実験

 

 眠い。二度寝したい。


 部屋の窓から日差しが入り込んで目が覚めたのだが、まだ眠い。このまま枕に顔を押し付けたい。


 昨日、遅くまでリエルの話を聞いていたからだな。しかも、あれは恋バナというか、狩猟話。相手がシャイだから逃げる、などという都合の良すぎる解釈をしていやがった。怖くて逃げたに決まっているだろうが。


 それをやんわりと言ってやったのだが、そんなことはない、と言い張られた。今度、押して駄目なら引いてみろ、という言葉があるのを教えてやろう。


 さて、シャワーを浴びて広場に行くか。トランの魔物達も起きている頃だろうしな。




 広場に到着すると、魔物達がぐったりしていた。皆もリエルの話を聞かされていたからな。まだ眠いのだろう。


「フェル様、おはようございます」


 スライムちゃん達が挨拶してきた。流石にスライムちゃん達は眠気とは無縁か。


「ああ、おはよう。トランの魔物達はどうだ?」


「はい、目を覚ましております。暴れる様子はありません」


「そうか、ならさっそく話を聞いてみる」


 ワンコ達が固まっている場所に移動する。おお、モフモフだ。こう、撫でまわしたいけど駄目だろうな。セクハラになる。


「この者が魔物達のリーダーだそうです。自分が話を請け負う、と言っています」


 ジョゼフィーヌが大きな犬を指しながら説明してくれた。


 なるほど、大狼ほどじゃないけど、それなりに大きい。だけどこれは……まあいい、先に挨拶だ。


「魔族のフェルだ。お前達を連れて来た魔物達の上司みたいなものだ」


 そういうと、ワンコは頭を下げてきた。


「私の名はロス。この度は私や仲間たちを救ってくれて感謝の言葉もない」


 堅いな。もっとフランクな感じでいいんだけど。というかネームドだ。進化済みの魔物か。


「成り行きで助けただけだ。感謝する必要はない。ところで行く当てはあるのか?」


「どこか静かなところで暮らそうと思っている。人族とは関わりたくないからな」


 それは残念だ。でも一応勧誘しておこうかな。ワンコだし。


「そうか。出来れば私の部下になって貰いたかったが、どうする?」


「私達を貴方の配下に?」


「無理にとは言わない。ただ、魔物というのはいるだけで追い回されるものだからな。私が世話になっている村にダンジョンがあるから、そこへ来ないかと思っただけだ」


 ロスは下を向いて考え出したようだ。脈ありかな?


「貴方や魔物達に感謝はしている。だが、私の一存では決められない。皆に話を聞いてみる。回答はそれからでもいいだろうか?」


「もちろんだ。ちゃんと話し合ってから決めてくれ。部下になろうと野に下ろうと、どちらでもお前達の意志を尊重するからな」


「かたじけない」


 かたじけ……? 古い言葉か? ありがたい、とかと同じ意味だっけ?


