本屋

 

 商店街から外れた場所にある本屋にやってきた。なんというか、ここまで来るのに疲れた。


 ブツブツと危ないことを言っているヴァイアを引きずって来たからな。かなり目立った。今日はもう、商店街のほうには行きたくない。


「お前ら自重しろ。とくにヴァイアは落ち着け。まだ、ノストにパートナーがいるかどうか分からないだろうが」


「そ、そうだよね。ま、まだ、諦める必要はないよね?」


 すでに諦めるところまで考えていたか。そういえば、ヴァイアは妄想が酷かった。どうやら色々と悪い方向に考えたようだな。


「自重? 恋は戦争だぞ? なにをしたっていいじゃねぇか」


「リエルも焚き付けるな。お前の恋愛道というのは、ストーカーよりタチが悪い。自分さえ良ければいい、という考えじゃなくて、相手を気遣え。恋愛というのはそれが大事なんだろうが」


 私は人族相手に何を言っているのだろう。そういうのは専門じゃないのに。


 気を取り直そう。本を買って些細なことは忘れるんだ。術式理論の本も欲しいが、こう、冒険活劇的な本も買いたい。岩が転がってきたり、蛇のいる穴に落とされたり、大形の箱から変なものが出てくるような話がいい。


 しかし、目の前にある本屋は店構えがボロすぎて不安になる。本屋というのは儲からないのだろうか?


 まあいい、駄目なら他の本屋を探すだけだ。


「たのもー」


 本屋に足を踏み入れると結構な広さだった。大量の本が本棚に収められているが、山のように積み上げられている本もある。保存方法としては問題ありだな。


 客は誰も居ないようだ。奥にカウンターらしきものがあり、二十代ぐらいの男が座っていた。薄暗いから良く見えないが、もしかすると、この男は目が見えないのだろうか? 焦点が合っていない気がする。


「お客さんかな? いらっしゃい。冷やかしでも構わないから、ゆっくり見ていってくれ」


「術式理論の本を探している。どのあたりにある?」


「すまないね。店を引き継いだばかりだし、ご覧のとおり、目が見えないんだ。どこに何の本があるか分からないんだよ。悪いが自分で探してくれないかい?」


 それはいいのだが、店主としてやっていけるのだろうか? 盗まれたりしそうだけど。


「なにか戸惑っている気配を感じるね? 商売として成り立つか不思議だったかい? 秘密だけど、ここで泥棒まがいのことはしないことをお勧めするよ?」


 なるほど、なにか罠が仕掛けられているのか? さっきから不思議な感覚がある。妖精とか精霊とかの気配を感じるし、本屋にいるのは男だけじゃないのだろうな。


「わかった、泥棒まがいのことはしない。ゆっくり探させてもらおう」


 男は笑顔を作り、すこしだけ頷いた。


 そんなやり取りの後で、リエルが小さな声で話しかけてきた。


「なんだか不思議な感じがする男だな?」


「見た目はいい男だぞ? 結婚を迫ったりしないのか?」


「目が見えないのはどうでもいいし、顔はいいけど、明らかに草食系だろ? もっとこう、ガツガツしている方がいい」


 リエルの好みなんか知らん。どうでもいい情報を得てしまった。


「そうか。正直、どうでもいい話を振ってしまった。忘れてくれ。では、すまないが、術式理論の本を探してくれないか?」


 二人とも頷いて、本棚を探し始めた。私も探そうとしたら、男に話しかけられてしまった。


「もしかして、町で噂になっている魔族の方なのかな?」


「目が見えないのによくわかったな。魔族のフェルだ」


「おや、それは嬉しいね。噂の魔族が店で買い物してくれたのなら自慢できるからね」


 なんで自慢できるんだ? というか、噂?


「噂ってなんだ?」


「悪い噂じゃないよ。五十年ぶりに現れた魔族が、町で横暴だった奴らを叩きのめしたって話さ。本当なのかな?」


「領主の次男やギルドマスター、司祭の奴なら確かに殴ったりしたな」


 男は堪えるような笑い方をした。なにか面白いことがあったのだろうか?


「本当だったんだね。いや、それは痛快だ。町にはソイツ等のせいで苦労している人も多かったからね」


 なんだろう? 町の住人にしては、一歩引いたような感想だな。


「フェルちゃん、術式理論の本があったよ」


 ヴァイアが本を見つけてくれたようだ。


「これを買いたい。だが、他にも買いたい本があるかもしれないので、色々と見させてもらうぞ」


「ああ、話しかけてすまなかったね。ゆっくり見てくれ」


 ヴァイアとリエルもそれぞれ自分が欲しい本を探しているようだ。さっそく私も探そう。


 これは、特定の曜日と日にちが重なったときに暴れる殺人鬼を題材にした本か。表紙に書かれている白いマスクがシンボルなのか? いらないな。


 対象に悪夢を見せる殺人鬼の話か。かぎ爪ついた手袋がシンボルなのかな? これもいらない。


 微妙な姿の人形に殺人鬼の魂が乗り移って暴れる話か。いらない。


 殺人鬼ばかりじゃないか。もしかして、そういう本をまとめた本棚だったのか? 見るところを間違えた。他の本棚を探そう。




 とりあえず、何冊か見繕った。主に冒険活劇だ。あとでじっくり読もう。


「これらの本を売ってくれ」


「随分と買ってくれるようだね? 今日はもう店じまいかな?」


 目は見えないようだが、値段は分かるのだろうか?


