ドッペルゲンガー
結婚男とオーク達を襲われた借りがあるから、正直なところ四天王とやらの討伐は引き受けたくない。
そもそも四天王ってコイツ以外誰がいるのだろう? ヌシと同じ奴なのかな?
考えていたら、上の階が騒がしくなった。慌ただしく階段を下りてくる音がする。
「フェルさん! こちらですか!?」
ノストだった。随分と慌てている感じだ。
「どうかしたのか?」
「急いで外に来てもらえますか! フェルさんを出せと魔物が来ています!」
魔物? アラクネかな? リーンから帰るときに別れたきりだからな。でも、ノストはアラクネに面識があるよな? そんなに慌てるような事ではないと思うが。もしかして別件か?
「分かった、すぐに行く」
ギルドの地下にいた全員で外に出ることにした。
「え? あの、私はどうなります?」
ドッペルゲンガーが何か言っているけど、まずは放っておこう。
ギルドから広場に出ると、大狼がいた。どうやら村の入り口でヤトが対峙しているようだ。争ってはいないようで、大狼も村に入らずに座って待っているように見える。
大狼は私の方を確認すると、頭を下げてきた。
「お前の言う通り呪いが解けた。昼間でも普通に動けるのを確認したので礼を言いに来たのだ。感謝する」
「律儀だな」
「何十年も呪いに掛かったままだったのだ。この喜びは言葉では表現できん」
代わりに尻尾でかなり表現されていると思うぞ。
「そうか。こちらも村の住人を襲った奴が見つかったので、とりあえずは落ち着いた」
「言った通り、我ではなかっただろう?」
「そうだな。襲ったのはお前ではない」
「あの、フェルさん」
結婚男が話しかけてきた。どうしたのだろう?
「どのような話をしているかわかりませんが、私を襲ったのはその狼ですよ? 姿形がそっくりです」
「いや、お前を襲ったのは牢屋にいたドッペルゲンガーだ。コイツの姿を真似ていたんだろう。見た目は同じだが、違う奴だ」
そこまで言ってからなんとなく不思議に思った。なんだろう? 違和感がある。そうだ、アイツは噛みつかないと姿を真似ることができないはずだ。ということは、この大狼を噛んだことがある?
「おい! ドッペルゲンガーがこの村にいるのか!?」
大狼が殺気を放ちながら戦闘態勢になった。なんだいきなり。
「牢屋に入れているが?」
「そいつを寄越せ! あいつらの族長が私に呪いをかけたのだ! 噛み殺してやる!」
大狼が今にも飛びかかるぐらいに威嚇してきた。呪いをかけたと言うが、呪いの媒体になっていたのはダンゴムシだ。アレに寄生されていたんだよな?
「いやいや、それは困りますよ? まだ、死にたくないですからね」
声がした方を向くと、結婚女の首に背中から右腕を回して拘束しているドッペルゲンガーがいた。
「オリエ!」
「貴方!」
結婚男は吹き飛ばされたのか、地面に倒れている。ギルドの入り口に一番近かった結婚女を人質に取られたか。
同じく近くにいたディアや村長は、ノストに庇われて少しづつ後ずさりしている。
「どうやって牢屋を出た?」
「私はドッペルゲンガーですよ? 格子の隙間を通り抜けられるほど小さくもなれますので簡単に出れますよ」
「女を人質にしているのは、何の真似だ?」
「まあ、話を聞いてください。私と取引しませんか?」
「取引?」
「はい。この村から東にいる四天王の一体。そいつを生きたまま連れてきてください。そうすれば、この女性は無傷で返しますよ?」
四天王か。この大狼じゃだめなのだろうか?
