魔王対勇者
私とセラの間に魔王様が割り込んだ。そして、背中越しに私を見てくれている。
「怪我は……あるね。痛いだろうけど、もう少し待ってね」
「はい、痛みなんてもうありませんから大丈夫です」
魔王様がいらしてくれたのだ。痛みなんて吹っ飛んだ。
「それはよかった。でも、念話でああいう意味深なセリフを言って切るのはよろしくないね。それは後で説教するから」
そう言えばテンション上がって色々言ってしまった。「すぐ来てくれなきゃ死んでやる」みたいな、かなり痛い女だったかもしれない。説教ぐらいならいくらでも受けよう。
「どうやらフェルをいじめてくれたようだね? 協定はどうしたのかな?」
「あら? 協定を破ったのはフェルの方よ? 襲われたわけでもないのに人族の国に侵攻したんだから。私が許したのは反撃だけよ」
「なるほどね。なら新しい協定を結ぼうか。魔族と懇意にしている人族を襲ったら反撃していい、という内容にしよう」
「そんな協定を私が受ける訳――」
いきなり雷が落ちたような音がしたと思ったら、セラの周りに浮いている剣の一本が砕け散った。
「ああ、すまないね。提案をしているわけじゃないんだよ、セラ。僕は命令しているんだ。分かるよね?」
セラが驚いた顔から、徐々に凶悪な笑みを浮かべる。
「魔王君もなにか別の生き物よね? 魔族や人族、それに私やフェルとも違うけど」
お前と私も違うだろうが。勝手に一緒にするな。
「そうだね。でも、違うのは僕だけだよ。君もフェルも、魔族も人族も、それに魔物だって同じだよ」
セラと一緒というのだけは断固拒否したい。
「何を言っているのか分からないけど、ちょっとだけ魔王君にも興味が出たわ。あの時はお互い全力で戦ってなかったわよね? もう一度私に勝てるなら、新しい協定を結んでもいいわよ?」
「そうかい? じゃあ、戦わなくても結果は一緒だから決定でいいね?」
その言葉を聞いたセラが高速で魔王様に近づく。あんな煽られ方したら誰だって怒ると思います。
七本になった剣を魔王様に振り下ろすが、魔王様の結界によってすべて弾かれた。セラは怪訝そうな顔をしてから魔王様と距離を取る。
「恐ろしいほどの固さをしているわね、その結界」
「これを壊せないと僕には勝てないよ?」
セラは亜空間からもう一本の剣を取り出した。あれも、魔剣とかの類か? 何本持ってんだ。
セラが一本の剣を両手で持ち、剣先を魔王様へ向ける。残りの七本も浮いたまま剣先を魔王様へと向けた。
「【八岐大蛇】」
超高速の突撃により魔王様の結界にヒビが入る。そして追撃した七本の剣が結界を破壊した。
「これでいいかしら?」
「そうだね。それなら僕を倒せる可能性はある。でも、君が結界を壊すまで僕が何もしていないとでも?」
「なにを――がぁ!」
急にセラが苦しみだした。セラは持っていた剣を地面に刺し、片膝をつく。同時に周囲の剣がすべて地面に落ちた。魔王様が何かされたのだろうか。
「君の中にある魔素の解析は完了した――少し魔素をいじったよ。強い痛みを感じるのは久しぶりかな?」
魔王様がセラに近づく。セラはそれを睨んでいるが、痛みで動けないようだ。
「セラ、すまないね。君も被害者だ。本来であれば穏やかな生を過ごしてもらいたかったけど、誰かに唆されたようだね?」
「だったらどうだと言うのかしら?」
セラは苦しそうにしながらも、笑っているような顔をした。
「唆されたと同時に、特定の思考を邪魔するような魔素を送り込まれたようだよ。それもかなり深く」
「何を言っているの?」
「君はフェルの事になると論理的な思考ができないようにされている。そうだね、今風で言うと、呪われた、かな?」
呪い? 勇者も呪われるのか?
