深淵

 

 なんか魔物達がアンリの事で盛り上がってる。どう考えても、私がここにいる必要はない。


「フェルさん、宿に行こうとしないでください」


「いや、私は必要じゃないみたいだし」


「ほぼすべての元凶でしょう?」


 心外だ。確かにアラクネを従魔化したり、大狼に戦いを仕掛けたり、ドッペルゲンガーに報復しようとしたり、ついでにダンゴムシを倒そうとしたけど、それだけだ。それに戦ったのは私じゃないぞ。


「これだけの魔物が村に住むというのは無理です。なんとかしてください」


 酷い丸投げをみた。しかし、こんなのをどうすればいいのだろう? さすがに狼が多すぎる。というか森にいればいいのでは?


 そんなことを口走ったら魔物達にちょっと非難された。解せぬ。


「フェル姉ちゃん。ダンジョンを作って」


 ダンジョンか。そういえばそんなことを言っていたな。確かにダンジョンなら住処としては申し分ないだろう。魔物達の魔力で維持できそうだしな。でも、勝手に作るわけにはいかない。


「村長の許可は出たのか?」


「出なかった。でも大丈夫。作ってしまえばこっちのもの」


「せめて村長のいないところで言え」


 村長の方を見ると苦笑いだ。


 そして魔物達が村長を取り囲んだ。やめろ。


「許可を出さない訳にはいかないようですな? しかし、ダンジョンを作ると言うのはどういうことなのでしょう? 村の地下にダンジョンが出来るということでしょうか?」


「正確には違う。簡単に言えば空間魔法のようなものだ。ダンジョンの入り口だけ作り、中は亜空間になっている。例え入り口が地下に行くような階段であっても地面を掘るようなものではない」


「なるほど。では畑に影響がでたり、地盤沈下したりする心配はないのですな?」


「もちろんだ。そういうことはない」


 村長は考えるような仕草になり、その後、頷いた。


「いいでしょう。村にダンジョンの入り口を作ることを許可します」


 魔物達から歓声が上がった。朝っぱらから近所迷惑だぞ。


「ただし、魔物の皆さんは人族のルールに従ってもらいますぞ。もしルールを破ったら村から出て行ってもらいますからな?」


 村長がそう言うと、ジョゼフィーヌが「それは私が責任を持って守らせます」と言った。幼女なのに凛々しい。さすが私の従魔……だよな?


 とりあえず、村長に通訳した。今までも問題は無かったから大丈夫だろう。魔物達はジョゼフィーヌのいう事なら聞くと思うし。


「では、フェルさん。ダンジョンの方をお願いしてよろしいですかな?」


「分かった。引き受けよう」


 ちょっと抵抗があるが、村長の許可があるなら特に気にする必要はないだろう。魔王様にも怒られないと思う。多分。


 ダンジョンの細かい設定はジョゼフィーヌ達に任せよう。私はダンジョンコアを使って作るだけだ。丁度、ダンジョンコアを回収したからな。


「ダンジョンをどのように作るかはお前たちに任せる。私は食事してくるから決めておいてくれ」


 そう言うと、アンリが村長から飛び降りて魔剣を掲げた。


「第四回魔物会議を始める」


 この広場でやるのか。すごく邪魔だと思うけど、使ってないからいいのかな。まあ、好きにしてほしい。さあ、朝食だ。


 宿に向かおうとしたら、アンリが足に抱きついて来た。私を会議に出席させるつもりか。


「アンリ、私は食事がしたい。腹ペコだ」


「フェル姉ちゃんは、みんなの住むところと朝食、どっちが大事なの?」


 これはアレか。私と仕事とどっちが大事なの、という質問と同種だ。答え方によっては関係が壊れてしまうだろう。だが、甘い。そんな質問で壊れる関係なら最初から無いも同じだ。私は自分に正直に生きる。


「朝食だ」


「聞き方を間違えた。右足と朝食、どっちが大事?」


「右足だ。早く終わらせろよ?」


 折れないとは思うけど、カリスマパワーでなにかされたら困る。ここは素直に会議に参加しよう。


「村長、ディア、そういうわけで、ちょっとここで会議をする。狼たちは心配ないから村の奴らに大丈夫だと伝えてくれ」


「分かりました。ディア君、すまないが皆に伝えてくれるかね? 私は村の西側に伝えておくから、東側をお願いする」


「分かりました。伝えておきます」


 二人はそれぞれ伝えに行ったようだ。こっちはこれでいいかな。


「私は仕事があるので戻りますニャ」


 ヤトは宿に戻るようだ。とりあえず、朝食を頼んでおいた。会議が終わったらすぐ食べたい。


 会議は自己紹介から始まった。そっからか。


 大狼、アラクネ、ドッペルゲンガー、ダンゴムシがそれぞれ自己紹介をした。


 アラクネとダンゴムシ以外は仕事をこれから探すようだ。アラクネは裁縫、ダンゴムシは畑を耕すらしい。お前ら強いんだよな?