「コイツじゃ駄目なのか?」
大狼を指しながら聞いてみる。多分、コイツも四天王の一体だとは思うのだが。
「駄目ですね。ソイツはもう必要ないです。しかし、いつの間にか呪いが解けているとは驚きましたよ?」
「貴様が我を呪った本人か! 食い殺してやる!」
「おっと、この女性はお前と関係ないでしょうが、襲えばこの腕に強い力が掛かりますよ? 首の骨がポキッといっちゃいますから気を付けてくださいね?」
「襲うなよ?」
大狼はうなりをあげているが、飛びかかろうとはしないようだ。一応義理を果たしてくれるようだ。
ヤトの方をちらりと見ると、少しだけ頷くのが見えた。隙を見て影移動を使い、人質を救出してくれるだろう。なら、私は気を引くか。
「理由を教えろ。牢屋では討伐してくれと言っていたな? なぜ今度は生きたまま連れて来るんだ?」
「それを言うつもりはありませんね。大体、主導権はこっちが握っているんです。質問できる立場じゃないでしょう? この女性の首が変な方向に曲がりますよ?」
「私は魔族だ。お前とその女を一緒に殺すことだって出来るぞ?」
出来ないけど、ブラフは大事。
「出来るならそんなことを言わずにやっているでしょう? それに男から記憶を奪っているんですよ? 貴方が人族にそういう事をしないのは分かってます」
バレてる。だが、問題ないな。今、ドッペルゲンガーに気づかれずにヤトが影に潜った。
次の瞬間、ヤトがドッペルゲンガーの背後から出て来て、首を抑えていた右腕を、背後から右手で掴む。首から腕を離し、結婚女とドッペルゲンガーを引き離した。
離れた瞬間に、結婚女とドッペルゲンガーの間へ転移する。これで安全は確保できただろう。
「イタダキマス!」
ドッペルゲンガーが瞬間的に煙に覆われると大狼になった。そして、そのまま私に噛みついた。結婚女を背後に庇っていたので躱せなかった。
しかし、特に痛みや傷はない。何の真似だろう?
「噛みました! 魔族を噛みましたよ! これで魔族の姿を手に入れた!」
私の姿と記憶を手に入れたという事か?
「貴方は最後にする予定でしたが、一番欲しかった魔族の姿を手に入れましたよ!」
ドッペルゲンガーが改めて煙に覆われると、私の姿に変身した。自分自身を見ると言うのは、なんというか不思議な感覚だ。
そんな感覚に戸惑っていたら、大狼が私の近くを駆け抜け、私の姿をしたドッペルゲンガーに噛みつこうとした。それを難なく躱し、大狼の鼻先にパンチを繰り出す。大狼が村の入り口の方に吹っ飛び、入り口のアーチが壊れた。
次にヤトが襲い掛かった。だが、ものすごい速さでヤトの腹にパンチを当て、吹っ飛ばした。いや、ヤトは自分で後方に飛んだのか? ダメージは受けているようだが、致命傷ではなさそうだ。
動きが速すぎる。もしかして、能力制限が解除された状態で姿を真似ているのか?
「ふは、ふははは、これが、これが魔族の体! 数十年待ちましたよ! 素晴らしい! 素晴らしすぎる!」
「おい、なんで私の力をそのまま使える? 大狼の時はほとんど力を使えていなかっただろう」
噛まれたとき、痛くなかった。私が頑丈という事もあるが明らかに全力であの程度だったはずだ。
「私の原型を見たでしょう? 私は人型のドッペルゲンガーなんですよ。人型の姿なら力を百パーセント真似できますよ!」
なんだか饒舌になったな。私の姿を奪えて興奮しているのか? 私の姿でハイテンションにならないでほしい。
「東の四天王がそれなりに人型なので、ソイツの姿を奪うか、戦っている隙をついて貴方の姿を奪うつもりでしたが、予定外に奪えてしまいましたよ!」
「その姿でどうするつもりだ?」
「さあ? 特に決めていませんね。だから、まずはこの森を支配しますかね? この体ならそれも可能でしょうからね?」
面倒なことになったな。
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