奇襲
目が覚めたけど、起きた直後から気持ち悪い。手錠も、首のチョーカーも、牢屋の結界も、弱体効果はたいしたことないが、気持ち悪いのは勘弁してほしい。それはともかく腹が減った。客観的に考えて、私のお腹はおかしい気がする。
牢屋の中だから時間は分からないが、朝だよな? いつ頃、朝食は来るのだろうか? 隣に聞いてみるか。
「おい、ローズガーデン、起きてるか?」
「そっちも目が覚めたか。おはようさん。何か用か?」
「おはよう。ところで朝食はいつ来るんだ? 腹が減った」
「来ねぇよ。食事は一日一回だ。昼頃にパンと水が来るだけだぞ?」
なんだと? ちょっと怒りで牢屋を破壊しそうになったぞ。
「何で朝食が来ると思ったんだ? そういえば、魔族ってだけで連れてこられたと思ってたけど、フェルがこの牢屋に来た経緯を知らねぇな。どういう理由で来たんだ?」
とりあえず、説明してやった。
門のバリスタを破壊したこと。町の門を破壊したこと。ギルドマスターと司祭の圧力で牢屋に入れられたこと。領主と会うために色々弱体させられて牢屋を移動したこと。この辺りの話をしてやった。
「なるほどなぁ。でも、なにか勘違いしてねぇか?」
「何をだ?」
「ここに連れてきたってことは、もう出さないってことだぞ? ここで魔物を飼っているから、それを知ったら出られないって話をしたじゃねぇか」
「なるほど。騙されたという事か」
領主に会わせるためじゃなくて、私をここに閉じ込めるつもりで牢屋を移動したのか。となると、アイツ等が圧力をかけてギルドの牢屋に入れたのも、このためか?
だが、ギルドの牢屋から私がいなくなれば騒動にならないだろうか? いや、ギルドマスターなら偽装したりできるのか。
もしかしたら、ヴァイアやノストは私を探しに来るかもしれないな。念話を送ろうかとも思ったけど、ヴァイアやノストのチャンネルは知らない。今度、聞いておこう。
騙されたのはイラっとするが、そんなことよりも腹が減った。仕方ないのでリンゴを食べよう。亜空間にいくつか入ってる。本当はもっと優雅に食べたいのだが。
うん、美味い。リンゴはどこで食べても美味いな。そういえばニアにリンゴの料理を依頼したんだった。すぐには無理とか言っていたが、帰った頃にはリンゴを使った料理とか出来ているのだろうか。楽しみだ。
「おーい、もしかして何か食ってるのか? なんで持っているか知らねぇけど、俺にもくれよ」
「やるわけないだろ。これは私の好物だ。少なくともタダではやらん」
「今は無理だけどよ、ここを出られたら金を払うって。それならどうよ?」
それでも嫌だ。だが、これも人族と信頼関係を結ぶために必要な事かもしれない。仕方ないな。条件付きでくれてやろう。
「一つ約束しろ。私は人族と信頼関係を結ぶために魔界から来ている。魔族ってそんなに悪い奴等じゃない、ということを女神教でも広げてくれ」
「そりゃ無理だって。女神教のトップである教皇が魔族撲滅を掲げているからなぁ。魔族が五十年近く姿を見せなかったのに、今でもだぜ? そんなことしたら異端審問の奴らが来ちまうよ。アイツ等、めんどくせーんだよ」
教皇とやらは、昔、魔族に何かをされたのだろうか。昔の魔族達は過激だったろうからな。仕方ない、女神教徒への魔族に対する信頼向上は諦めよう。
「なら、女神教の信者じゃない知り合いに広めてくれ。魔族にタダで食事を分けてもらった、とかな」
「おっけー、おっけー、それならいくらでも広めてやるぜ」
鉄格子の隙間からリンゴを渡してやった。もう、ストックが少ない。今回の報酬でリンゴを補充しないとな。
「これ、リンゴじゃねぇか? 盗品か?」
「失礼な奴だな。エルフからお土産で貰ったんだ」
盗んだリンゴはもう食べた。今あるのはお土産でもらったリンゴだけだ。
「おー、そういえばエルフの男を紹介してくれるんだったな! そうか、ちゃんとエルフと交流出来ているんだな! 昨日のことは夢じゃなかった!」
夢だと思っていたのか。寝る前にあんなに祈りを捧げていたのに。あの祈りが終わるまで気持ち悪くて寝られなかったんだぞ。
「なあ、何か切る物を持ってねぇか?」
ウサギの形にするのかな? 味は変わらないが遊び心はあるからな。
「いくつかに切り分けて、魔物達にも分けてやりてぇんだよ」
「魔物達? ああ、他の牢屋に魔物達がいるんだったな」
「言葉は分からねぇけど怪我を治してやったから、多少は信頼されてんだよ。美味いもんがあるなら、皆に食わせてやりたいだろ?」
そういうことなら仕方ないな。残り少ないリンゴを切り分けて全員に行き渡るようにしよう。
「分かった。残りのリンゴを魔物達に配布してやる。さっき渡したリンゴを一旦返してくれ。切り分けて配布する」
あまり出したくないが、聖剣を取り出した。うお、気持ち悪さが増大した。超辛い。
「おいおい、なんか、ものすごい事をしてるのか? フェルの牢屋から活力が漲る感じの波動を感じるんだけど? なんだこれ?」
「今、聖剣でリンゴを切ってる。集中したい。話しかけるな。手元が狂う」
聖剣で切ったリンゴは私では食べられないな。なんというか、聖なる波動でリンゴが生き生きしている。切ったのに。
とりあえず切り終わった。一つのリンゴを四等分した。十二個あれば全員に行き渡るだろう。たった三つのリンゴを切り分けただけなのにかなり辛かった。使い終わった聖剣を亜空間に放り込んだら、ちょっと楽になった。
「もう大丈夫だ。危険は去った」
「聖剣ねぇ。その波動なら本物か。女神教が探している聖剣の一つかもしれねぇな。国宝級だぞ、それ」
「らしいな。売ろうとしたら値段がつけられなくて、買い取ってくれなかった。まったく使えない剣だ。今回は使えたけど辛かった。普通の剣の方がマシだ」
「売るなよ。だいたい、なんで魔族が聖剣を持ってんだよ?」
「昔の勇者が魔界に持ってきた。勇者が魔界で死んだから、魔族の宝物庫で保管してたんだ。売り飛ばそうとして魔界から持ってきたんだが、売れなかったから早く捨てたい」
不法投棄は駄目だけどな。何処に捨てよう?
