呼び出し

 

 魔界の風邪に似た症状だということを説明した。


「病気になってから結構時間が経っているんだな?」


「はい。もう一年ぐらいでしょうか」


 魔界の風邪なら一週間ぐらいで終わりだ。死に至る。症状は似ているが、同じものじゃないのかな。


「その病気は前例があったりするのか? 人族での話だが」


「いえ、私は知らない病気です。ご近所さんもこんな症状は知らないと」


 とりあえず、ディーンたちやドワーフを見てみる。


「儂は知らんのう。ドワーフ族でもそんな病気はないわい」


「私も知りません」


 大男と少女も顔を横に振って知らないとアピールしてきた。


 人族としては初めて見る病気の症状か。


「リエルを紹介してやってもいい」


「あ、ありがとうございます!」


 メノウは何度も頭を下げて感謝の言葉を投げかけてくる。ちょっと言いづらいが仕方ないな。ちゃんと言っておかないと。


「喜ぶのはまだ早い。以前、リエルから聞いたのだが、病気を治す治癒魔法というのは病気の原因を取り除くものらしい。つまり原因が分からないと治せない」


「え……?」


「魔界の風邪の症状をリエルに教えた時、『それは呪いかなにかだ』という旨の発言をしていた。おそらくそういう症状の病気をリエルも知らないと思う」


「な、治せないと言うことですか……?」


 メノウは目に涙を溜めている。希望を摘んでしまうような事を言ってしまったが、ぬか喜びさせるわけにもいかないからな。


「まあ、待て。実際に見たりすれば何か分かるかもしれない。ちなみに弟ってどこに居るんだ?」


「ここからさらに南です。ロモン国境付近の町にいます」


「分かった。まずここにリエルを呼ぶから一緒に行け」


「はい?」


 リエルには直接念話を送れないから、まずはジョゼフィーヌに送るか。まずはチャンネルの接続。そして会話。


「ジョゼフィーヌか? リエルにドワーフの村に来いと伝えてくれ。カブトムシを使っていいから明日中に来るように手配してくれ」


 すると向こうから『一度切ります。しばらくお待ちください』と聞こえてきた。


「あ、あの?」


「ああ、ここに呼んだ。明日には来ると思う」


「フェルさん。聖都からどんなに急いだとしても、二週間はかかりますよ?」


 聖都からならそうだろうが、ソドゴラ村から呼ぶだけなら一日だ。


「あ、あの、聖女様は不治の病では? 療養中なんですよね?」


「ああ、あれは嘘だ。事情があるから言えないがアイツは元気だ。こき使っていいぞ」


 メノウが放心状態になっている気がする。ああいう嘘は良くなかったかな。


 そんなことを考えていたら念話が届いた。知らないチャンネルからだ。誰だ?


『フェルか? リエルだけど』


「リエル? なんでお前が私のチャンネルを知ってる?」


『あん? ヴァイアがぱぱっと作った魔道具だから術式は知らねぇ』


 相変わらずヴァイアは頭がおかしい。こんな短時間で念話用の魔道具を作るなよ。


『んで、さっき聞いたんだけど、俺がドワーフの村に行くのか?』


「ああ、村というか町っぽくなっているがな。カブトムシを使っていいから明日中に来てくれ」


『いいか? 人は、空を、飛ばねぇんだ。覚えとけ』


 面倒くさいな。気絶させてしまえば飛んだって分からないだろうに。


 ふと、ディーンと大男がいるのが目に入った。これだ。


「男を紹介してやる」


『ほう?』


「しかも二人だ」


『ほほう?』


「一人は若いが将来有望だ。もう一人はワイルド」


『親友が困ってるなら、何をおいても駆けつけるぜ?』


 ちょろい。


「じゃあ、頼む。そうそう、理由を伝えてなかったな。お前に治癒してもらいたい患者がいる。以前話した魔界の風邪のこと、覚えているだろ? アレに似た症状らしい。以前、呪いとか言っていたが、見てやってくれないか?」


『マジか、あんな症状出る奴がいるとはな。いいぜ、診てやるよ』


「悪いな。一度ここで患者の姉を拾ってから、また別の場所に移動することになるから、色々と準備しておいてくれ」


『ああ、わかった。ところで、二人の男ってイケメン?』


「お前のストライクゾーンに入るかどうかは分からんが、顔の造形はいいぞ」


『うひょー! 絶対行く』


 うひょーって言った。なんでコイツは聖女なんだろう?


「じゃあ、頼む」


 チャンネルの接続が切れた。これで手配は済んだ。明日になれば着くだろう。朝早く出ても着くのは夜かな。


「あ、あの……?」


 メノウが心配そうにこちらを覗き込んでくる。


「リエルをここに呼んだ。明日の夜には到着するはずだ。乗り物も用意してあるから、それに乗って弟のいる町まで向かえ」


「あ、あ、ありがとうございます!」


「喜ぶのは早いと言ったろ? 原因が分からなければ治せない。今のうちに可能性のある原因を書き出しておけ。どこかの沼に落ちたとか、変な物を食べたとか、病気になった頃になにか特別なことが無かったかでもいいと思う」


「は、はい! 頑張って病気になった頃の事を思い出します! ……あ、でもお金はどうすれば? ほとんどをギルドに預けていて手持ちはあまりないんですが……」


 リエルはお金に困っているけど、高い寄付を要求するかな? いや、男を紹介するんだからお金は要らないな。


「大丈夫だ。この二人を紹介することになったからお金のやり取りは発生しない。とは言え、気持ちぐらいは寄付してやってくれ」


 男二人が、訳が分からない、という顔をしている。


「あの、フェルさん? 紹介するってどういう事でしょうか?」


「言葉通りの意味だ。明日、聖女を紹介してやる」


「聖女と縁を結べるのはありがたいのですが理由が分かりません」


「分からなくていい」


 これで一通り終わったかな。さて、部屋に戻ろう。


「あ、あの……!」


 メノウに呼び止められた。まだ何かあるのだろうか?


