罠
ルネが亜空間から書類をだした。それをディーンに渡す。
ディーンはそれを受け取り、目を通している。全部の書類に目を通してから頷いた。
「はい、問題ないですね。ルネさん、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらずに。お土産のお酒が増えましたからね……!」
どうやらなにかの取引がされていたようだ。でも、あの書類はなんなのだろう?
「陛下? それは一体何なのでしょうか?」
貴族の奴等も不思議そうに見ている。アイツ等も知らないのか。
「これはお前達の裏切りを示す証拠だな」
裏切り? もしかしてズガルにいた領主のムンガンみたいにトランと通じていたのか?
なんだかザワザワしだした。よく見ると汗をかいている奴もいる。
「例えば、お前は人族の奴隷売買をしているな?」
「ば、馬鹿な! い、いや、そんなことはしておりませんぞ!」
貴族なのに演技が下手だな。それじゃ白状しているのと同じだ。こういう時は顔に出さないのがいい貴族と本に書いてあった。
「お前は領地の税金を誤魔化しているようだし、お前はトランと通じていたか」
ディーンが次々と背信行為を述べていく。その言葉に「違います!」とか「誤解です!」とか反応しているけど、してるんだろうな。
「お、お待ちください! それは魔族の女が持ってきた物です! 嘘が書かれているに決まっています!」
「そ、そうだ! その書類に書かれていることが正しいとは証明できませんぞ!」
「陛下は我々よりも魔族を信じるのですか!」
「貴様! その書類をねつ造したな!」
今度はルネが責められている。
「その書類は貴方達の家にあった物ですよ? 悪い事するときは証拠を残しちゃ駄目ですって。貴族としても悪者としても三流以下ですね」
「な、なんだと?」
「悪い事する奴の隠し場所って何となくわかります。私もよくやりますからね……!」
……あとで総務部に伝えておこう。
ディーンの右口角が上がった。ニヒルな笑いだ。
「お前達をここに呼んだ本当の理由はこれだ。ルネさんは証拠を探すのが得意らしいので、お前達の家で証拠を探してもらっていた。新しい帝国の重要なポストにしてやると言っただけで、罠とも知らずノコノコ来るとはな。私が子供と思って侮ったか?」
今度は冷淡な顔になる。というか、何の感情も無い顔か。石ころとか虫を見る感じだ。
「誰かが言っていたな。皇帝や貴族は清廉潔白でなければならないと。私もそう思う。ルハラの膿を出して健全な国にしてやるから、安心して首を差し出すといい」
「我々に死ねというのですか! て、帝国が機能しなくなりますぞ!」
「お前達に任せていてもいずれ機能しなくなる。ならこれを機会に一新するのも悪くない」
おお、ディーンが皇帝っぽく見える。頑張ってるな。なんとなく応援してやりたい。
一人の男から笑い声が響いた。
「さすがに皇族の血を受け継いでおられる方だ。若くても大したものですな。感服いたしましたぞ」
「そうか? なら礼を言っておこう」
皮肉を返している。ディーンじゃないみたいだ。
「ですが、まだ甘い」
「ほう? なら後学のためにどこが甘いのか聞いておこうか?」
「ここに魔族がいるという事ですな」
私達がいると何なのだろう? それが甘さに繋がっているのか?
「分からんな。何が甘い?」
「どうとでもなるということです! 【氷槍】!」
男の使った魔法で、ディーンの胸に氷の槍が突き刺さった。位置的には致命傷だが……。
ヴァイアとリエルは驚いているが、ウルとロックは慌ててない。なら問題ないか。
「き、貴様、血迷ったか!」
他の貴族からも非難されているようだ。コイツの独断なのかな。
「まて、お前達、知っているのはここにいる者だけだ。なら私達以外を皆殺しにして魔族のせいにすればいい」
「そ、それは……い、いや、それしかないな……! 皆、こうなれば一蓮托生だ! やるぞ!」
貴族の奴等が頷いた。もしかしてやる気か? 面倒くさいな。お腹が減ってるんだが。
「私とやる気か? それはいいが、まず一番の証人を消す必要があると思うぞ?」
「……何を言っている? 一番の証人?」
ディーンの方を指した。
「まだ生きてるぞ?」
全員がディーンの方を見ると、優雅に飲み物を飲んでいた。私にも欲しい。
どうやら体の一部だけ霧になる方法を覚えていたようだな。氷の槍が突き刺さった部分が霧になっている。即座にできるなら、よほどのことが無い限りディーンを殺すことはできないだろう。
「反逆罪も追加だな。もう言い逃れはできん。衛兵!」
ディーンがそう言うと、ベルとクル、それに大勢の兵士達が部屋に入って来た。
「そこの貴族達は以前から不法行為を繰り返していた。そして今、私の命を狙った。許しがたい罪だ。牢屋に放り込んでおけ」
衛兵たちが「ハッ!」といって敬礼をする。そして貴族達を取り囲んだ。
「馬鹿な! 我々は帝国貴族だぞ! こんなことが許されるはずが……!」
「許される」
「な……」
「私は皇帝だ。この帝国において、私のやることはすべて許される。……目障りだ。連れて行け」
貴族達は騒いでいたが、魔力を抑える腕輪をされて兵士達に連れて行かれた。
扉が閉まり、沈黙が辺りを包む。えーと、なんだったんだ?
