いい村

 

 宿の食堂では皆が思いのままに食べたり飲んだりしている。


 本当に全員来たな。さすがに全部は入りきらないので、入れ代わり立ち代わりで食事をしてから私に礼を言ってきた。


 謝罪は必要ないらしいが、ケジメはつけておかないといけない。礼を言われた時に、私もすまなかったと頭を下げた。


 その度に、笑顔で問題のない旨の言葉を言ってくれる。


 こう言ってはなんだけど、お人好しすぎる。詐欺とかに引っかからないか心配だ。


 村長達が近づいてきた。アンリ母とアンリ父も一緒だ。ここで食事したのだろう。


「フェルさん、今日はごちそうさまでした」


「いや、村長。これは詫びみたいなものだ。礼なんていらない。そして、すまなかった、村の皆を危険に晒してしまった」


 私が席を立ち、頭を下げながらそう言うと村長が笑い出した。


「私達はこんなところに住んでいるのですぞ? 命の危険などいつだってあります。フェルさんがこの村に来た時も夜盗に襲われていたではないですか」


 そういえば、そんなことがあったな。あれがあったおかげで私でもこの村に滞在できた。


「フェルさんが来てからこの村はかなり安全になりました。魔物達は規律正しく行動してくれていますし、村の周囲を警戒してくれていますからな。以前に比べれば命の危険などないも同然です」


 以前の状態を知らないから何とも言えない。だけど、村長はこの村を開拓したらしいから、言っていることは間違いないのだろう。


「村の皆はフェルさんに感謝しかありません。今回のことぐらいでフェルさんを悪く言うような者はおりませんよ」


 なるほど。多少は村に貢献できてたか。そのおかげでこんなことがあっても許してくれると。色々頑張った甲斐があったな。


「とはいえ、今日はフェルさんの奢りですからな? 撤回はさせませんぞ?」


「ああ、今日の私は金持ちだからな。いくらでも奢ってやるからたくさん食べてくれ」


「いやいや、私達はもうお腹いっぱいです。そろそろ帰りますよ。ところで、ここで暴れたセラという女性はどうしたのですか?」


「今、魔王様がアビスに閉じ込めようとしている。まあ、お任せして大丈夫だろう」


 よく考えたらそのままにしてしまった。あとでアビスに行かないとな。


「魔王様、ですか? 近くにいらしているので?」


「ん? 私が村に来た時からいらっしゃるぞ? 最近は色々と飛び回っておられるから村にはいなかったが」


「そうでしたか。それは気づきませんでした。では、今度改めて挨拶をしないといけませんね」


 どうだろう? 魔王様はお忙しいからな。後でスケジュールを確認してみよう。


「分かった。魔王様の都合がいい日を後で連絡する」


「ええ、よろしくお願いします。それでは、失礼します。そうそう、大変かもしれませんが、今日はアンリのことをお願いします」


「ああ、一緒に寝るだけだから問題ない」


 村長達は笑顔で頭を下げると宿を出て行った。


 その後にニアとロンが近寄ってくる。


「フェルちゃん、大丈夫なのかい? 今日の払いを全部するって」


「大丈夫だ。そうそう、それよりも宿の壁に穴を開けてすまなかった。弁償する」


 まずは食事代として大金貨を十枚出す。


「支払いにどれくらいかかる? これで足りるか?」


「何言ってんだい。うちの食糧全部買ったって大金貨一枚も掛からないよ」


「そうなのか。それなら残りは壁の代金だ。修理費にあててくれ」


 村に大工っているのかな? いなきゃ村の家とか作れないからいるとは思うんだけど。


「だから、食事代を払って壁を直しても大金貨一枚掛からないって」


「いや、貰ってくれないか。迷惑料も込みだ。そうそう、ロンから借りた小手を壊した分も入ってる」


「おいおい、あれはもう装備しないから壊れたっていいんだ。弁償されるようなものじゃないぞ?」


「直さなくてもいい。アレのおかげで助かったからな。その代金だと思ってくれ」


 ニアとロンはお互いに顔を見合わせた。そして苦笑いになる。


「分かったよ、フェルちゃん。なら大金貨十枚確かに貰っとくよ。本当なら私達が感謝しないといけないのにねぇ」


「そうだ! ならこうしよう。フェルはあの部屋を買い取るということでどうだ?」


「それはいい考えだね!」


「部屋を買い取るってなんだ?」


「あの部屋をフェル専用にするってことだよ。宿がある限り一生使っていいぞ」


 あの部屋をずっと使えるのか。それはいいな。


「でも、いいのか? 大金貨十枚程度で買えるものじゃないだろ?」


「そんなことは無いさ。食事代は別だし一部屋をずっと貸してるだけなら十分元は取れてるよ」


 本当だろうか。いや、経営を圧迫してしまう感じならまた払えばいいんだ。それに自分の部屋と言うのはちょっと嬉しい。


「わかった。それならそうさせてもらう。すまないな、なんだか謝罪になっていない気がするが」


「村長さんも言ってただろ、謝罪なんていらないよ。そうそう、さっきもドレアさんが謝って来たけど、もう謝らないように言っておいておくれよ。こっちはそのおかげで、晴れて自由の身になったんだからさ」


 ドレアは既にニアに謝ったのか。さっきから姿は見えないけど、どこに行ったのだろう?


