リエル

 

 慣れれば空の旅も快適だ。これは良いサービスになるのではないだろうか。遠出するときは利用するようにしよう。


 だが、乗ったことない奴と一緒に乗るのは駄目だな。


「お前ら、いい加減に離れろ。私に抱きついていても、落ちたら皆で死ぬんだぞ?」


「ふざけんな! 落ちたらフェルをクッションにして助かる!」


 リエルとシルキー、そしてバンシーが私にしがみついていた。


 バンシーは叫ぶのが得意なのにショックで叫べなくなっていた。本当の恐怖の前では声も出なくなるのか。トラウマにならなければいいけど。


 シルキーは「屋根掃除の訓練、屋根掃除の訓練」と独り言を言っている。家の屋根よりはるかに高いのだが、訓練になるのだろうか。


 キラービーは大丈夫らしい。結構な高度なので、怖いのは怖いらしいが、いざとなれば自分だけは助かるから問題ないと言っていた。ちょっと薄情だな。


 ドワーフのおっさんは、これぐらいで騒いだりはしないらしい。空を飛ぶことでイマジネーションを刺激されるかもしれん、と喜んでいるようだ。職人だな。


 ヴァイアは使い物にならなくなっていた。ノストに直前まで回答を貰えていなかったわけだから、ヴァイアからするとサプライズみたいなものなんだろう。私としては、ノストは仕事で来るのかよ、と思ったが、ヴァイアとしては特に気にしていないようだ。結婚式に間に合うといいけどな。ネタが増えるし。


 そんなこんなで空の旅は順調だ。それにようやく休憩地点が見えてきた。これで怖がっていた奴も少し落ち着けるだろう。




「昼食用の携帯食料を貰ったから食べよう」


 休憩地点に降りたので昼食にすることにした。亜空間から携帯食料を取り出して皆に配る。


「大地があるって素敵だな……」


 リエルが遠い目をしてそんなことをつぶやいた。シルキーやバンシーも頷いている。なにかを悟ったのだろう。


「村まであと半分あるからな?」


 三人とも昼食を食べる動作が止まり、絶望した顔になった。昼食を食べないなら私が食べるから遠慮なく言って欲しい。


「おっさんはどうだ? 大丈夫か?」


「なかなか得難い経験じゃのう! お前さんに付いてきて正解じゃったな!」


「それはまだ分からんが、楽しいならなによりだ」


「そうじゃ、この荷台だが儂に改良させんか? ゴンドラっぽくした方が安全じゃと思うぞ?」


 その言葉にカブトムシが食いついた。色々と提案しているが言葉は通じないようだ。通訳をつけないと駄目だな。スライムちゃんにでもやらせよう。金ならある。


 ヴァイアはどうしてるかなと思ったが……いいや。なんかトリップしてるし。


 とりあえず食事は終わったかな。


「よし、出発するぞ」


 短い悲鳴が起きた。例の三人だ。仕方ないので見えないパンチ改を放った。寝てろ。


 キラービーと一緒に、三人を荷台に括り付けた。最初からこうしておけばよかった。


 さあ、出発だ。




 三時間ほどで村が見えてきた。たった数日だが、なんだか懐かしいな。しかし、畑が広がってないか? 気のせいかな?


 広場の上でホバリングしていると、村の奴らが集まってきた。ディアが手を振っているのが見える。


 ゆっくりとカブトムシが着陸すると、皆からお帰りと言われた。


「ただいま。依頼を達成してきた。シスターを連れてきたぞ」


 なぜか歓声が上がった。ディアと女神教の爺さんと結婚する奴等以外は関係ないと思うけど。ああ、そうか。結婚式があれば食事がタダだからな。


「皆、フェルさんは疲れていると思う。話を聞きたいとは思うが、それは夜にしてくれ」


 どうやら村長は私を気遣ってくれているようだ。ここは言葉に甘えよう。


「そうだな。村長や爺さんへの報告とか、色々とやらなくてはいけないこともあるし、ちょっと疲れた。何かあるなら夜に宿に来てくれ」


 そう言うと皆は解散して仕事に戻って行った。しかし残った者もいる。ディアと村長と女神教の爺さんだ。


「フェルさん? 随分と人が多いようですが?」


「フェルちゃん! まさか、さらってきたの!? 三人は意識が無いよ!」


 三人とも荷台にうつ伏せで倒れていた。どうやら意識はまだ戻っていないようだ。


「違う。空を飛ぶのが怖いようだったので眠らせただけだ。とりあえず、意識のない奴を宿に寝かせたい。その後で、村長の家に行くから、そこで待っていてくれ。そうだ、一度で説明したいから村長と爺さんは一緒にいてほしい。構わないか?」