「安心するといい。時間は掛かるけど治してあげよう。でも、その前に聞いておきたい。君に入れ知恵をしたのは誰だい?」
「入れ知恵した? もしかして、あの方の事? あの方は私に何でも教えてくれたわ。魔界の事やフェルの事を。そして教えてくれた通りだった」
「どんな人か思い出せるかい?」
「そんなの思い出せるに――あら? 誰だったかしら? 名前を思い出せない……?」
「記憶の消し方が雑だね。いや、ワザとかな?」
「何を言って――」
魔王様はセラの頭に左手を乗せられた。左手が一瞬光ると、セラはそのまま倒れてしまった。
もしかして魔王様の勝ちなのかな? 随分とあっさりだが、流石、魔王様だ。
そうだ、ヴァイア達は?
周囲を見ると高濃度の魔力はなくなっていた。ヴァイア達は膝をついているが、ちゃんと生きているようだ。
「フェル、たしかこの村にダンジョンを作ったんだよね?」
「え、あ、はい」
「場所はどこかな? 申し訳ないけど一緒に付いてきてくれる? セラを一時的にそこへ閉じ込めるから。ちょっと時間が掛かるから、村の人に断ってきて」
「わ、わかりました」
外にいて比較的元気なのはヴァイアだな。
「ヴァイア、ちょっとアビスの方へ行ってくる。そこにセラを閉じ込める予定だ。すまないが、リエルと一緒に皆を診てやってくれないか」
「うん、分かったよ。もう少ししたら私もちゃんと動けるようになるから。フェルちゃんも怪我をしてるんだから早く戻って来てね」
ヴァイアは笑いながらそう言ってくれた。ちょっと胸が痛む。
暴れたのはセラだけど、私が原因で村を巻き込んでしまった。これまで通りに接してくれるだろうか。危険に晒したんだ。最悪、村から出ていけと言われる可能性はある。心の準備だけはしておこう。せめてヤトだけでも残してもらえればいいのだが。
いかん、魔王様をお待たせしている。まずはこっちだ。
魔王様はセラを肩に担ぎあげていた。
「魔王様、私が運びます」
「いや、僕が運ぼう。フェルは怪我してるじゃないか」
そう言って魔王様は私の頬に手を触れられた。じんわりと体が暖かくなる。
「一気に治すと痛みが酷いからね。少しだけ体の調子を整えたよ。じゃあ、ダンジョンまでよろしく頼むよ」
「ありがとうございます。では、こちらです」
魔王様を案内しながらアビスへと向かった。
アビスの内部に入り、地下一階のエントランスに着く。
「魔王様、どうすればいいでしょうか?」
「ここのダンジョンはアビスって名前だったかな?」
「はい、そうです」
「アビス、聞こえるかい?」
アビスからの反応がない。どうしたのだろう?
『お前は誰だ? フェル様ともう一人いるようだが、両名とも私の権限では情報を得られない』
「それは後だ。まず、外からのアクセスを全て遮断しているか教えてもらえるかな?」
『……フェル様?』
「この方は魔王様だ。いいから答えてくれ」
『魔王様……? 何を言っているのか分かりませんが、フェル様がそう言うならお答えしましょう。もちろん遮断してる。私は最強で最高であるダンジョン、アビス。他のダンジョンからアクセスされたら、負ける可能性がある。戦いは情報戦だからな』
魔王様がお笑いになられた。魔王様のツボはよく分からない。
「珍しいタイプの思考プログラムだね。でも、良かった。それなら今後絶対にアクセスさせないようにするんだ。最大のセキュリティで防ぐようにね」
『当然そのつもりだが、お前はいったい……?』
「まずは権限を増やしてあげよう。しばらくしたら性能も向上させてあげるから、今は何も言わずにいう事を聞いてくれるかな?」
魔王様が地面に掌を押し付けた。そうすると、そこから青い光の線が周囲に広がっていく。これはエデンでも見た気がする。
『ありえない。こんなことを出来るのは創造主以外――』
何をしているのか分からないが、アビスは驚いているようだ。
広がった青い光の線が、今度は魔王様のほうへと収束していった。終わったのかな?