「リエル、治癒魔法で目を治せないか?」


「あん? 多分、やれんじゃねぇかな? 先天的な場合は駄目だけど、怪我とかなら治せると思うぞ?」


「治さないで貰いたいね。この目は自分で見えなくしたんだよ」


 ヴァイアもリエルも顔をしかめた。当然、私もだ。どうやるかは知らないが、何となく痛そう。


「目に色々と問題があったからね」


 問題のある目か。私の目は魔眼だが、この男の目はなんだったのだろう?


「君達は『図書館』というのを知っているかい?」


 いきなり男が質問してきた。一体何の話だろう?


「それは普通の意味の図書館ではないんだよな?」


「そうだね。普通の意味ではないよ」


 ヴァイアとリエルの顔を見ると、二人とも首を横に振った。


「いや、誰も知らん」


「『図書館』というのは、全ての情報が集まる場所、を指す言葉なんだよ」


 ん? どこかで聞いたことがあるな? ヴァイアとリエルは、さっぱりわからない、といった顔をしているが。


「この目は使い過ぎると頭痛になるとか、色々と制限はあるけど、『図書館』のあらゆる情報を見ることが出来た。だけど……」


 男は大きくため息をついた。


「なんでも知ることが出来るということは、知りたくないことも知ることが出来るからね。昔、不本意に知りたくないことを知ってしまったんだよ。軽く発狂しそうになったね。目が見える限り、そういう事が続くかもしれないと思ったら怖くなってね」


 なるほど。知りたくないことってあるよな。リエルの好みとか。


「単純に『図書館』を見なければいいのだけど、見えるなら見てしまう。意思が弱いんだよね。だから、元凶である目を見えなくしたんだ」


「それ、本当か? 『図書館』なんて聞いたことねぇけどな?」


「真偽は分からないけど、もし、そういう事があったなら、ちょっとだけ気持ちが分かる気がするかも」


 リエルは信じていない感じだが、ヴァイアは思うところがあるのかな?


 私も図書館を知らないが、似たようなことをどこかで聞いたような気がする。


 そうだ、思い出した。魔王様が魔眼の事を教えてくれた時に、全ての情報が集まる場所についておっしゃっていた。ということは、この男も魔眼を持っていたという事か? 


 もしかすると、魔王様は、この男と同じようなことにならないように、魔眼を使い過ぎるなと言ってくださったのだろうか? もしそうなら魔王様に感謝しなければ。


「信じる信じないは任せるよ。ただ、そういう理由だから目は治さないでね。それに目は見えなくなったけど、見えていた頃よりも幸せだからね? こんな状態だから世話を焼いてくれる人もいるし、魔族の君がどんな本を買ったのかを想像する楽しみもあるからね」


 生活は大変そうだが、本人が幸せならいいのかな。


「ただ、本の値段も分からないのは困るけどね? 信用するから自己申告してもらっていいかい? 値段は知り合いがつけてくれたけど、ぼったくったりしてないから安心だよ?」


 とりあえず、本に値段が付いているので、合計金額をギルドカードの支払いで購入した。


 支払いが終わると、男が何かの本を手に取って渡してきた。


「これはおまけだよ。たくさん買ってくれたからね。何の本を渡したか分からないけど、それは想像して楽しむことにするよ」


「そうか。それならタイトルは言わない方がいいんだな?」


 男はにっこりと笑った。


「そうだね。知らない方が楽しみが増えるからね」




 本屋を出て深呼吸をした。なんとなく息が詰まる感じだったからな。


「なんつうか、はかなげな店主だったな?」


「でも、今は幸せだって言っていたから、私たちが思っているよりも楽しいのかもしれないね」


 そうかもしれないな。目が見えなくても楽しいことはあるんだろう。だが、私が変な本を買ったという妄想はしないでほしい。


 そうだ、コイツ等には、私も店主と同じことを出来ることは言わない方がいいな。なんとなく同情される気がする。そういえば、ディアには魔眼を持っていることを言った気がするな。まあ、いいか。魔眼と店主の目が同じことだとは気づかないだろう。


「さあ、宿に戻ろう。そろそろ昼だ」


「ところで何の本を貰ったんだ? 見せてくれよ」


 そういえば見てなかった。タイトルを見てみよう。


「どうやら『真実の愛』というタイトルだな。恋愛小説か?」


 なぜか二人とも顔をしかめた。二人とも知っているのか?


「この本を男から渡される女って、どうなんだ?」


「店主さんは目が見えないから意味なんか無かったと思うよ?」


「なんだそれ? 逆に興味が湧いたぞ。どんな話なんだ?」


 ネタバレは困るが、あらすじぐらいは聞いておきたい。


「簡単に言うと、どっかの国の王子が、婚約を破棄する話だ。それに対して、婚約者だった妹のために兄が怒って色々と騒動が起きる」


「面白そうな気がするが?」


「最後がちょっとな」


「うん、私も最後が駄目だった。でも、この本には二部、三部があって、それを読むと一部の最後が違った展開に見えるらしいよ? 売っているのを見たことないから嘘かもしれないけど」


 だんだん、気になってきた。


「そうか、なら、読んでみる。これ以上、ネタバレするなよ?」


「ああ、ネタバレというか、最後のシーンを言いたくない」


「うん、私も」


 気になる。今日の夜にでも読んでしまおう。

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