成長

 

 落ち着いたら腹が減った。しかし、ニアが食事を作れないとなると、どうすればいいのだろうか。


 そうだ、ヤトに作って貰おう。ニアから料理を学んでいるはずだからそれなりに作れるはずだ。


「今日はヤトが朝食を作ってくれないか? 金は払う」


 ヤトの耳がピンと上を向いた。


「ニャ!? わ、私が料理するのですかニャ!?」


「そうだ、ニアに教わっているんだろう? ロンに厨房を使用する許可が出てからの話だが――」


「いいぞ、俺も食べてみたいからな!」


 決断が早いな。というか、ロンも食べるのか。


「おう、俺も味見をしてやるぜ!」


「いや、リエルも金を払え……そうか、私が払うことになるのか。まあ、いつもの事か。じゃあ、三食分頼む」


 ヤトは一度目をつぶってから、くわっと見開いた。


「分かったニャ! 朝食を作らせてもらうニャ!」


「楽しみにしてる。頑張ってくれ」


 ヤトはエプロンと頭巾を装備して厨房に向かった。かなりやる気になっているようだが、私を唸らせる料理が作れるだろうか? 今の私はグルメだぞ?


「これは売れるかもしれないな!」


 ロンが興奮気味に何か言い出した。多分、ろくでもないことを思い付いたのだろう。一応聞いてやるか。


「なにが売れるんだ?」


「ヤトちゃんの料理だよ。カミさんの料理は絶品だが、ヤトちゃんの料理には希少価値があると思わないか? 今日はカミさんが寝込んだから、普段より安い料金でパンを提供しようと思ってたんだ。だが、ヤトちゃんが作るなら正規の値段でも捌ける気がするだろ?」


 希少価値? 確かにヤトの料理を食べたことはない。希少といえば希少だが、正規の値段で売れるだろうか?


「客はニアの料理に金を払っているのだろう? 同じ料金でヤトが作っていたら詐欺にならないか?」


「もちろん注文の時に説明はするさ。その上で正規の値段を出せるか聞くんだ。駄目なら作り置きのパンを安く提供するだけだな」


 それなら詐欺にはならないか。ヤトに詐欺の片棒を担がせるわけにはいかないからな。


「それならいいか。ただ、正規の値段で食べてくれるかどうかは、希少かどうかとは関係ないと思うぞ? 私だってヤトが作ったとしても、不味ければお金を出してまで食べようとは思わないからな」


 無料なら残さず食う。


「それはこれから出てくる朝食で判断するつもりだ。二人とも審査員として判断してくれ」


 私とリエルは頷いた。ヤトが人界に来てからそれなりに経つ。試験みたいでちょっとドキドキしてきた。


 そうこうしていると、ヤトが作った朝食がテーブルに並べられた。


「サンドイッチと牛乳とゆで卵ですニャ」


 これはこれで料理なのだろうが、もうちょっと手の込んだものじゃないと判断が難しいな。


「ヤトちゃん。悪いんだけど、昼食と夕食も作ってみてくれないか? 一人分でいいから」


「どういう事ニャ?」


「昼食や夕食もヤトちゃんに任せようかと思っているんだ。お金を貰えるほどの料理か判断したいから、作ってみてくれ」


「わ、私が昼食と夕食も用意するのかニャ!?」


「カミさんがダウンしているからな。俺は料理できないし、やるならヤトちゃんしかいないだろう? それとも無理か?」


 ヤトが固まっている。こんな姿は魔界でも見たことはない。


「やらせてもらうニャ!」


 ヤトが急に動き出したと思ったら、かなりやる気になっている。


「じゃあ、条件を付けるぞ。材料は好きに使っていいが、昼は大銅貨三枚、夜は大銅貨五枚の料金で利益が出るぐらいに抑えてくれ。あと、調理の時間はそれぞれ十分以内だ。まず昼食からだな。厳しく評価するぞ?」