 一応、大狼は森のパトロールをしようと考えているらしい。意思疎通の出来ない魔物もいるし、食事も必要だからということで子飼いの狼たちを森に張り巡らせるつもりのようだ。


 ドッペルゲンガーは、現時点では仕事を考えていないらしい。ただ、同族をこの村に呼んで色々と考えるとのことだ。ちなみに私の姿にはもう変身しないと怯えた感じで言った。


「人界に来た時から、記憶がぼやけている部分があるのですけど、何かしました?」


「知るか。記憶を読むのは、お前の能力なんだろ? 私に聞かないでくれ」


「じゃあ、魔界での記憶って本物ですか?」


「だから、それはお前の能力だろ? 何の記憶を見たか知らないし、答えようがない」


「そうでしたね。いえ、何も言いません。長生きしたいので。約束は守るって評判なんですよ、私」


 どこの評判だか知らないが、面倒な事にならなければなんでもいい。


 そんなこんなでようやくダンジョンの話になった。


 従魔達の意見をまとめたらこんな感じになった。


 入り口は畑にある小屋のすぐそば。畑なら村の入り口を使わずに行くことができるから、という理由だった。畑で働いている奴らの邪魔になるかもしれないが、すでに従魔達が小屋に住んでいるし、いまさらだろう。


 ダンジョンの階層は可変型。ダンジョン内の維持管理機能で拡張し続けるタイプにしてほしいと言われた。どうやら今後も魔物が増える可能性があるらしい。別にいいけど、森の生態系を狂わせるなよ。手遅れな気もするが。


 そして、フロア単位に魔物に適した場所を作ってほしいと言われた。仕方ないので拡張時のフロアはランダム生成にしよう。どんなフロアが出来ても恨まないでほしい。


 最初はこんなものだろう。何かあればその都度変更すればいい。とりあえず、ダンジョンコアを置く制御ルームと入り口を転送機能で繋いでおけば出入りも自由だからな。


「この条件で作ってやるが、それは食事の後だ」


 さて、宿にもどろう。今日の朝食はなんだろうか。卵で攻めてほしい。


「待って。まだダンジョンの名前が決まってない。一番大事」


「名前? ダンジョンに名前なんていらないだろう? 何だったらソドゴラでいいと思うぞ」


「そんなんじゃ駄目。このダンジョンはみんなの家。格好いい名前をつけたい」


 遠回しにソドゴラは格好良くないと言った。私もそう思うが。


 従魔達が意見を言い出した。早く決めてほしい。お腹と背中がくっ付きそうだし、これ以上胸が引っ込んだら困る。


「あれ? まだやってたの?」


 ディアが近づいてきた。帰ってきたという事は、みんなへ連絡が終わったのだろう。


「ディア姉ちゃん。ダンジョンの名前で、いい案はない?」


 ディアに聞くこと自体が、いい案じゃないと思うぞ。


「おっと、アンリちゃん。そういうのを私に聞いちゃう? 私が温めてきた格好いい名前が火を噴いちゃうよ?」


「ダンジョンの概要はこんな感じだから、それに合わせた格好いい名前がいい」


 アンリがディアにダンジョンについて説明している。ダンジョンの説明って必要なのか?


「うーん、そうだね……むむ! ビビッと来たよ! 危険な魔物達が住むダンジョン。そのダンジョンは少しずつ大きくなり、いつか人界すら飲み込むことになる……。そのダンジョンの名は……」


 なんのキャッチコピーだ。しかも言葉を溜めた。


「ディア姉ちゃん、その名は?」


 アンリも従魔達も固唾を飲んで見守っている。早く言え。


「そのダンジョンの名は……『深淵』!」


 魔物達から感嘆の声が上がった。いいのか? 私はセンスがないからよく分からん。


「ふっふっふ、みんな、気が早いよ。深淵というのは、別の言い方があるんだ。そう、それは『アビス』!」


 へー。


「ダンジョンの名前は『アビス』でどうかな!?」


 周囲の奴らは黙ってしまった。こっちはセンスがない名前なのか。さっぱりわからんが。


 そんな風に思っていたら、次の瞬間、雄叫びが上がった。みんな大喜びだ。どうした?


「ディア姉ちゃんはセンスの塊。この名前は千年語り継がれる……!」


 そんなわけあるか。

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