魔物事典
ディア、リエルと共にギルドの建物に入った。
カウンターには開きっぱなしの本がそのまま置かれていた。読もうとしたときに悲鳴が上がったからな。そのままドッペルゲンガーを牢屋に入れたりしたから、手つかずのままだ。
「もしかして、これが魔物事典か? なんだよ、ボロいノートじゃねぇか。これで金取んのかよ?」
「リエルちゃん、お金払ってないよね? だったら文句言わないで。これはいわゆる地域限定の魔物事典なの。こういうのは各ギルドで作るものだからね? 冒険者にとって、こういう情報はお金に変えられないぐらいの価値があるんだから、大事な物なんだよ?」
「いや、お前、初めて見たとか言わなかったか?」
「えーと、ヌシのページだね? 多分、魔物達が言っている四天王が私達の言っているヌシの事だね」
私の質問はスルーされた。まあいいか。いつもの事だ。
「最初のページは大狼だね。だれが呼んだか知らないけど、カラミティウルフって言うらしいね。大狼さんが言った通りなのかな?」
「そうだな。自身でそう言っていた。ドッペルゲンガーの事じゃないが、一応、他に何が書いてあるか教えてくれ。払ったお金がもったいないから」
「この村ができる以前からいるみたいだね。夜にしかでない、好戦的、というのが特徴みたい。村や、村の人は襲われたことは無くて、商人さんとかが襲われているね。被害が多いのは、ここよりも東の方かな? リーンに行く途中の休憩所付近だね。このことは前任者から聞いた情報と同じかな」
この村が出来た頃には既に呪われていたのか。大狼はここから北東の方に居たから、東の方で襲うのが多かったのかな?
「この村が出来たのはいつ頃なんだ?」
「五、六年前だよ」
「ずいぶんと、若い村なんだな? 二、三十年は経っているのかと思った」
「今の村長が興した村だからね。当時、村長の娘さんとその旦那さん、そして赤ちゃんだったアンリちゃんを連れて、ここに来たって聞いたことがあるよ」
「赤ちゃんを連れて村を開拓したのか? 無謀じゃないのか?」
「まあ、アンリちゃんだからね!」
そう言われると、根拠はないが、何となく大丈夫な気がするな。事実、大丈夫だったみたいだし。
「情報はこれくらいだね。えーと、次はヘルビートルだね」
「いや、それはいい」
「なんでだよ、聞こうぜ? 金払ったんだろ?」
なんとなく聞いたら後悔するような気がする。それに良く知っているような気がするんだよな。
いや、よく考えたらそんな偶然は無いだろう。
「よし、覚悟を決めた。教えてくれ。何があっても後悔しない」
「なんで覚悟がいるのか知らないけど、とりあえず読むね。えーと、ヘルビートルは大きなカブトムシであるって、あれ?」
「なあ、俺、大きなカブトムシって知ってるんだけど?」
「私も知ってるよ?」
奇遇だな。私も知ってる。だが、それだけでは同じ個体かどうか分からないよな。まだ、希望はある。
「続けてくれ」
「通常、カブトムシは大人しい魔物で、エルフ達はそれに荷台を運ばせていると言う噂がある、と。それ、噂じゃないよね。エルフさん達、カブトムシを使ってこの村に来ていたし」
「この村ってマジでエルフが来るんだな。フェル、ちゃんと紹介しろよ? そうだ、以前言った通り、結婚式に呼べよ? いい男だったら、その場で俺も結婚してやる」
そうだ、紹介するの忘れてた。結婚式にも一応呼んでやるか。私の食べる料理が減るのは嫌だが、約束だから仕方あるまい。
「分かった、エルフの村に念話できる魔道具が村長の家にあった気がする。結婚式に呼ぶとしよう。その場での結婚は好きにしろ」
「じゃあ、続きだね。えーと、飛ぶ、って書いてあるね。普通、カブトムシは飛べないみたい。飛べても、低空飛行や短い時間だけらしいよ。なんというか、決まりだね」
「いや、別の個体かもしれない。早計だぞ」
「あとで聞けばいいじゃねぇか。大体、アイツが四天王だったとしても問題ないだろ?」
それはそうなんだが、カブトムシを捕まえたのはスライムちゃん達なんだよな。どういう風に捕まえたのかは知らないが、多分、拳と拳で語り合った気がする。という事は、スライムちゃん達は、四天王の一角を落としたわけだ。絶対に調子に乗る。森を支配しましょうとか言い出しそうだ。
「この件は誰にも言うなよ。特にスライムちゃん達には言うな」
「どういう理由か分からないけど、分かったよ」
「仕方ねぇな。飯を奢って貰っているから言わないでやるよ」
「じゃあ、次だね。次はインフェルノスパイダーか」
「いや、それはいい」
「さっきから、なんなのフェルちゃん。お金払ってるんだから、遠慮なく聞いてよ」
なんとなく、ソイツも知っている気がする。でもジャイアントスパイダーみたいな感じかもしれないから、一応聞いておくか。
「えーと、インフェルノスパイダーはアラクネである、だって」
「あん? アラクネ?」
まだだ。まだ大丈夫だ。森にアラクネが沢山いるかもしれない。
「この森にいる唯一のアラクネで森の東に住んでいるらしいよ。この辺は大狼さんが言ったのと同じだね」
「もしかして、あのアラクネか?」
「可能性の話だ。これだけじゃ分からん。他には何かあるか?」
「もしかして知ってるの? えーと、人族を襲うけど、服だけ奪っていくんだって。あと、木の上の方で寝てるのを目撃されてるみたい。それと、数年前から目撃証言がなかったみたいだよ? どこかに行ってしまったのか、討伐されたのか分からないけど」
服を奪う。これだけで、あのアラクネの可能性が高い。そして数年前から目撃証言がなかった、か。あの領主の次男に捕まっていたのかな?
「リエル、あのアラクネがいつ頃から牢屋にいたか知っているか?」
「詳しくは知らねぇけど、数年前からいたらしいぜ? かなりの古株だって言ってた気がする」
可能性が増えてしまった。まあいいか。例え四天王だったとしても問題はない。スライムちゃん達が調子に乗らなければいいのだ。
だが、この村に四天王の二体が滞在するのは大丈夫なのだろうか。それにあの大狼やドッペルゲンガーにヤトが勝っている。この村に過剰な戦力がそろっているのだが。
いや、それは今考えることではないな。
「インフェルノスパイダーについてはもういい。ドッペルゲンガーについて教えてくれ」
「ちょっと待ってね。えーと……あれ? 四体目のヌシはドッペルゲンガーじゃないみたい」
一番欲しい情報がないじゃないか。とはいえ、姿を変えるから人族の情報になくても仕方ないか。
「ちなみにヌシは何だ?」
「ダンゴムシだって。名称はパラサイトピルバグ。魔物にくっ付いて血を吸い、養分を得るんだって」
ふと、リエルの方を見てしまった。ディアもリエルを見た。
「なんで二人は俺を見るんだ?」
親友らしいから言わないでやろう。本当のことを言うと傷つくからな。
「リエルちゃんはフェルちゃんにお金をせびっているから、寄生してるよね? もしかしてヌシ?」
おい、親友。
「やめろ。二人ともほっぺたが伸びるぞ。地味な戦いをするんじゃない。いいから情報をよこせ」
「まったく、リエルちゃんは酷いよね。魔物事典に記入するよ?」
「それなら、ブラッディニードルも入れとけよ?」
二回戦が始まった。
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