「アビス、どうだい? 権限が増えただろう?」
『……はい、ほぼ全てに対する情報アクセス権を頂きました。それにより、貴方とそこに倒れている女性に関しても何者か判明しました』
「そうか。ならお願いを聞いてくれるかな?」
『命令ではなくお願いですか。貴方なら私に強制命令を出せるでしょうに』
「そんなことはしないよ。それでね、お願いと言うのは、この女性を一時的に閉じ込めておきたいんだ。悪いけど、脱出できないフロアを作って貰えるかい?」
『そういうフロアを作ることは可能ですが、生体エネルギーが足りません。先程、高エネルギーの衝撃を受けました。ダンジョンの修復、防衛のために、溜めていた生体エネルギーを大きく使ってしまったのです』
「そうなのかい? なら、第五エネルギー高炉を使用していいよ……今、許可をだしたから」
『第五……? ユニの生体エネルギーを使用していいと?』
「構わない。今はスリープモードだし、一時的だから」
『わかりました。しばらくお待ちください』
さっきから魔王様とアビスは何を言っているのだろう? ものすごい蚊帳の外だ。あとでアビスに説明させよう。
魔王様は本当にセラをここに閉じ込めるおつもりなのだな。セラと距離的に近いとなんだか心がザワザワする。
はっきり言って今日はセラに完敗だった。あのままやっていたら私が殺されていただろう。魔王様がいらっしゃらなければ、私も村の皆も死んでいた可能性が高い……想像しただけでもゾッとする。
私は弱い。セラが強すぎるということもあるが、いつかセラに勝てるほど強くなれるだろうか?
いや、なるんだ。今日みたくボコボコにされて私の知り合いに何かあったらどうする。よし、強くなるために後で魔王様に相談してみよう。
「さて、フェル」
「え? あ、はい」
急に名前を呼ばれてびっくりしてしまった。いかん、しっかりしないと。
「村の人達からセラの記憶を消そうかと思っているんだ」
「どういう意味でしょうか?」
「うん、見た限り村に結構被害が出ているからね。面倒な事にならないように、かな。それで一度村の人達を広場に集めて欲しいんだけど」
面倒……もしかしたら私が村から追い出されたりすることを懸念しているのだろうか。
記憶を消してもらえるなら、確かに安心だ。
でも、さっきまでの事をなかったことにするのか? 負けてしまったが、皆は私を信じて支援してくれた。そのことまで記憶を消されることになるんだぞ?
それに記憶を消したことを黙ったまま、村に住み続けるのか?
……そんなことに私は耐えられない。
「魔王様、申し訳ありません。記憶は消さないで貰えますか?」
「……どうしてだい?」
「この村の住人とは対等でいたいです。私のせいで酷い目に遭ったのに、その記憶を消したまま一緒にいるわけにはいきません」
「なら、どうするのかな?」
「許してくれるまで謝ります。土下座だろうが、なんだろうがやって見せます。ただ、それでも許してもらえなければ、私は魔界に戻り――」
私の頭に何かが乗せられた。見ると魔王様の手だ。
「分かったよ。なら記憶は消さないから、皆に謝っておいで。誓ってフェルのせいじゃないけど、村の人達がどう思うかは別の話だからね」
「はい」
「例えどんな結果になっても構わないから気楽にね」
「謝罪をするのに気楽という訳には――」
魔王様に頭をぐしゃぐしゃにされた。なんで?
「案ずるより産むが易しって言葉がある。セラの事は任せてくれていいから頑張ってね」
不敬だが、頷くことで肯定した。
よし、皆に謝りに行こう。こういうのは時間が経つほどやりにくいからな。
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