第三章

いつもの朝

 

 なにかバッチリ目が覚めた。よく寝た気がする。山羊でも大丈夫だったな。それに睡眠の邪魔をされないと言うのは素晴らしい。


 とりあえず外に出る準備をしてから、仕事を探しに行こう。


 着替えようと思って服を見たら結構汚れていた。ウル達に洗濯代を請求するのを忘れたな。スライムちゃんは洗濯をタダでしてくれるだろうか。そういうところはシビアそうだが。シャツは替えがあるし、ズボンは問題ないから、使ったシャツとジャケットを洗濯してもらおう。


 しかし、服がこれだけだと言うのも問題だな。ウェイトレスの服もあるけど、あれは数に数えない。あれは精神的なダメージを受ける呪われた装備だ。


 なんとなく心配だが、ディアに作ってもらうか。布があれば無料で作ってくれるとか言ってた。でも、布ってヴァイアの店に売っていたかな? まあ、いいか。あとで店に行けば分かる。さあ、まずは朝食を食べよう。




 階段を下りて食堂に行くとニアが居た。


「フェルちゃん、おはよう」


「おはよう。朝食を頼む」


「あいよ、ちょっと待っとくれ」


 村に来てまだ数日だが、いつものやり取りにちょっとうれしくなる。


 エルフの森にいた時は、仕方なくまずい食事を取っていたからかな? 昔ならミトルの料理でも美味いと感じただろうが、私はグルメになってしまった。ニアの料理は罪深い。


「フェル様、おはようございますニャ」


 ヤトが朝の挨拶をしてきた。朝っぱらからウェイトレスの服なんだが、もう仕事中なのだろうか?


「おはよう、こんな朝から働くのか?」


「特にすることも無いので、ウェイトレスの練習ですニャ。少しでも早くウェイトレスを極めたいニャ」


 魔界に居た頃からヤトは真面目だったからな。ウェイトレスでも手を抜くことはないのか。それに、昨日、獣人の地位向上を目指すと言っていたから、その一環なのかもしれない。ウェイトレスを極めて獣人の地位が向上するのかは分からないけど。


「そうか、頑張ってくれ」


「はいニャ」


 ヤトが鼻歌を歌いながら掃除を始めた。変われば変わるものだ。魔界に居た頃はもっとこう、血を求める的なイメージだったけど。まあ、いいか。あの嫌な奴も魔界には来ないだろうし、これからは戦いよりも生産性のあることをしないとな。


 そういえば、魔界に頼んだ畜産用の動物は、いつ頃来るのだろう? 魔界に確認した方が良いかな?


「あいよー、お待ちどー」


 朝食はパンと牛乳とサラダ、それにつぶつぶが入った黄色のスープだ。黄色……ヒマワリじゃないよな。アイツは種をくれないからな。


 確か、このつぶつぶはトウモロコシだったかな? 焼いたり、茹でたり、生でかじったりすると美味いと、見せてもらったことがある。食べさせてくれなかったので、ちょっと暴れそうになった記憶と共に覚えている。


「いただきます」


 では、まずは一口。大きめのスプーンでスープをすくい、そのまま口へ運ぶ。スープとはいえ、少し咀嚼してから飲み込む。


 やられた。これが戦争だったら二階級特進。トウモロコシだけだと思ったら、伏兵がいた。トロリとした食感と甘さの中に、刻んだ干し肉と玉ねぎが隠れていた。さらに塩と胡椒による味付けも絶妙。熱さも私の猫舌に合わせた完璧な熱さ加減。何から何まで、私の好みだ。これは私のことを研究し尽くしたということだろう。戦いは情報戦というのは本当だな。


「あと、これね。昨日聞いたリンゴジュースを作ってみたよ」


 さらに増援か。確実に私を殺しに来ている。


「ニア、降伏だ。負けを認めよう。おかわり」


「何の勝ち負けか分からないけど、おかわりは別料金だよ?」




 お金って偉大だな。あんなに美味しいものを二回も食べられるとは。ディアがお金好きなのもちょっと分かる気がする。


 さて、まずは洗濯を依頼しよう。


 宿を出ると、入り口付近にシャルロットがいた。ジャケットとシャツを渡して洗濯を頼むと、大銅貨一枚だった。


 やっぱり私からもお金を取るのか。私が主人であることをやんわりと言ったのだが、「例外は認めません」という、意思の固い答えをくれた。それはいいのだが、従魔であることも理解してもらいたい。


 気を取り直してギルドに行こう。




 ギルドの入り口から入ると、受付にディアがいるのが見えた。ディアは私を見てにっこり微笑んだ。


「フェルちゃん、いらっしゃい。依頼は無いよ」


「じゃあな」


「待って! フェルちゃん、お茶でも飲んでいって! 暇なの!」


 受付から身を乗り出して服をつかまれた。伸びるからやめろ。


 それにディアが暇なのは、私の知ったことでは無い。ギルドの営業努力が足りないと思う。だが、お茶がタダなのは少し惹かれる。


 受付カウンターにある椅子に座った。本当ならここで仕事の依頼とか報酬とか貰うんだけどな。


「お茶を出せ」


「その言い方じゃ強盗だよ?」


 お茶を強盗する奴なんているのだろうか? どちらかと言えばお金じゃないのか。


 出てきたお茶を飲むと美味かった。お茶の葉って畑で出来るのだろうか。これも魔界に持って帰りたい。


「仕事を探しに来たの?」


「それ以外でここに来るわけないだろう。だが、一瞬でその希望は打ち砕かれたがな。あとは村を回って仕事を探すつもりだ」


「そっか。東にある町のリーンとかなら冒険者の仕事もあるんだけどね。魔物討伐の依頼とかも多いらしいよ」


 確か、夜盗達を引き取りに来た兵士のノストが居るのが、東にあるリーンと言う町だった気がする。それはともかく、この村の方が討伐依頼とか多そうに思えるんだが。森の中だし。


「なんでこの村には討伐の依頼が無いんだ?」


「昼は冒険者に依頼するほど強力な魔物が近くにいないし、弱い魔物なら村の狩人さんが倒しちゃうからね。夜はかなり危ない魔物がいるんだけど、この村は襲われたことはないから、無理に倒そうとはしないみたい」


 もしかして、この村の狩人は結構強いのだろうか?


「リーンの町の近くには、それなりの魔物が結構いるらしいよ。リーンならギルドの依頼は多いと思うけど、うちのギルドの稼ぎにならないから受けないでね」


 真面目な顔で言われた。同じギルドじゃないのか?


 それはともかく、リーンまで行けば仕事はあるのかもしれないが、私は魔族だ。この村の奴らは平気だけど、他の人族は魔族に対して当たりが厳しいかもしれない。理由がない限りは行かないな。


「一応、魔族だからな。あまり大きい町に行くと、面倒なことになりそうだし、しばらくはこの村で仕事を探すつもりだ」


「そうだね、フェルちゃんが魔族なの忘れてたよ」


「角を見ろ。こんなに立派な角は魔界でも少ないのに」


「人族にそのセンスは分からないよ」


 そういえば、ヤトも自身の尻尾は完璧と言っていたが良く分からなかった。人族から見た魔族の角もそういうものなのかな。


「ディアは居るかの?」


 珍しくギルドに誰か来たと思えば、女神教の爺さんだ。


「おお、フェルも一緒じゃったか。これはタイミングが良かったの」


 爺さんにとってタイミングが良くても、私にとってはどうだろう? まあ、暇だから仕事なら請け負うけどな。厄介そうだけど。

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