メイド

 

 日が落ちて随分と暗くなってしまった。


 メイド達が光球の魔法を使って周囲を明るくしているが、それほど明るくはならない。


 ここは私の出番だな。


「フェル様の光球なら無駄に明るいので丁度いいのではないですかね?」


「無駄に明るいって言うな」


 魔力の出力が高すぎるんだよな。以前、魔力を抑える腕輪があったけど、アレを使えばなんとかなるかもしれない、と考えたものだが。


 おっと、そんなことはどうでもいいな。早速、光球で周囲を明るくしよう。


「【光球】」


 かなり眩しい光の玉が手にある。これを設置してもらおう。


「ステア、これをいろんな場所に置いてもらいたい。メイド達を貸してくれないか」


「フェル様には先程から驚かされっぱなしです。この輝きが光球というのが信じられません」


「分かっていると思うが、私は魔族だ。人族と比較されても困る」


 しかし不思議だな。魔族と人族ってなんでこんなに違うのだろう。……そういう風に造ったということか。でも、なんでそういう風に造ったのかな? これはあとで魔王様に聞いてみるか。


「フェル様は魔族の中でも化け物ですからね!」


「なんだとコラ」


 だれが化け物だ。私に近い奴らは魔界にいくらでもいるだろうが。部長クラスがそんな感じのはず。


「フェル様とは敵対したくありませんね」


「奇遇だな。私も人族とは敵対したくない。お前達から学べることは多いし、面白いからな」


 ステアが驚いたような顔をした。だが、すぐに普通の顔に戻ってしまったようだ。見間違いかと思ったけど、周囲のメイド達もステアを見て驚いている。


「恥ずかしいですね。メイド達の手前、感情を出さないようにしていたのですが。ほら、貴方たちも驚いていないでメイドの務めを果たしなさい」


 恥ずかしいという顔もしていないけどな。メイドというのは感情を出してはいけないのだろうか? 色々大変そうだ。


 メイド達が集まってきたので、光球の魔法を使って光の玉を作り、それを渡す。メイド達はそれをカンテラに入れて、屋根などの高い位置に置いてくれたようだ。


 うん、随分と明るくなった。リエルもやりやすくなっただろうし、患者たちもちょっとは落ち着くだろう。暗いよりも明るい方がなんとなく安心できるからな。


「あ、リエルっちの魔力が無くなってきました。ソーマとか飲ませますか?」


 魔眼が使えないからちょっと分からないが、結構疲れているように見える。よし、飲ませよう。


 どれくらい飲めば効果があるんだろう? コップ一杯とかでいいのかな?


 リエルに近づいて声をかける。


「大丈夫か? 魔力が無くなりそうだから、魔力を回復させる飲み物を持ってきた」


「おお、マジか。そこに置いといてくれ。この子が終わったら飲む」


 こちらを見ることなく、子供に対して治癒魔法を使っている。


 なんだか商人の息子とやらをしかりつけてから、子供優先という形で患者達が並んでいる。そのおかげか子供の患者はあとわずかだ。


 よし、ソーマを置いておくか。リエルの近くにある机にそっと置いた。あとはコップかな。


「メノウ、コップってあるか?」


「あ、はい。今もって来ま――」


「コップはいらねぇぞ! よし、頑張ったな! お前の治療も終わりだ。ゆっくり休めよ!」


 リエルは子供の頭を雑に撫でてから、ソーマの入った瓶を握った。そしてフタを開けて躊躇せずに飲む。ラッパ飲みだ。


 瓶が垂直になるぐらいに立てて、一気に飲んでいる。喉が鳴る音がここまで聞こえてくるな。お酒じゃないけど、一気に飲むのは良くないと思うが。


「ぷはー、まずい! だが、魔力が回復してる気がするぜ! よぉし! どんどん来い!」


 飲み終わった瓶をこちらに返しながら、もう片方の腕で口元をぬぐっている。聖女なのにそんなワイルドでいいのだろうか。いまさらだけど。


 それにリエルのテンションが高い。飲む前からこんな感じだったけど、ソーマのせいじゃないよな?