「そうだな。あと三日くらいの間に決めてくれ。それまでの食糧はこちらで準備するから遠慮なく食べてくれて構わない」


 丁度、ニア達が朝食を作ってくれたようだ。なんとなくトマトの匂いがする。トマトソースを使った料理とみた。早く並ぼう。


「重ね重ね、かたじけない。ありがたく頂戴しよう」


 ……ロスの食事に関しては、念のため確認しておくか。


「ロスは三倍食べたりするか?」


「いや、そんなことはない。普通、と言っても体の大きさに比例するくらいは食べるが。何故そんなことを聞く?」


「首が三つあるから」


 首が三つで三倍可愛いワンコだ。


「なるほど、ケルベロスという種族を詳しくは知らぬようだな。この三つの首は独立しているわけではない。全部私だからどの首で食べようとも同じだ」


「そうか。なら問題はないな。そうそう、食後でいいが話を聞きたい。改めて時間を作って貰えるか?」


「もちろんだ。貴方には恩がある。どんなことにも協力しよう」


 いちいち礼儀正しいな。まあいいか。朝食にしよう。




 今日の朝食はパンとトマトスープだった。スープにはかき卵と刻んだ玉ねぎが入っていて私好みの味付けだった。やっぱりニアの料理はいいな。


 しばらくはメノウに食事を作って貰っていたけど、やはりニアには及ばない。やることをやって早めに村へ帰りたいな。ディーンの奴もとっとと帝都を落としてほしい。


 そうだ、ディアに連絡をとっておこうか。ディーン達から連絡が入っているかも知れないし。


 さっそくソドゴラ村に置いてある魔道具に念話を送ろう。


「ディア、聞こえるか?」


『フェルちゃん? おはよう。丁度良かった、連絡するところだったんだよ』


「おはよう。何かあったのか?」


 問題じゃないといいのだが。


『うん、二つあってね。一つはディーン君達のこと。明日、夜明けとともに帝都を襲撃するみたいだよ』


「そうなのか?」


『帝都からかなりの数の兵士が南に向けて進軍したらしいんだ。どうもフェルちゃん達がいる町へ向けて進軍したらしいんだよね。そっちは大丈夫?』


「ああ、その情報は知ってる。皇帝を挑発したらそんな感じになった」


 ため息が聞こえた。もしかして呆れられたのだろうか。


『多分、そんな事だろうとは思ったよ。ディーン君もフェルちゃんがやったと思ってたようだよ。すごく感謝してたからね』


 意図的にそうしたわけじゃない。感謝するというなら、食事で感謝してほしいものだ。


「ディーンの方はそれだけか?」


『そうだね。それでもう一つあるんだけど、フェルちゃんに会いに来た人がいるんだよね』


 私に会いに来た? だれだろう。クロウとかメノウだろうか。村に来るとか言っていたし。


「誰が来たんだ?」


『アダマンタイトの冒険者らしいよ。『黒髪』って二つ名。私は知らなかったけど、ユーリさんとスザンナちゃんが知り合いだったみたい』


「ああ、その件か。私を倒すとアダマンタイトよりも上のランクになれるらしくてな。依頼は一時的に取り消されているんだが、それでも戦いに来るんだよ。面倒くさい」


『そうなんだ。でも、戦いに来た感じじゃないんだよね。話がしたいみたい』


「何の話かしらないが、今は忙しいからな。話がしたければ、待つように言ってくれ」


『うん、分かった。伝えておくね。こっちの報告は終わったけど、そっちはどんな感じ?』


「トラン国の軍隊を追い返した」


『フェルちゃん? なんでそんなことになってるの? 戦ったのはルハラだよね? アレなの? 人生に張り合いがないと死んじゃうタイプなの?』


 そんなわけない。出来れば普通に暮らしたい。




 ディアとの念話が終わった。


 トランと戦った旨をディアに話してやったらかなり呆れていた。私ではなくヴァイアに。


 そうだよな。壁を壊しすぎだ。あれが無ければ間者の奴もトランに連絡はしなかっただろう。戦いは避けられたはずだ。私のせいじゃない。


 ヴァイアにその旨を言っておこうと広場を見渡したが、ヴァイアもリエルもまだ来ていないようだ。まだ寝ているのだろう。ヴァイアはともかく、リエルは遅くまで話をしておいて私より寝ているとは何事だ。


 まあ、丁度いいか。今のうちにロスと話しておこう。ロスは……あそこか。ワンコが多くて和むな。


「食事はどうだった? 不味いと言ったらぶん殴るが」


「とても美味であった。我々には必要だろうと、ワイルドボアの肉まで提供してくれたからな。あのように魔物に対しても普通に接してくれる人族もいるのだな」


「魔族の私にも普通に接してくれる奴らだ。アイツ等に牙をむいたら容赦しないぞ?」


「安心してほしい。そんな恩知らずではない」


 目を見た限りは大丈夫そうだな。なら本題だ。


「それでだな。お前に聞きたいことがある。思い出したくないかもしれないが、トランの事だ。魔法を使わない国と言われているのに、なぜ隷属魔法を使われていたのかを知りたい。トランでなにがあったか覚えているなら教えてくれないか?」


 他国の事なのだが、何をやっているのか気になる。機神がいる国らしいし、魔王様のやろうとされていることの障害になるかもしれない。情報は得ておかないと。


「覚えている範囲でなら答えよう。しかし、どこから言ったものか……簡単に言うと、我々は生き残りなのだ」


「生き残り?」


「トランには多くの魔物達がいた。多くは人族に捕まった魔物なのだが、なんと言ったかな、そう、実験と言って我々魔物に対して様々な事をしていた。その実験に生き残った者が我々だ。大半の者は実験中に死ぬ――さ、殺気を、お、抑えて、くれ、それは我々に、強すぎる……」


 気付くと周囲の魔物達が怯えていた。いかん。落ち着こう。深呼吸だ。


 ロスもそれに合わせて深呼吸をしたようだ。


「恐ろしいお方だ。殺気だけで我々の動きを封じるか」


「すまない。話を聞いて怒りが込み上げてきた。決してお前達に向けて殺気を放ったわけではない」


「もちろん理解している。それにありがたいことだ。我々のために怒ってくれたのだろう?」


 弱きものは強きものに殺されるのは仕方ない。だが、弱きものを使って実験した上に殺すだと? 戦った上での死も与えてやらないのか。


 トラン国全体がそうだとは思わないが、私の心証は最悪だ。魔王様の命令が無ければ確実に滅ぼす。


「実験と言っても我々が最後だったはずだ。魔物達が供給されなくなったと言っていたからな」


「供給されなくなった?」


「魔物を生きたまま捕まえるのは難しいだろう? 捕まえた魔物を送る専門の奴等がいたそうだが、誰かがソイツ等を倒したらしい。それ以降、魔物達は送られてこなくなった」


 ざまぁないな。誰か知らないけど、潰した奴はよくやった。


「そのせいもあり、我々は最後の実験という物をされた。体に細い針を刺して何かの液体を流すようなものだ」


 細い針、液体? もしかして注射とかいう物だろうか。昔の文献で見たことがある。


「その実験で体が引き裂かれるような痛みを伴った。大半の魔物達はそれで命を落としたのだ。だが、生き残った者は力を得た。我は進化して、他の者達も大きく変貌を遂げた」


「……それからどうなった?」


「それ以降はよく覚えていない。頭にモヤが掛かったような感じで夢を見ているような感じだ。うっすらとだが、ここにいる魔物達と戦い、負けたことは覚えているが」


 注射みたいなものをされたときに隷属魔法をされた可能性があるな。


 それに体が引き裂かれるような痛み、それに耐えて進化したり、大きく変貌したりという内容。魔力付与か?


 これが魔法を使わずに魔素を反応させる方法? うーん?


「覚えているのは、この程度だ」


「そうか、辛いことを思い出させてすまなかったな。参考になった。また何か聞くかもしれないが、とりあえずここまででいい」


「これくらい当然のことだ。では、戻って皆と今後の事について話をする。何かあればなんでも聞いてくれ」


 そういうと、ロスは他のワンコ達の方へ歩いて行った。


 トラン国か。いずれ魔王様が機神を倒すときが来たら、そんな実験をやらせている奴らもぶちのめそう。


 でも、魔王様はお許しにならないかな。


 よし、魔王様にプレゼンしよう。いかにトラン国が駄目な事をやっているかをしっかり伝えるんだ。そうすれば、魔王様も分かってくれる。まずは資料作りだな。

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