喧嘩
「どんな感じだ?」
「メノウっちはまだ移動中ですね。多分、ククリっちの喫茶店に向かっているかと」
ルネが左目をつぶりながら、聞き耳を立てるようなポーズで椅子に座っている。
おそらくメノウに渡した人形から音を拾っているのだろう。メノウには悪いが、なんだか一人で犯人に会いに行きそうだからな。
普通に護衛してやってもいいんだが、それだと犯人のところに行かない気がする。なんというか、迷惑をかけたくない、という気持ちが伝わってくるんだよな。気にしないでいいのに。
「じゃあ、しばらくは監視しておいてくれ」
「了解です!」
さて、こっちはこれでいい。後はどうするか。私も本調子じゃないし、ちょっと寝ておくか?
そんなことを考えていたら、二階からドタドタと足音が聞こえてきた。
「フェル! お前、また俺の腹にパンチしやがったな! 痛いんだよ!」
「それはお前がアホな事をしているからだ。……いい機会だ。そこに座れ」
ちょっと説教してやる。
リエルはブツブツ言いながらもテーブルを挟んで私の正面に座った。
「んで? なんだよ?」
「お前が男好きなのは知っているが、誰それ構わず言い寄るのは止めろ」
「あぁ? 恋は戦争だろ。いい男がいるなら彼女がいようとも突撃あるのみだろうが」
ため息しか出ない。
「お前が相手を本当に好きならそれでもいい。だが、どう見ても本気に見えない。なんというか手当たり次第だ」
「誰も寄って来ねぇのが悪い。俺は聖女やってんだぞ? 誰が聖女を口説くっていうんだよ。数を撃たなきゃ当たらねぇんだ。だったら、こっちからガンガン行かなきゃ駄目じゃねぇか」
数を撃つのは問題ない。だが、心を込めて撃て。
「とにかくだ。いまのお前は見境がない。カラオのような彼女のいる年下の男を口説こうとしたことがいい例だ。口説くにしても、もっと相手や周囲に対して敬意を払え」
なんだかリエルがこちらを睨んできた。なんだ? やる気か?
「フェル、この際だから言っといてやる。お前は俺の保護者じゃねぇんだ。そんなことを言われる筋合いはねぇ」
「あ、あのお二方とも落ち着いて……」
「喧嘩、よくない」
ルネとスザンナが止めに入ろうとしている。だが、止める気はない。私の立場ならリエルに言ってもいいはずだ。
「筋合いならある」
「あぁ? お前に何の筋合いがあんだよ?」
「リエルが男好きで口が悪いだけの聖女でしかないのなら、確かに筋合いはない」
「ほぼ俺を構成している情報じゃねぇか? 他になにかあんのかよ?」
リエルを構成している情報は他にもあるだろうが。くそう、あまり言いたくないが仕方ないな。
「お前は、その、なんだ。私の、アレだろう?」
リエルどころか、ルネやスザンナも首を傾げている。
「アレってなんだよ」
「だから、アレだ。アレ」
察しろ。
「分かんねぇよ。ちゃんと言えって。馬鹿にしてんのか?」
はぁ、メノウみたいに色々と察する力をつけてもらいたい。言いたくないから誤魔化しているのに。
「ルネ、スザンナ。ちょっと目を閉じて耳を塞げ」
「はい?」
「なんで?」
「いいから、早くしろ」
そういうと、ルネとスザンナは目をつぶり、両手を両耳に当てた。
「聞こえないか?」
「聞こえません」
「聞こえない」
「聞こえているだろうが。ちゃんと耳を塞げ」
二人ともぎゅっと目をつぶり、両手も力いっぱい耳に押し当てている。
「聞こえないか?」
二人からの反応はない。これなら大丈夫だろう。
「さっきから何なんだよ?」
リエルはイライラしているようだ。イライラしてるのはこっちなんだがな。
「続きだ。いいかリエル。お前がその辺のどうでもいい奴だったら、私だってこんなことは言わない。勝手にしろ、と思うだけだ。だが、お前は……」