「勇者が魔界で死んだ? なんだそれ? 初めて聞いたぜ?」
勇者が魔界で死んだんだから、情報が人界に伝わらないよな。説明するのが面倒くさい。それに、せっかくリンゴを切ったのだから早く魔物達に分けてやらねば。
転移で牢屋の外にでた。一つ一つ牢屋を回ってリンゴをあげたら、魔物達に泣かれた。丸ごと一つならともかく、四分の一しかないのに。
話を聞くと、どうやら、ロクな物を食べていなかったようだ。その上、毎日のように戦っていてかなり辛いらしい。やせ細ってはいるが、ローズガーデンの治癒魔法の腕がいいのか、怪我の跡はまったくないようだ。でも痛みの感覚は残るはずだ。領主の奴を殴る理由が増えた。そうだ、ここから抜け出すときは、魔物達も解放してやろう。
最後に、ローズガーデンの牢屋に来た。こんな顔だったのか。
薄暗いし、ヴェールを被っているからよくわからないが、多分、金髪かな。肩ぐらいまであるストレートだろうか。自分で「この美貌」というだけあって顔の造形は整っているな。美人なんだとは思う。ちょっと目つきがキツそうだけど。服装は修道服というやつだろうか? 全体的に青っぽいが白色の幾何学的な模様が書かれている。だけど、なんというか、だらしない着こなしをしている気がする。シスターってこういうものなのかな?
「フェル、だよな? なんで牢屋の外にいるんだ? あと、リンゴくれ」
「お互い見るのは初めてだな。牢屋の外にいるのは転移したからだ。あとリンゴだ」
「転移ねぇ。ということは空間魔法を使えんのか。じゃあ、このリンゴや聖剣は収納魔法で持ってたんだな? 納得納得」
ローズガーデンは勝手に納得した後、受け取ったリンゴにかじりついた。なんというか、ワイルドな食べ方だ。
「おお、何度か食ったことはあるけど、これはうめぇな。もっとくれ」
「魔物達にもあげたからもう無い。諦めろ」
「なんだ、残念。美味かったよ。ごちそうさん」
ローズガーデンはリンゴを食べ終わった後に私の方をジロジロと見た。なんだ?
しばらくすると、胸のあたりに視線がとまった。
「ちいせぇな」
「いらない方の胸を右か左で答えろ。もいでやる。それとも両方いっとくか?」
「冗談! 冗談だよ! 女神教ジョークだから!」
「そんな笑えない冗談を言う宗教なら私が潰してやる」
知っていたけど、女神教は駄目な宗教だな。女神教の爺さんから依頼があったら必ず受けよう。
とりあえず、転移で自分の牢屋に戻った。この怒りは領主にぶつけよう。
さて、領主が来るまで本でも読んで過ごすか。前の牢屋では途中までだったからな。確か、宿から帰るときにお土産を渡されるシーンだ。大きい宝箱か、小さい宝箱を選ぶ場面だな。ここは慎重に選ぶべきだぞ。私なら大きい方だ。
本を読んでいたら展開していた探索魔法に反応があった。誰か近づいてきている。三人か?
「おい、誰か来るぞ」
「食事の時間にしては、いつもより早い気がするけどな?」
階段から三人が姿を現した。ヴァイアとノストだ。もう一人は……誰だ?
「フェルちゃん!」
ヴァイアとノストが私の居る牢屋に駆け寄ってきた。
「よくここまで来れたな」
「フェルちゃんが脱獄したっていうから探索魔法で探したんだよ! どうして脱獄なんてするの!」
私は脱獄したことになっているのか? まあ、ギルドマスターがそういう事にしたんだろうな。
「私は脱獄なんてしていない。ここに連れてこられたんだ」
「え? そうなの?」
脱獄したなら牢屋に入らないだろ。今の状況をよく見てくれ。
「領主に面会させるから牢屋を移動させると言って、昨日の夜に移動したんだ」
「領主様に面会させる? それで牢屋を移動させるなんてことは無いはずですが?」
ノストが不思議そうにしているが事実だぞ。それはいいとして、後ろの奴は誰なんだろう?
「ところで、後ろの奴は――ヴァイア! 躱せ!」
「え?」
「ヴァイアさん! ぐあっ!」
ノストがヴァイアを庇って斬られた。
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