幼馴染
いきなり十代前半ぐらいの女の子が入ってきた。息を切らして走ってきたという感じだ。
「こんにちは、ククリちゃん」
「あ、メノウさん。こんにちは」
どうやらメノウとは知り合いのようだな。カラオの名前も言っていたし、姉弟と知り合いなのか。
だったら、挨拶する前にあんなに勢いよく扉を開けることを怒った方がいいのではないだろうか? 扉が壊れるぞ。
「フェルさん、スザンナちゃん、紹介しますね。近所に住んでいる幼馴染のククリちゃんです」
そのククリとやらにものすごい警戒されているのだが。初対面なのになんでこんなに敵対心がむき出しなんだろう。やっぱり魔族だから?
一応名乗っておくか。例え恨まれていても礼儀は大事だ。
「魔族のフェルだ。よろしく頼む」
「スザンナ」
私とスザンナを上から下までジロジロと見られた。
そして急に眼を見開く。
「私はククリ! カラオのお嫁さんよ!」
嫁。なんだ、すでにカラオは結婚しているんじゃないか。リエルもルネもアホだな。嫁のいる男に言い寄るとは。確か結婚は複数できないと聞いた気がする。
「そうか、随分若いな。カラオは治してやった。まだ本調子ではないだろうが、しばらくすれば徐々に体力も戻るはずだ。それまではしっかり看病してやれよ」
「え? はい?」
なんだかびっくりした感じで回答している。でも、なんで疑問形?
「待て待て待て、フェル、コイツはカラオの嫁さんじゃないぞ? こんなに若くて結婚できるか」
リエルが割り込んできた。若いと結婚できないのか? そんな情報は知らないが。
「さっき嫁だって自己紹介してたぞ?」
「だからそれが嘘なんだよ」
ククリとやらの顔を見る。視線を逸らされた。本当に嘘なのか。
「あ、あなたたちもカラオを狙っている女共なんでしょ! カラオは絶対に渡さないから!」
困った。このククリとやらは何を言っているんだろう。狙っているというのはカラオに言い寄るって意味か? もしかしてリエルとかルネと同等と思われているんだろうか。名誉棄損で訴えるぞ?
「ちょっと待て」
ククリに少し離れろというジェスチャーをする。そしてメノウ、リエル、ルネ、スザンナにテーブルの上で顔を近づけさせるようにした。
「いまいち話が分からん。そもそもククリってどういう奴なんだ? 説明してくれ」
メノウが説明してくれた。
ククリはメノウやカラオの幼馴染で、近所の子らしい。実家は喫茶店をやっているそうだ。
どうやらククリはカラオが好きで、カラオの方も満更ではない。もっと子供の頃に結婚の約束もしていたようで、婚約しているわけではないが将来を誓い合った仲ということだ。
メノウが留守の間はククリが面倒を見ていてくれたようで、メノウとしては大変感謝している。それにこんな妹ができたらうれしいと思っているそうだ。
そして数日前からリエルとルネが家に滞在してカラオに言い寄っているから、毎日のように威嚇しに来ているらしい。
そして私がその仲間だと思われているようだ、と。
なるほど。理解した。
「リエル、ルネ、お前らバカだろ? なんで相手のいるカラオに将来の結婚を迫ってるんだ」
「幼馴染で、初恋で、子供の頃に結婚の約束をしてるなんて、パンを食わえて道でいい男とぶつかるぐらいあり得ねぇだろうが! 賭けてもいい。絶対に結ばれねぇ。だから俺にもチャンスがあるんだよ!」
なるほど、分かった。コイツはもう手遅れだ。一度、スレイプニルに蹴られるといい。それまでは私が殴ろう。
とりあえず状況が分かったので解散した。
そして椅子に座るリエルの目の前に立ち、ボディに一撃。
「ルネ、リエルをベッドに運んでおけ。お前はスキルを使わせているから殴らないが、今度変な事したら魔界に強制送還させるぞ」
殺気を込めてそう言った。人界に来てテンションが上がっているんだろうが、締めるところは締めてもらわないと。最悪、ルネや私だけでなく、魔王様の評判まで悪くなる。それは許されん。
「悪ふざけが過ぎました。反省してます……」
ルネはリエルを抱えてトボトボと部屋に運んで行った。大いに反省しろ。
「ククリだったな。私の知り合いと部下が失礼なことをした。もう、カラオに言い寄るような真似はさせないから許してやってくれ」