 リエルはまた治癒魔法を使いだした。これ以上は邪魔になるか。残っているネクタルを渡して少し離れよう。


「メノウ、これはネクタルという飲み物だ。ソーマと同じように魔力が回復する飲み物だから、リエルの魔力が無くなりそうになったら飲ませてやってくれ」


 ネクタルをメノウに渡す。いちいち私が近くに寄る必要は無いだろう。


「はい、大事に預かります」


 さて、こっちはこれで大丈夫そうだな。私はちょっと離れて、他に困っていることがないか確認してみるか。


 リエルから離れて、ステアやルネ達のいる場所へ戻ってくると、何か話していたようだ。何かあったのだろうか。


「どうかしたのか?」


「フェル様、何か栄養のある食べ物をお持ちでしょうか?」


 ステアが申し訳なさそうに質問してくる。食べ物? もしかして夕食か?


「リエルっちの魔法で病気は治ったんですけど、結構体力を削られているみたいで、子供たちが弱ってるそうです。フェル様がソーマとかネクタルを持っていたので、他にも何か持ってないか聞かれてました」


 そういうことか。なら、ドワーフのところで買った食材とか全部出すか。食材はここでも買えるだろうし、一時的に放出するだけだ。


「じゃあ、食材を提供する。だれかに作って貰ってくれ」


 大量の米とカレーの材料。あと、ハチミツやジャム、リンゴなども出した。困った時はお互い様、という言葉がある。こんな時に出し惜しみしても仕方ないからな。


 ドラゴンの卵とネギもあった。これも出してしまおう。


「今のところこれだけしかない。足りるか?」


 ……なんだろう? 無視された。傷つくだろうが。


「おい、ステア? 足りるかと聞いてるんだが?」


 一点を見つめていたステアが一瞬ビクッとなってから、こちらを見た。


「……フェル様、こちらの卵は何でしょうか? 図鑑でしか見たことはありませんが、何となく知っている物と似ているようなので、念のため確認をさせてください」


 ステアが震える手で卵を指している。


「ドラゴンの卵だな。無精卵だけどそれなりに美味しいぞ。賞味期限も問題ないはずだ」


「……やっぱり」


 とりあえず、全部説明した方がいいのかな?


「こっちはドワーフのところで買った米とカレーの材料だ。こっちはリーンで買ったハチミツ。これはエルフから買ったリンゴとジャムだな。あと、ネギは……ネギだな。万能じゃなくて長いヤツ。私のお勧めはリンゴだ」


 説明してやったのに反応がない。


 しばらくしてからようやく口を開いてくれた。


「……フェル様は私を驚かせて楽しんでいらっしゃるのですか? 米やカレー、ハチミツやネギはともかく、ドラゴンの卵とリンゴとジャムですか」


 ステアがメガネの位置を直しながら、そんなことを言った。ちょっと睨まれている気がする。


 なんという冤罪。弁護士なしでも裁判に勝てるレベルだ。


「そんな意図は全くない。だいたい、持ってたら出してくれと言ったのはそっちだろう?」


「そうでした。失礼いたしました。しかし、こちらの食材はほとんどが希少な品。本当に使わせて頂いてもよろしいのですか?」


「ああ、構わない。出来れば私達の夕食も作ってくれ。メノウやリエル、ルネの分だな」


 そういえばスザンナやカラオはどうしてるだろう。一度見に行かないと駄目かな。


「……畏まりました。フェル様に感謝を」


「背中が痒くなるからやめてくれ。いま病気が蔓延してるのは、アダマンタイトの奴が絡んでいる時点で私の責任でもある。これぐらいするのは当然だ」


 感謝してくれるのは嬉しいが、そういうのは心の中にしまっておいて欲しい。


 ステアは何も言わずに深々と礼をした。うん、その程度でいい。


 そして、ステアは近くのメイド達に指示を出していた。


「こちらはフェル様から提供して頂いた貴重な食材です。腕によりをかけて料理を作りなさい。これほどの食材を使って不味い料理を作ったら、その腕、引きちぎりますよ」


 なに怖いこと言ってんだ。


 メイド達も「その時はメイドとして命を絶ちます」とか言ってる。


 人界のメイドってなんだろう? 何かの軍隊とかなのだろうか?


「メイドにだけはなりたくないと思いました。私には絶対に無理……!」


「奇遇だな。私もだ」


 さて、まだまだ夜は長そうだ。問題が起きたら対処できるように待機しておくか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る