごい栄養があるんじゃないかな。多分。
そんな話をしていたら、コカトリスがロスを場外の近くまで追いつめていた。石化ブレスはすぐに空気に触れると短時間で無害なものになるけど、数秒は持つからな。ロスの周囲に石化ブレスを吐いて追いつめているのか。
「全身を石化させたら気絶と同じ状態で私の勝ちになるぞ? 降参を勧めるがどうする?」
「フェル様がみている前で降参するなんてできん。それに勝ちを確信するのは早いぞ?」
降参しても無様とは思わないけどな。それよりもロスにはブレスを何とかする方法があるのだろうか?
ロスが一度大きく息を吸った。
そして口から火を吐く。火の玉じゃなくて、火炎放射だ。そんなことができるのか。
コカトリスは「ぬう!」と言いながら距離を取った。そして石化ブレスを吐く。
おお、石化ブレスと火炎ブレスがぶつかってる。相殺している感じだ。
皆も応援しだした。まあ、賭けている方を応援しているのだろう。
あれってブレスだよな? つまり息。そしてケルベロスの頭は三つ。他の頭が息を吸いながら、火を吐きだすことが可能なのだろうか?
できるっぽいな。体内がどういう仕組みなのか分からないが、真ん中の頭が火を吹き続けて左右の頭が息を吸ってる。
数分経って勝敗がついた。そりゃコカトリスも酸欠になる。ズルいとは言わないがブレス勝負ならロスには勝てないよな。
「……なかなか見どころのある試合でしたね」
「はい、ロスは最初からブレス勝負に持ち込みたかったのかもしれませんね。お互いに距離があって、大きく息を吸える状況になる様、試合を運んだのでしょう。どちらかと言うと石化ブレスよりもくちばしの方が厄介ですから。なるほど、理性があるとあのような戦い方になるのですか」
ジョゼフィーヌが口角を上げて笑っている。獲物を見つけたみたいな顔をするな。
「二人とも頑張った。いい試合」
「うん、面白かった」
アンリとスザンナが拍手しだすと、村の皆も拍手しだした。一部は両手を地面について四つん這いになっているけど。
「……それでは一回戦第二試合に移ります。選手の二人はコロシアムへどうぞ」
次の試合は大狼とアラクネか。二人とも強いけど、どうなるだろう?
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