「温情に感謝する。ドレアに伝えておこう」


「よろしく頼むよ。それじゃ、調理に戻ろうかね。まだ食べるんだろ?」


「ニアの料理は久しぶりだからな。もちろんまだまだ食べるぞ。そうだ、リンゴがあるならウサギでお願いする。ストックがなくなったから最近食べてないんだ」


 ニアが「あいよ」といって、ロンと厨房の方へ向かって行った。


 皆、いい奴ばかりだな。本当にこの村に来てよかった。これは信頼されていると言っていいかもしれない。信頼を裏切らないようにこれからも頑張ろう。


 あれ? そう言えばアンリが膝の上にいないな。


 辺りを見渡すと、アンリとディアとスザンナの三人で変なポーズをとっていた。左手を腰に当てて、右手首と肘を軽く曲げてから人差し指で何かを指すポーズ。


「スザンナ姉ちゃん。右手の角度が甘い」


「むずかしい」


「精進あるのみだよ、スザンナちゃん! そうそう、その角度! そしてこう言うの! 『刻め。目の前にいるのが、お前に死をもたらす者だ』って!」


「お前達、何をやってんだ?」


 あまり聞きたくないけど、聞いておこう。


「戦いを始める時の口上だよ。これはレベル三だね」


 レベルがあるのか。てっきり、スザンナがニャントリオンに入るのかと思った。止めさせようかと思ったけど、アンリもスザンナも楽しそうだからいいか。


 そっちを見ていたら、テーブルにコップを叩きつけたような音がした。振り向くと、ヴァイアがコップを持ってブツブツ言っている。


 なんだろう、怒ってる? それをリエルが慰めている感じだ。


「なあ、ヴァイア、仕方ねぇだろ? ノストだって仕事があるんだからよ」


「でも、一言ぐらい言ってくれてもいいんじゃないかな! ヤトちゃん! リンゴジュースおかわり!」


 珍しいな。ヴァイアが荒れてる。ヤケ酒ならぬ、ヤケジュース。


「えっと、どうした?」


「ああ、ノストが王都へ向かっているらしいんだよ。それでヴァイアが荒れてんだ」


 そういえば、ノストや一緒にいた兵士、そして執事のオルウスやメイド達がいないな。アイツ等にも礼を言わないといけなかったんだが、王都へ向かっているのか。


「ルハラでディーンが皇帝になったろ? それを認める声明をオリン国が出すから、領主と執事達が王都に行く必要があるんだと。それの護衛みたいな感じでノストも行くことになったらしいぜ」


「村にノストがいないからヴァイアが荒れてるってことか?」


「そうじゃないよ……」


 ヴァイアがコップの底を見ながら、低い声でそんなことを言った。


「王都へ行くのは急に決まったらしいんだけど、一言ぐらい伝言を残しておくとかしてくれてもいいんじゃないかなぁって」


 そして盛大なため息をつく。そしてリエルは満面の笑みだ。


「仕方ねぇって! まあ、いいじゃねぇか。たまには女同士で飲もうぜ! 俺にもリンゴジュースくれ!」


「リエル、もしかして、ヴァイアとノストが離れ離れだから嬉しいのか?」


「おう、俺の前でいちゃつくなんて絶対に許さねぇが、近くにいないならそんなことはできねぇからな!」


 おい、親友。ヴァイアが感情のない顔で変な魔道具を作ってるけど大丈夫か? かなり危なそうな魔道具だぞ?


 そこにいい汗かいた感じの顔をしたディアが近寄って来た。


「あ、ヴァイアちゃん、そういえば、ノストさんから手紙? というかメモを預かって――ちょ、ヴァイアちゃん! 私が取るから手を離して! なんでポケットから自分で取ろうとするの!」


「ヴァイア、落ち着け」


 ヴァイアがディアのポケットから取り出した紙を食い入るように見ている。そして、メモを丁寧に折りたたみ亜空間に入れた。満面の笑みだ。


「挨拶も出来ずにごめんなさいだって。それに王都でお土産を買って来てくれるみたい。もー、そんなこと別に気にしないでいいのにねぇ」


 いや、お前、さっきまで死にそうな顔だったぞ。そして、今はリエルとディアが死にそうだ。


「ヴァイアちゃんはたまにものすごい力をだすから困るよ。あれ? 右手の感覚がないんだけど……」


「けっ! 遠距離でもいちゃつきやがって。フェルとディアは彼氏とか作んなよ? 作っても俺の後だ」


「や、やだなぁ、リエルちゃん。ノストさんと私は、まだそういう関係じゃないし? お友達以上な気はするけどね? ……えへへ」


 まだ、と言っている時点でそうなろうとはしているんだろうな。


「あと、スザンナとアンリもな。彼氏とか作る暇があるなら俺にまず紹介しろ」


 変なポーズの二人に対してそんなことを言っている。


「目が本気だぞ? 子供にそんなこと言うな」


「本気だからだ。それに子供? 甘い。女はませてる。すでに彼氏がいてもおかしくねぇ歳だ」


 ダメだコイツ。色々と世話になってるし、いい奴なのは間違いないんだけど、男が関係することで全部帳消しだ。むしろマイナス。


 スザンナがリエルをじっと見つめている。


「リエルちゃんはメノウちゃんとかカラオにもそんなこと言ってた。なんでモテないの?」


 クリティカルヒット。リエルがテーブルに突っ伏した。


「男共の見る目がねぇんだよ! 畜生! 聖女なんてやるんじゃなかった!」


「聖女は関係ないと思うけどね……どちらかと言えば性格……」


 ディア、トドメを刺すな。誰もが思っているけど言わなかったのに。


「リエル姉ちゃん、大丈夫。私がモテる方法を教える」


 リエルが顔を上げると、アンリの方を見た。すがるような目をしている。


「教えてくれ!」


 五歳の子に聞くな。


「お金をたくさん持っていればモテる。村で情報を集めた。これは有力な情報」


 全く役に立たない情報だな。いい村だと思ったんだけど、この村の住人は大丈夫なのだろうか?


 そして、なんでリエルは私を見るのだろうか。


「金を貸してくれ。俺も皆に奢る。そしてモテる」


 アホな考えを払拭するのに一時間かかった。

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