潜入

 

 作戦開始の時間になった。


 静かだった城下町で爆発の音が聞こえる。


「まさかとは思うが住民の家を爆破してないよな?」


「爆発したのは購入した空き家ですね。周辺の住民にはお金を渡して避難してもらってます。ある程度は被害が無いと城の中にいる兵士を引き付けられませんから」


 それもどうかと思うが、住民に被害がでないなら許容範囲かな。


「すぐに城に向かうのか?」


「そうですね。ここから城まで距離がありますから、今から出るとちょうどいいでしょう」


 なにがちょうどいいのか分からないが、作戦は全部お任せだ。


「わかった。ドレア、ルネ、私達もいくぞ。言っておくが誰も殺すなよ?」


「心得ております」


「了解です!」


 宿を出てディーン達の後をついて行く。日が落ちているので周囲は暗い。だが、ディーンも三姉妹もロックも問題なく進んでいく。魔族みたいに夜目がきくのかな。


 爆発の音がするあたりは明るい感じがする。家が燃えていたりするのだろう。住人も家からでてきて、そちらの方を見ているようだ。


 巡回中の兵士が念話で連絡を取り合っているように見えるし、陽動としてはうまくいっているのだろうか。


「フェル様、城とは別の方向へ進んでいるようなのですが、よろしいのですか?」


 ドレアに言われてディーンの進行方向を見ると、城の方へ向かっていなかった。


「おい、ディーン、どこに行くんだ?」


「近くに皇族だけが知っている抜け道があるんですよ。前回の襲撃時は使いませんでしたので、今回はそこから潜入するつもりです」


 魔族にばらしてもいいのだろうか? 誰かに言うつもりは無いけど、もう少し相手を疑ったほうがいいと思うぞ。


「皇族ということは、ヴァーレも知っているんだろう? 抜け道とやらを警戒しているんじゃないか?」


「兄は私を捕まえたと思っていますからね。今回の騒動は傭兵達が私を奪い返しに来た、程度にしか考えていないはずです。私がいないのですから、この抜け道を使うとは思っていないはずですよ」


 ルートという奴が身代わりで捕まっているんだったか。なら大丈夫かな。


「こちらです」


 ディーンが案内したのは墓地だった。墓地の中央にある大きな館の中に歴代の皇族が埋葬されている場所があるそうだ。


「私の両親と兄弟だけがここにいないのですよ」


 低いトーンでディーンが言い出した。


「逃げるのに必死で見たわけではないのですが、家族は埋葬もされずにどこかに捨てられたと聞いています。首を晒さなかっただけ、マシかもしれませんが」


 私も両親を殺されたけど、ちゃんと墓に埋められている。ディーンは辛いだろうな。これが皇帝になりたい理由、というか兄を倒したい理由か。


「ディーンはヴァーレを殺す気か?」


「はい」


 即答か。迷いも無いように見える。


「なら殺す前に家族をどこへやったかは聞いておくんだな。そこに立派な墓を建ててやるといい。重要なのは場所じゃなくて敬う気持ちだからな」


「……そうですね。ありがとうございます」


 なんで礼を言われたのか分からない。まあ、いいか。


「で、どこに抜け道があるんだ?」


「こちらです」


 ディーンと一緒の館に入る。中は台座と地下へいく階段があるだけだった。台座には皇族の事が書かれていると説明してくれた。


 ディーンはそれだけ説明すると、階段を下りて行った。


 階段を下りた先には三メートル幅の通路が奥まで続いていた。光球の魔法を使わなくてもそれなりに明るい。天井が少し光っているようだ。


 通路の両壁は上中下と三つほどスペースがあり、棺桶が置かれている。それが奥の方までずっと続いているようだ。


 なかなかの量だな。正直、夜は来たくない。


「ゾ、ゾンビとか出ませんよね? 怖くはないんですけど、匂いが……!」


 ルネが言うように、アイツ等は臭い。できれば会いたくない。


「安心してください。出て来てもスケルトンですよ」


「よかったー」


 皇族のスケルトンを殴ってもいいのかな? いいというなら殴るけど。


 ディーンが奥に進み一つの棺桶を指す。


「ロック、すまないけど、この棺桶を取り出してくれないかい?」


「おう、任せろ」


 ロックが棺桶を通路の方に引き出す。奥の方で大きな石が動くような音が聞こえた。


「通路の一番奥が開く様になっているんですよ。城の地下につながっています。残念ながらルートのいる地下とは別の区画なのですが」


 ディーンは奥へ歩いて行った。私達もその後を追う。


 長い通路を歩いていくと水の音が聞こえた。そしてちょっと臭う。どうやら下水道のようだ。


「ゾンビの臭いは回避されたのに、下水道の臭いがあるとは……!」


「すみません。ここには逃げ込まないだろう、と思わせる意味がありますので、ワザとこういう場所に作ったらしいですね」


「面白いな。本当の使い道は脱出経路なんだよな?」


「ええ、ルハラとして統一される前は小国同士で争っていましたから負けることも想定していたのでしょう。北の遺跡へ逃げれば再起を図ることもできますから」


 対勇者用の参考にしようかと思ったけど、勇者からは逃げようがないんだよな。魔界の地表を逃げ回っていてもいずれ死ぬ。再起も図れないし、逃げていたら魔族の被害が増える一方だ。うん、意味ないな。


「着きました」


 下水道の奥は行き止まりになっているが、壁にタラップが付いていて、上に行けるようだ。上からは明かりが漏れている。


 下から覗いてみるとタラップの上は鉄格子があり、出られないように見える。私は転移できるけど、壊してもいいのだろうか?