「えっと、どうして良くしてくれるのですか? 失礼ですが、魔族ですよね?」


「今、魔族は好感度アップのキャンペーン中だ。お前にリエルを紹介するぐらいの手間なら別に問題はない。かなり面倒な事を手伝わせようとする場合は断るがな」


 その言葉にメノウは何度もお礼を言いながら頭を下げた後、「当時の事を紙に書きだしておきます!」といって食堂から出て行った。自分の部屋へ向かったのだろう。


 それを見送った後、ディーンたちを見ると苦笑いをしていた。私を利用することを、まだ諦めてない気がする。


 そうだ、戦略魔道具の事を聞いておかないと。助けてはやらんが情報は貰おう。


「戦略魔道具の事を教えてくれ」


「えっと、ここではちょっと」


「ドワーフのおっさんに聞かれても問題ないだろ? いいから、どんな状況なのか教えてくれ」


「そうじゃ、儂、口は堅い方じゃぞ?」


 黙っていてくれと言ったメノウの名前を一瞬でばらしたけどな。


 ディーンは一度ため息をついて、こちらを見つめてきた。


「実は状況はほとんど変わっていません。魔道具の解析がうまく進んでいないようですね」


「なんだ。それなら聞かれても問題ないじゃないか」


「ですが、戦略魔道具とは関係なく境界の森に攻め込もうとしている勢力があると聞いています」


 なんだそれ? コイツら傭兵団はともかく、他の奴らはエルフに勝てるのか?


「攻め込むというよりは、誰かを探していて、その誰かが森にいるのではないか、という情報なのです。探し出すために軍を動かす可能性があると言っていましたね」


「そうか。面倒な事が多いな」


 攻め込んでくるようならエルフ達を助けてやらないとな。これも防衛の一種だろう。あの嫌な奴との協定を破ったことにはならないはずだ。多分。でも、誰を探しているのかな。ミトルか?


 よし、部屋に戻ろう。魔王様がいつ来られてもいいようにしておかないとな。


「フェルさん、ちょっとお聞きしたいのですが」


 今度はディーンに引き留められた。無視したいがリエルにディーンと大男を売ってしまったのでちょっと罪悪感がある。仕方ない、聞いてやるか。


「なんだ? 手短にしろよ」


「魔王のことです」


「またか、いい加減にしろ。魔王様も私もお前を手伝うことはない」


 周囲が硬直したのが分かった。いかん、少し殺気が漏れてしまった。落ち着こう、深呼吸だ。


「い、いえ、謁見させてほしいという話ではありません。この宿に来る理由を聞きたいのです。魔王とは魔族の王であるという程度しか知りません。そして魔界から来ることはほとんどない、と聞いています」


「ほとんどないだけだ。過去にも何度か人界に来たことはあっただろう?」


 魔界にある昔の文献で読んだことがある。過去の魔王は何度か人界に来たはずだ。


「そうです。ですが、その度に人界は尋常でない被害を受けたと記録されています。ウルから聞いたのですが、フェルさんは人族と信頼関係を結ぶという考えを持っているそうですね? そのことは魔王の許可を得ているのですか?」


 ウルから聞いた? ああ、尋問という名のおしゃべりをしたときそんな話をした気がする。


 そうか、魔王様の指示で人族と友好的な関係を結ぼうとしていることを知らないのか。そういえば、コイツらには言ってなかったかも。だから魔王様が来るということで心配していたのかな?


 でも、そんな相手に謁見させろと言うのは、なりふり構っていられない状況なんだろうか。どうでもいいけど。


「もちろん魔王様も知っている。というより、魔王様の指示で人族と友好的な関係になろうとしている」


 今は魔王様の指示がなくても友好的になろうと思っているけどな。


「そうでしたか。では、ここに来るのは危険な理由ではないのですね?」


「当たり前だ。面倒だから教えてやるが、魔王様と私は大坑道に用事があるだけだ」


「大坑道? 魔物暴走をどうにかするのでしょうか?」


「それは分からん。魔王様がそこに行く理由は知らないからな」


 そもそも魔物暴走を起こしているきっかけを作ったのが魔王様だからな。最終的には止めると思うけどどうなんだろう? 多分、今日の夜に色々教えてもらえるのだろう。そう思うとちょっと楽しみになってきた。早く部屋に戻りたい。


「よし、今度こそ終わりだな。部屋に戻る」


「ちょっと待たんか」


 今度はドワーフのおっさんに止められた。いい加減にしろ。


「今の話からすると、儂の宿に魔王が泊まるのか?」


「問題あるか?」


 誰が泊まるとまでは言ってなかった気がする。もしかして、魔王様を泊めることは出来ないとか言い出す気か?


 ここ以外の宿を知らないが、魔族を泊めてくれるような場所はなさそうだし、断られたら困るのだが。


「魔王が泊まった宿ということでアピールしていいかのう? 魔王が泊まった宿――いや、魔王御用達の宿! これは売りになる!」


「……別に構わないが、人族は来ないんじゃないか?」


 魔族なら来るかもしれないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る