魔界
「君達の気持ちはわかったが、返されてもこちらが困る。冒険者ギルドや女神教も同様だろう。ここはフェル君と同じように受け取りなさい」
私の中で領主への信頼度が上がった。いい奴だ。頑張れ。
「どうしても気になると言うなら、この町でお金を使ってくれれば良い。巡り巡って私に還元されるからな」
冗談のように言っているが間違ってはいないな。それを聞いて、三人も一応納得したようだ。
ノストから領主としては評価が高くないと聞いていたが、そんなことは無いような気がする。
これだけで判断するわけにはいかないが、お金に執着しないのは好感が持てるな。お金に執着している私への好感度は下がっているかもしれないが。
しかし、人界で生活するにはお金が必要なのだ。あの村には仕事が無いし、出来るだけお金を貯めておきたい。ニアの料理が食べられなくなったら困る。
「さて、これで一通り終わったな。じゃあ、帰る」
もう用はない。面倒くさいことになる前に帰ろう。
「まあ、待ちたまえ。せっかく来たのだ。少し話をしようじゃないか」
「別の日にしてくれ。この後、予定がある」
ないけど。
「ほう? しかし、私には色々と話したいことがあるぞ? 例えば……」
クロウが執事に向かって一度だけ頷いた。
執事がクロウに頭をさげてから、亜空間から何かの紙を取り出したようだ。
「フェル様は町の西門を破壊されていますな。あと、冒険者ギルドで床に穴を開けたと冒険者から情報を得ております。また、教会から女神像の一体がなくなったので、探してほしいと依頼が来ました。こちらの調査では、どの件に関しても、フェル様に非はございません。しかし、それらの補填をするのはクロウ様なのです」
執事が再度、亜空間から別の紙を取り出して、私の前に置いた。私が紙を見ると、両隣のヴァイアとリエルも一緒にその紙を覗き込んだ。
ものすごい金額が書かれているのは分かる。ヴァイアとリエルも顔が引きつった。
「クロウ様がお暇になってしまいますと、その紙に書かれている金額が誰かに請求されてしまうかもしれません。どこの誰とは申し上げませんが」
執事はわざとらしく咳をしてから、こちらを見た。
「フェル様、今日のご予定は空いておりますでしょうか?」
「勘違いをしていた。今日は暇だった」
権力に屈したわけではない。お金に負けたわけでもない。私に非がないことも分かってる。
だが、この請求が私に来たら色々と面倒くさい。領主と話をするだけでチャラになると言うなら、考えるまでもないな。
執事は「それはようございました」と言って、取り出していた紙を亜空間にしまった。
「はっはっは! 済まないね! こうでもしないと話が出来ないと思ってね!」
仕方ない。一応、報奨金とかも貰っているからな。話ぐらい付き合ってやるか。
「まあ、いいだろう。じゃあ、何か聞きたいことはあるか?」
とりあえず、人界に来た理由とか、答えられる範囲で色々と答えた。
「いや、興味深いね! 人族と仲良くしようとする魔王か! 一度会ってみたいものだよ! だが、一番の興味は魔界の事だね!」
このテンションがまだ続くのか。いい加減、疲れてきた。
「話を聞いた限りだと、魔界というのは汚染されているのだね?」
「そうだ。現在は浄化中だが、かなりの年月が掛かると言われている」
開発部の奴らが言うには、数万年単位らしい。魔界全土ならそうだろうが、一部なら数百年でなんとかなるのかな?