言いたくない。言いたくないが仕方あるまい。
「お前はその、アレだ。私の……親友だろう?」
「お……おぉ?」
驚き過ぎじゃないだろうか。リエルが以前言ってたことなのに。
「お前が、いい男だったら誰でもいい、みたいな言動を見るたびにムカつくんだ。自身を安売りしてるみたいでな」
いい男になら媚びる、みたいな感じが嫌だ。言い寄るよりも、言い寄られるぐらいになってほしいと勝手に思ってる。
「清廉潔白になれとは言わないし、男好きなのも構わない。だが、せめて男を口説くなら相手に対して真摯に行動しろとは常々思ってる」
色々とスジを通してほしい。これは私のエゴだが、恋愛事に関しては後ろ指さされるようなことはしてほしくない。
余計な事を言っているのは分かっているんだが、この際だ。言いたいことを全部言っておこう。こんな機会は何度もないし。
「それにリエルを見ていると、危ないことに巻き込まれる気がしてヒヤヒヤする。男女間のこじれで殺傷事件とか発生しそうだ。怪我は簡単に治せるんだろうが、刺されたとか聞いたら心配するだろ? それは私だけでなく、ヴァイアやディアも同じだと思うぞ」
アイツらも親友だからな。多分、同じように思っているだろう。
「いいか、リエル。私は気にいらないことは、気にいらないと言う。お前に、こうあってほしい、というのはタダの押し付けだ。心配も勝手にしてるだけ。だが、それはお前が私の親友だからだ。思っていることを言わないなら、タダの知り合いだからな」
親友じゃねぇよ、とか言われたらショックなんだけど、大丈夫だろうか。精神防御の魔法とか覚えておけばよかった。
「フェル、俺は自分の生き方を人に指図されるつもりはねぇ」
駄目だったか。まあ、親友じゃないと言われるよりはマシか。
「……でも、親友の言葉ならちょっとくらい聞いてやってもいいとは思った」
おお?
「フェルの頼みだからな。もっと男に対して真摯に行動してやってもいい……気がする」
「そうか。ディア風に言うと、デレたな?」
「フェルが先にデレたんだろうが! フェルの口から親友なんて言葉が出るとは思わねぇから、一瞬、思考が止まっちまったよ!」
珍しくリエルの顔が赤い。なるほど、照れ隠しか。
「まあ、なんだ。言いたいことはそれだけだ。今後はちょっと自重してくれると、嬉しい気がしないでもない。それにリエルにはメリットもある。腹へのパンチが減るぞ?」
「はぁ、分かったよ。すぐには無理かも知れねぇけど、男に対して真摯に対応してやるし、ちょっとは自重してやるって」
「お前の場合、ちょっとじゃなくて、かなり自重しろ」
「さっきと言ってることが違うだろうが!」
戦いに勝ちそうな時は追撃するものだろう? 一気に追い込むぞ。
「いい話ですね。私も親友が欲しい……!」
「感動した」
ルネとスザンナが耳から手を離して目を開けていた。なにしてんだ?
「いつから聞いてた?」
「ええ? 最初からですけど?」
「耳を塞いだぐらいで音が聞こえないと思ってるの?」
全部聞かれていたのか。くそう、恥ずかしい。魔王様に記憶を消してもらうしかない。
「しかし、リエルっちはフェル様の親友だったんですね。なんて恐れ多い……!」
「どういう意味だ、コラ」
「実は私とも親友」
「お前は私を殺そうとしてただろうが。親友どころか知り合い以下だ」
「えー? なら、いくら払えば親友になれる? お金は持ってるよ?」
ため息がでた。すごく疲れる。
「おいおいスザンナ。フェルを困らせんなよ? 親友の俺が黙っちゃいないぜ?」
「ここ最近で一番困ってんのは、お前の言動だからな?」
もう、夕食まで寝てようかな。
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