「あの鉄格子は向こう側からしか開けられないのです。今、開けますね」


 ディーンは霧となって上に向かった。


 以前よりも霧になるまでの時間が早かった気がする。アビスで特訓したのかな。


 鍵の外れるような音が聞こえたので上を見ると鉄格子が無くなっていた。


「どうぞ」


 せっかくなので、転移せずにタラップを使って登る。


 ここはどうやら厨房のようだ。周囲にはかまどがあるし、調理器具などが整頓されて置いてある。探せば食糧もあるかな? 夕食は食べたけど、まだいける気がする。


「作戦通り、ここからは二手に分かれるわ。ロック、ベル、クル。地下牢までの道順は頭に入っているわね?」


 三人は頷いた。宿屋で何度も確認していたし、そっちは大丈夫だろう。


「ルートを救出したらすぐにここから外に逃げるのよ? ルートが怪我をしていたら、女神教の教会に行って治してもらうといいわ。そして宿で待機ね」


 また、三人は頷いた。今度は私の方を見た。


「うちのボスの事、よろしく頼む」

「よろしくお願いする」

「よ、よろしく?」


「ああ、安心しろ。私が手伝っている以上、失敗はない。むしろ、お前達が失敗するなよ?」


 ディーンがルートを殺されたくないからチームを分けたと言ってた。本当は皇帝を倒せなかったときの保険だと睨んでいるが、どうなんだろう。


「それじゃあ、貴方達はルートを助けたら念話を頂戴。それを聞いたら皇帝を倒すわ」


 三人は頷くと厨房を出ていった。


「私達はどうする?」


「はい、謁見の間へ向かいます。ウルの探索魔法でそこにいるのは分かっていますので。側近二人もそこにいますね」


 こんな時間に謁見の間? もしかして待ち構えているのか?


 この厨房も時間的に料理人がいないのはおかしい気がする。料理をしていた形跡もない。怪しいな。


「ディーン、襲撃の件、バレてないか?」


「……可能性は高いですね。しかし、どうしてバレているのでしょうか?」


「スパイでもいるんじゃないか?」


「それは無いわよ。私達傭兵団は制約魔法で裏切らないようにしているもの。言っておくけど、無理やり誓約させているわけじゃないわよ」


 大丈夫なのだろうか。信じるしかないけど。


「分かった。待ち構えていたとしても倒せばいいだけだ」


 ディーンは頷いてから厨房をでた。さあ、行くか。




 城の中は豪華絢爛といった感じだ。


 派手な造りの調度品、デカい絵画、踏んでいいのか迷うほどの絨毯。値段が高そう。私はもっと質素な方が好みだな。


 謁見の間に向かっているが順調すぎる。兵士は待機部屋のような場所にいるようだが、誰も外に出てこない。寝るような時間じゃないんだけどな。


 やっぱり、ヴァーレに誘われているんだろうな。よほどの自信があると見える。


 謁見の間の近くまで来た。柱の陰に隠れて息をひそめる。扉のほうを見るがそこを守る兵士もいない。不気味すぎる。


「本当にそこにいるのか?」


「間違いないわ。一度襲撃した時に印を付けたから――ちょっと待って。念話が来たわ」


 ウルは小声で話したり頷いたりしている。一度深呼吸するとこちらを見た。


「ルートは無事に助け出したわ。ちょっと衰弱してるけど命に別状はないみたいね。四人はそのまま町の方に戻るそうよ」


 簡単に終わったな。拍子抜けだ。


「でも気になることを言っていたわね。見張りも何にもいなかったらしいわ」


「やっぱりバレてるんだろうな。罠かもしれないぞ?」


「罠であっても構いません。こっちにはフェルさんが付いているんです。負ける要素はありませんよ。行きましょう」


 随分と高く買われたものだ。なら期待に応えよう。


 ディーンが謁見の間の扉に近づいた。その扉を両手で押しながら開ける。


 謁見の間を見ると、扉から五十メートル進んだ先には玉座があり、ヴァーレと思われる奴が座っていた。


 その左右に二人の女性が立っている。


 ……しまった。そういう可能性があったのか。


 あれはどうみても天使だ。


 どうしよう、一人ならともかく、二人同時は相手できないぞ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る