「分かったニャ! 頑張るニャ!」


 ヤトはまた厨房の方に戻って行った。早速昼食を作るのか。よし、全力で評価してやる。


 まずは朝食を食べてみるか。そんなに難しい料理じゃないし、問題はないと思うけど。


 サンドイッチをかじる。具はトマトとレタスだけかな? 個人的には肉も入れてほしかったけど、朝ならこんなものか。


 ゆで卵が実は半熟だったという罠は無かった。おお、しかもツルリとむけた。今日はいい日だ。リエルは下手くそだな。殻がボロボロだ。


 牛乳は普通だ。これは調理じゃないな。砂糖を入れていたら褒めたんだが。


 判定。普通。だが、朝食として出す分には問題ないと思う。


 ロンとリエルを見ても、まあ問題なしという顔だ。問題は昼食だな。


 しばらく待つと、ヤトが厨房から鬼気迫る顔をして出てきた。殺し屋の顔をしている。


「勝負ニャ!」


 テーブルの上に麺みたいなものが置かれた。スパゲティというやつだろうか。


「いただきます」


 うん、うまい、と思う。魔界でなら絶賛されるだろう。しかし、村の奴らはこれに金を払うかな? 私なら払ってもいいが……ロンやリエルの判断はどうだろう。


 そして三人とも食べ終わった。


「私なら金を払っていいとは思った」


「俺も払えるな」


「そうだな。村の奴らもこれなら金を払うだろう」


 ヤトがガッツポーズをした。珍しい。尻尾が荒ぶっている。


「じゃあ、ヤトちゃん、次は夕食だ。さっきの条件を覚えているな? 頑張ってくれよ」


 ヤトが頷くとゆっくりと厨房に向かった。死地に赴く戦士のような後ろ姿だ。


「あれなら金取ってもいいと思うぜ? しかもヤトの手作りだし、男どもが食わねぇわけねぇよ」


「そうだな。あれなら金を取れる。ヤトちゃんの手作りってところがポイント高いからな」


「ヤトが作ったというだけで売れるのか? 味はどうだったんだ?」


 二人とも黙った。もしかして味は駄目だったのか。味も問題なかったと思ったけどな。


「いや、普通よりは美味かったぜ? ただ、ニアの料理と比べるとかなり落ちるだろ? ヤトの手作りという付加価値があって初めて同じ料金かな」


「ニアと比較したら誰だって味は落ちるだろうが」


「それを付加価値で補ってるんじゃねぇか。むしろ、手作りってだけで補えるヤトがすげぇんだよ」


 ロンが「猫耳って偉大だな」と言いながら頷いた。


 お前らのその価値観がわからん。猫耳ってそんなにいいのだろうか?


 そういえば、開発部の奴がくる。猫耳を研究させよう。それに今日の夜には総務部の奴もくる。急ぐ必要は無くなったが、念のため急いで持ってきてもらおう。あと、ヤトの料理を食べてもらうか。どう反応するかな?


 そんなことを考えていたら、ヤトが料理を持ってきた。


 ワイルドボアのステーキだ。私が料理した時みたいに肉が黒くない。これなら大丈夫だろう。


「お待ちどおですニャ!」


 気合が入っている。こちらも気合を入れて食べよう。


 三人分に切り分けて、肉を食べる。


 うん、味付けもいいし、焼き加減も好みだ。美味いと言えるだろう。


「お、これは文句なくうめぇな」


「ああ、これなら村の奴らも文句は言わんだろう」


「ヤト、頑張ったな。お前の成長をうれしく思うぞ」


 ヤトがこちらを向いて目に涙を溜めた。そこまでうれしいのか?


「フェ、フェル様! やりましたニャ!」


 ヤトが抱きついて来た、というのは甘い表現で、思い切りタックルされた。とても痛い。しかも腕力が強い。抱きしめられて、はっきり言うと苦しい。


「ヤ――、はな――、くる――」


 声が出ないほど顔を抱きしめられている。ヤトの背が高いから胸が顔に当たってムカつくし。色々と精神的にダメージを受けた。くそう。


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