「汚染というと、高濃度魔素によるものかね?」
「違う。魔素の濃度が高いぐらいなら、魔族が地表で死ぬことはない。だが、魔界の地表に長く滞在すれば例外なく死ぬ。魔界の開発部が調査した報告では、魔界の地表にある魔素は何らかの魔法が発動されているらしい」
「何らかの魔法?」
「何の魔法かは分かっていない。ただ、魔界全土を覆う魔素のすべてがその魔法に反応して、いまだに効果を及ぼしているのではないか、と言っていたな」
「致死魔法というのは存在しないと言われているが、魔界にはあるという事だろうか?」
どうだろう? 魔界にもそんな魔法はない。そもそも開発部の調査結果が正しいかどうかもわからないしな。
「魔界にも致死魔法はない。それに魔界全土の魔素に影響する魔法なんてあってたまるか」
多分、開発部の勘違いだろう。部長の奴は優秀なんだけど、ちょっとマッド入ってるし、あまり関わりたくないから詳しくは聞いてないけど。
「一つ聞きたいのだが、私が魔界に行くことは可能かね?」
魔界に行きたい、という奴は初めて見たな。
「それほどの魔力があるなら可能だろう。汚染された魔素に侵食されないだけの魔力コーディングが出来るなら問題ない」
クロウの顔が期待に満ち溢れる顔になった。本気で行きたいのだろうか? なら、ちゃんと教えておかないとな。
「まあ、待て。行くことは出来るが、さっき言った以外にも色々あるからもう少し確認してくれ」
一度、お茶を飲んで喉を潤す。
「まず魔界に行くには、門と呼ばれるところを通る。これは転移ができる大きな魔道具だと思ってくれ。こちらで地理で言うと、境界の森の西側、おそらくルハラ帝国の領地だろう。そこにある山の頂上にある」
クロウは真面目な顔で聞いている。なぜか他の奴らも真面目に聞いていた。行きたいのだろうか。お勧めはしないが。
「転移先の魔界にも同じような門があるが、そこは魔界の地表だ。転移する前から魔力コーディングしていないと、すぐに死ぬ可能性が高い。強靭な肉体なら、生きられる時間も長いが、クロウぐらいの年齢でその体型だと、もって五分ぐらいだ」
クロウは四十代ぐらいで、体型は小柄。筋肉がある様にも見えない。五分もてばいいほうだと思う。
「そして魔界の門から魔界の都市まで、歩いて二時間ぐらいだ。魔力コーディングを連続で二時間出来るか?」
「む? 試したことはないが、可能だとは思うぞ」
「なら、魔界の都市には着けると思う。都市と言ってもダンジョンだが、中は汚染されていない。ここまで来れば、魔力コーディングも必要なくなる」
だが、ここからも問題なんだ。ここからは単純に強くないと駄目だ。
「さっきも言った通り、都市と言ってもダンジョンだ。普通に魔物が徘徊してる。安全な階層は三階層からだ。一階層、二階層はいわゆる密林エリアで、マッドウルフとか、マッドタイガーとか、怒っているというか、狂ってる感じの魔物が多い。見つかったら確実に襲ってくる」
「そういう魔物を初めて聞いたのだが、どれぐらいの強さなのかね?」
「ああ、これは魔界の通称だったか。たしか正式名称は、ダイアウルフとサーベルタイガーだったかな?」
なんだろう? とても静かになった。何も反応がないが、続けていいのだろうか?
「どちらも一匹で町が滅ぶ程度の強さですね」
ノストからそんな言葉が出てきた。そうかな? この町なら結構いい勝負をすると思うのだが。バリスタとかで撃てばいい気がする。
「そうなのか。魔界ではどちらかを一人で狩れる様になって、初めて一人前なんだがな。とりあえず、一、二階層で五匹ぐらいは遭遇すると思うから、それらを倒せるぐらいにならないと、本当に安全な場所には着かないな」
「それは難しいな……」
行けないと判断したのだろうか。クロウのテンションが下がったようだ。なら、一応、これも言っておくか。
「五十年以上前だが獣人達が人族からの迫害で、魔族に庇護を求めたことがある。その際に獣人を魔界に連れ帰ったのだが、魔族が数十人がかりで護衛した記録はある。どうしても行ってみたいと言うなら、そういう交渉も可能だ。だが、行った先に何かがあるわけではない。命を賭けるほどの事ではないぞ?」
「確かにそうかもしれないが、こう、冒険心をくすぐられるだろう!? 一度でいいから魔界を見てみたいものだね!」
それは分かるかもしれないな。私もこっちに来る前は、人界を見たいと思っていた。
「まあ、止めるつもりは無い。だが、命の保証はないから、行くなら遺書を書いてから行くといい」
「この流れなら、フェル君が私を魔界に連れて行ってくれるのではないのかね?」
「私には人界でやることがある。魔界に戻っている暇はない」
魔王様からの命令で人族と信頼関係を結ぶ必要があるからな。魔界での護衛なんかしない。
クロウが少し考えた後、執事に向かって頷いた。
それに対して、執事が頷き、亜空間から紙を取り出した。
「フェル様、こちらにバリスタの修復費が書いてありまして……」
「同じ手で攻めてくるな。バリスタの方は完全に正当防衛だ。どう考えても私に非はない。請求されても絶対に無視する。どうしても請求するなら主人に伝えろ。魔界に行くよりも死亡率が高い行為だ、とな」
そんなことは魔王様から止められるが、ブラフは大事だ。
執事は少し笑うと、何も言わずに紙を亜空間にしまった。その後、クロウの方を向き、「駄目でした」と伝えた。
ブラフだと見抜かれた気がする。だが、余計な禍根を残さないように引いてくれたようだ。優秀だな。私もあれぐらい察しのいい執事になりたい。
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