「構いませんぞ」


「そうじゃな。それでお願いしようかの」


「あ、私も私も!」


 一応、冒険者ギルドの依頼だから報告した方がいいかな? 村長を見ると軽く頷いた。


「わかった、ディアも村長の家で待っていてくれ。三人をベッドに置いたら、すぐに行くから」


 よし、まずは宿に向かおう。




「お帰り! 大丈夫だったかい?」


「フェル様、おかえりなさいませニャ」


 宿に入るとニアとヤトが出迎えてくれた。なんだかホッとするな。


「ただいま。早速で悪いんだが、コイツ等を寝かせたい。金を払うから部屋を貸してくれないか?」


「すぐに使える部屋があるからそこを使うといいよ。二階の一番手前だよ」


「助かる。ヤト、悪いが手伝ってくれるか」


「分かりましたニャ」


 意識のない奴をベッドの上に放り出した。あと、ヴァイアも宿に置いておこう。多分、使い物にならない。


 一応、ドワーフのおっさんとキラービーは連れて行こう。村に住むってことで村長に挨拶させないとな。


「村長や爺さんに色々報告しないといけないので、村長の家に行ってくる。悪いが後をよろしく頼む」


「あいよ、任せな」




 村長の家に入ると、村長と爺さん、それにディアが待っていた。


「待たせたか?」


「いえ、大丈夫ですよ。では、色々とお話を聞かせて頂けますかな?」


 ということで説明した。


 シスターを発見したこと。


 領主の次男とギルドマスターと司祭が犯罪者だったので、ぶちのめしたこと。


 領主に感謝されたこと。


 町にいたドワーフを連れてきたこと。


 魔物を連れてきたこと。


 大きくこの五点を説明した。


「それをこの数日でやったのですか? すごいですな」


「運が良かったのだろう。まあ、悪かったとも言えるが。とりあえず依頼は達成したから帰ってきた。今は意識がないから宿に置いてきたが、目を覚ましたら連れてくる」


 ディアがガッツポーズをした。まあ、いいんだけど、そのニヨニヨ顔はやめてほしい。


「ドワーフというのは、そちらの方ですかな?」


「ドワーフのグラヴェじゃ。鍛冶師としてランクは低いが、日用品を作るのは得意じゃ。村に住まわせてもらえると助かる」


「もちろん構いません。こちらこそよろしくお願いします。村には鍛冶師がいませんから助かります」


 こっちは問題ないようだな。


「そちらの方は……その、魔物なんですか?」


「そうだ、種族はキラービー。クィーンをやっていたらしい。ハチミツの研究がしたいそうだ。他にも別種族の魔物が二体いるが、今は宿で寝ている。それともう一体いるが、徒歩でこちらに向かっている最中だ」


 キラービーは人族の子供ぐらいの大きさなので、座面の位置が高い椅子に座っていた。私が村長に紹介した時に、椅子から下りて頭を下げたようだ。クィーンなのに頭を下げられるのはポイント高いな。


「そうでしたか。村の住人を襲わないなら問題ありませんよ。フェルさんの従魔でしょうし、スライムさん達が教育してくれると思いますので」


 スライムちゃん達の教育は徹底しているからな。魔界の奴らは問題を起こしたら強制送還だから、コイツ等の場合は村から追放になるかもしれないな。


「フェル、シスターのことなんじゃが、ローズガーデンとは偽名だったのじゃな?」


 知らなかったのだろうか? 明らかに世界規則に違反しているような名前なのに。


「偽名だった。本人もそう言っていたぞ」


「では本名はなんと?」


「ああ、それなら……」


 言おうとしたら、なにかが探索魔法に引っかかった。なんだか怒っている感じの奴が近づいてくる。何となくわかるけど。


 そして勢いよく扉が開いた。


「ここだな! フェル! 俺の腹は的じゃねぇんだぞ! ポンポン殴りやがって! 詫びにエルフを三人は紹介しろ、三人!」


「げっ!!」


 なんだ? ディアの顔が驚きの表情になった後、リエルと顔を合わせないように横を向いた。


「ディア、どうした?」


 ディアは私の声に反応しない。無視とはいい度胸だ。だが、なんだろう? ディアはリエルに顔を見られないように隠し始めた。


「あれ? お前、確か……?」


 リエルはちょっと考え込んでから、ディアをよく見ようとしていた。もしかして知り合いなのか?


「お主が村に来てくれたシスターじゃな? ローズガーデンは偽名と聞いたのじゃが、本名はなんじゃ?」


「おう、じゃあ、自己紹介といくか。俺の名はリエルだ。よろしくな、爺さん!」


「な、何じゃと?」


「爺さん、耳が遠いのか? リエルだよ、リ、エ、ル。ローズガーデンでもいいけどな!」


 なんだろう? ディアだけでなく、爺さんも驚きの顔になった。


「ディア、爺さん、二人ともリエルを知っているのか?」


 ディアはリエルと顔を合わせないようにしているし、爺さんは驚きで声も出ない感じだ。どうしたのだろう?


「あの、フェルさん。この方がリエルさんなのですか?」


 村長がリエルの方を見て確認してきた。村長も驚いてはいるようだが、会話はできるようだ。一体、何だと言うのだろう?


「そうだが?」


「あまり詳しくないのですが、女神教には四賢と呼ばれている方がいるそうです」


 いきなり何の話をしているのだろう? そういえばノストがそんなことを言っていた気もするな。四賢とかいう奴等の一人に勇者がいるとか。


「それがなんだ?」


「四賢、聖女リエル。女神教のナンバースリーです」


「そうなのか。だが、それがどうかしたのか? 今は関係ないだろ?」


 でも、聞いたことがある名前だな? ああ、そうか。リエルと同じ名前なのか。……あれ?

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