ディーンの方から大きなため息が聞こえた。椅子の背にもたれかかっている。どうした?
「ドレアさん。どうでしたか?」
「三十点だな」
「き、厳しいですね」
何の点数なのか分からない。コイツ等は何を言っているんだろう?
「私にも分かる様に説明してくれないか? ヴァイアもリエルもポカンとしているじゃないか。心情的には私もそうだ」
二人そろって首を少し傾げてる。
「なに、簡単な事です。今後どうすればいいかをディーンから相談されましてな。まずは皇帝を正式に宣言する前に、不穏分子を一掃しようということになりましたので、すこし芝居をしました」
「芝居?」
「あの者達にヴァーレの事を伝えてディーンが皇帝になるから手を貸せ、というような話を持っていったのですよ。そしてこの会議室で話をしている間に、ルネや傭兵団の団員が家を捜索させたのです」
確かにそんなことを言っていた気がする。
「あの場で建設的な意見でも出れば見逃すことも考えておりました。ですが、まさかフェル様にすべてを擦り付けるとは予想できませんでしたな。しかもフェル様がそこにいるというのに」
「あまりにも無礼な言い方に本気で怒ってしまいました」
ディーンはその時の怒りを思い出したのか、ちょっと息が荒い。
「ディーン、お前の点数が低いのはそこだ。皇帝として接するなら感情を表にだすな。例えフェル様が貶められていても受け流すくらいの気持ちでいろ。感情に振り回されるようなトップには誰もついてこない」
「は、はい」
何だろう? ドレアが教師みたいな感じになってる。
「えーと、ヴァイアとリエルは知らなかったんだな?」
「全然知らなかったよ……」
「捕まえるならメイスで殴っておけばよかったぜ」
「だいたい、なんで二人はここにいるんだ? ドレアもそうだが、場違いな感じだぞ?」
「私がお二人に頼んで来てもらったのです。魔道具と治癒のエキスパートですからな。なにかあった時の保険のようなものです。必要は無かったようですがね」
二人とも照れている。ドレアが言ったエキスパートという部分が嬉しいのか。
「ウルやロックは知っていたのか?」
「当然ね。エルフの森で貴方の意見を聞いてから、ルハラで仲間になってくれそうな人を探したのよ。その一環で元老院のメンバーとか貴族を調べたわ。今まで知らなかったけど、正直、ルハラって駄目な感じしかしなかったわね。ちなみに今回の十人は私達が調べたのよ」
「言っとくけど、ちゃんとした貴族もいるんだぜ? どちらかというと武闘派というか、軍人関係の貴族様達だけどな」
貴族かどうかは知らないが、ズガルにいたクリフはまともな奴だった。まともな貴族もいるなら皇帝が変わっても何とかなるだろう。駄目でも知らないけど。
クリフは元気に国王代理をやってるかな? そういえばルハラから引き抜きした感じか。今のうちに言っておこうかな。
「まともな貴族で思い出した。言うのを忘れていたが、ヴァーレからズガルを貰った。あの辺りは私の物だからこれからはご近所さんだ。よろしくな」
「ちょ、ちょっと待ってください! え? どういう事です?」
ディーンとウルとロックが目を見開いてこっちを見ている。ちゃんと説明したと思うんだが足りないのか?
「だから、ヴァーレからズガルを貰った。国として認めてやる、とも言ってたから、あの辺の領地は私の物だ。ちなみに住民もそっくりそのまま貰う」
「そ、そんな事、認められるわけないですよ!」
そうだよな。特に文面の書類があるわけでもない。でも、言質は取ってる。
「ディーン。お前は皇帝なのだから、フェル様の言葉をそのまま鵜呑みにするな」
ドレアが何か言い出した。鵜呑みにするなって、それ以外の意味はないんだけど。
「フェル様はルハラの混乱が収まるまで壁になると言っておるのだ」
言ってない。
「どういう意味でしょう?」
「以前、地図を見せてもらったが、ズガルはトランと隣接しているところだろう? いま、トランから攻められたらどうするつもりだ?」
「あ! 確かに……まずいですね」
「だからフェル様はズガルを魔族の国として建国し、トランからの侵攻を止めてやる、と言っているのだ」
だから、言ってない。
でも、結果的にそうなるのか? しまった。法務部とか財務部とかから魔族を呼べばいいと思っていたけど、軍部の奴も呼ばないとダメか?
「フェル様がトランを抑えている間に、ルハラはウゲン共和国と和議を結ぶのがいいだろう。獣人の奴隷を解放する等の条件に交渉すればいい。そう簡単にできる事ではないが、十分な時間はあるはずだ」
「な、なるほど」
「フェル様の言動からこの程度を読めなくてどうする。詳しくは知らんが貴族のやり取りは言葉の裏を読むのが大事なのだろう? お前にそれができなければ、皇帝になってもいいように扱われるぞ?」
「は、はい!」
厳しい先生だな。だが、私の言葉にそんな裏は無い。たまたまだ。でも、黙っておこう。ドレアの顔を潰すわけにはいかん。
さて、もういいよな。本当に言いたいことを言っておかないと。
「じゃあ、この件はもういいな? なら朝食をよこせ。腹が減った」
なんで笑うのだろうか? もしかして、朝じゃなくてお昼なのか?
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