「え、ええと、あの人、死んでないよね? 女性が出しては駄目な声が漏れてたけど」
「大丈夫だ。ああ見えてアイツは頑丈だ」
手加減はした気はする。駄目そうならエリクサーでも飲ませよう。鼻から。
「そ、それで、さっき言ったことは本当なの!? 治したって……!」
それは私から説明するより、メノウから言った方がいいかな。信用度が違うだろう。
メノウの方に視線を移動させると、メノウが頷いた。おお、出来る女は違うな。すぐに気づいてくれたようだ。
「ククリちゃん。フェルさんがね、病気の原因になりそうなものを発見してくれたんだ。明日にならないと結果は分からないけど、多分、治っていると思うよ」
「そ、そうなんだ!」
「いまは寝ているけど、もしよかったら今日の夕食を食べに来て。カラオもククリちゃんと一緒に夕食を食べればもっと元気になると思うから」
「は、はい! 絶対来ます!」
ククリは大喜びだ。そして何かに気付いたような仕草をしてからこちらを向いた。
「あ、あの、フェルさんでしたっけ? その、ありがとうございます!」
背中がかゆい。しかも尊敬の眼差しで見られている。正直、苦痛だ。
「明日にならないと分からないから、礼は言わなくていい。本当に治ったのが確認出来たら、まあ、美味いもんでも奢ってくれ」
「は、はい! その時は腕によりをかけて作りますので! あ、お店の仕事放り出したままだ! 一旦帰ります!」
ククリは勢いよく家を飛び出していった。なんというか嵐の様だった。
飛び出していった扉を見ていたら、少しだけ笑ったような声が聞こえた。メノウからだ。なんだか笑いを堪えている感じだが。
「どうかしたのか?」
「いえ、フェルさんがお礼を言われるたびに困った顔をするのがちょっと面白くて」
なんでだ? 面白い要素は無いと思うけど。
「うん、面白い」
ずっと黙っていたスザンナもそんなことを言ってきた。
「人族の笑いのセンスは分からん。私が困った顔をしているのが面白いのか? 趣味悪いぞ?」
そういえば、ヴァイアには困った顔が可愛いとか言われたことがある。
なんというか嬉しくないし、辱めを受けた気分だ。
「フェルさんは礼を言われるのに慣れていないんですよね? 感謝されるのが苦手なのか分かりませんが、そういう事で困った顔を見ると魔族なのにいい人なんだなって。簡単に言うとそのギャップが面白いんです」
ディアとの雑談で聞いたことがある。ギャップ萌えというアレか。不本意だ。
「それに本当だったら私の事情を無視してもいいのに、聖女様を紹介してくれたり、ここまで来てくれたり……。例えカラオが治らなくてもフェルさんへの感謝を忘れたりしませんから」
いつの間にか感謝になっている。私が苦手だと気づいていたんじゃないのか。いや、知ってて言ってるのか?
「また、困った顔してる」
「本当に困ってるんだ。体中が痒くなるからやめろ」
これも呪いみたいなものだな。
メノウは笑っていた顔を少し真面目にして椅子から立ち上がった。
「それではちょっと出かけてきますので、留守番をお願いしてもいいですか?」
「ああ、とくに出かける予定はないからいいぞ」
もしかして、あの変な像をくれた奴に会いに行くのかな?
「おっと、メノウっち、ちょっと待ってください!」
ルネが二階の階段から下りてきた
「これ、お守りみたいなものなので持っててください」
ルネがメノウに人形を渡した。服のポケットに入るぐらいの小さい人形だ。メノウはその人形を受け取って不思議そうな顔をしている。
「えっと、これは?」
「知り合いに作って貰った人形です。災いから身を守ってくれますよ!」
「そ、そうなんですか。では、ありがたく持っていきますね」
メノウは人形をポケットにいれて家を出て行った。
しばらく時間が経ってからルネに問いかける。
「あんなに小さくて大丈夫なのか?」
「護衛用ですから。普通の人族にならあの人形でも負けません。最悪の場合は入れ替わりますので」
そういう事も出来たか。なら大丈夫かな。
「よし、しばらくしたら会話を聞いてみようか」
カラオの呪いを解いただけでなく本当の元凶も叩かないとな。
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