帰還準備

 

 帰る準備をしていたらミトルと隊長がやってきた。


「お土産用にリンゴとジャムをもってきたぜ」


 これが欲しかった。あのつまらない謝罪に付き合った甲斐があるというものだ。


「フェル、今回は世話になった。感謝する」


 隊長のデレはもういらん。


「気にするな。無実を証明したに過ぎないし、成り行きで助けただけだ。感謝しているなら、村までリンゴを売りに来るのを忘れるなよ」


「分かった。ミトルにやらせるから少し待っていてくれ」


「エルフの言う少しって、二、三年じゃないだろうな?」


 コイツ等とは時間の感覚が違うから気を付けないとな。


「安心しろ、一度目は数日中にミトルや他のエルフを向かわせる。こちらも交易というのはしたことがないのでな、色々決めることもあるだろうからすぐに向かわせるつもりだ」


「分かった。楽しみにしている」


「村まで連れていくつもりだったが、護衛はいらないよな?」


「いらん」


 正直なところ私一人でも護衛はいらない。


 隊長と話をしていたら、なにか騒がしくなった。そちらを見ると、スライムちゃん達に連れられた、やけに大きいカブトムシがいる。二度見したが、目の錯覚ではないようだ。


 聞きたくないけど、聞くしかないな。


 スライムちゃん達に、それは何なのか聞いてみると、「カブトムシです」という、シンプルな答えが返ってきた。


 私の聞き方に問題があるのだろうか?


 カブトムシを連れて来てどうするのか聞いてみると、「捕まえたので、村に連れて帰ります」という答えが返ってきた。余計なことを言わない、それは評価できるけど、説明が足りないのは良くないと思う。


「こんなに大きい奴は初めて見たな。野良の奴だから別に連れて行っても良いぞ」


 余計なことを言うな。


 スライムちゃん達は、すでに荷台も用意していた。さらにどこから持ってきたか分からない食糧をヤトの亜空間にいれていた。私がもらったお土産より多いのは何故だろう。


 うん、考えるのは止めよう。なにも見なかったことにすれば良いのだ。




 準備を再開すると、今度はウル達が来た。邪魔だな。


「エルフ達を従えられなかったのは痛いけど、貴方と縁を結べたのは結果的に良かったわ」


「縁は縁でも悪縁だぞ」


 正直、もう関わりたくない。


「それでもよ。それに貴方、冒険者なんでしょ? ギルドに依頼を出せばなんでもするって、あの子が言っていたわよ?」


 視線の先にはディアがいた。あとで怒ろう。


「アンタの力、いつか借りると思う。その時はよろしく頼む」


「面倒だから断る。それに……」


 言っても良いよな。近くにはコイツ等しか居ないし。


「本当に力になってほしいなら、本人が頭を下げろ。影武者なのか知らんが、ただの護衛に頭を下げてもらっても価値はない」


 ウルは一瞬驚いてから、笑みを浮かべた。他の奴らは驚いたままだが。


「やっぱり、貴方にはバレていたのね」


 なんだか楽しそうだ。何が楽しいのかわからんが。


「失礼した。改めて名乗らせてもらおう。ディーンだ」


 子供が前に出て来て名乗った。こいつが本物のディーンか。とくに幻視とかも使われていないから、素の姿がこの子供の姿なんだろうな。年齢は、十二、三といったところか。


「命を狙われる立場なので団員に影武者としてディーンを名乗らせている。どこから情報が洩れるかわからないので、この事はこの場に居る者しか知らないことだ。結果的に貴方を騙してしまったが、敵対するような意図ではない。出来れば今後も黙っていてほしい」


 影武者と言えば、似たような奴を用意するものだが、名前さえ名乗っていれば何とかなるものなのか? まあ、事情があっても関係はないか。


「正直なところ、興味がないので誰にも言うつもりはない」


「助かる。そして、いつか力を貸してもらいたい」


 ディーンは頭を下げてきた。これなら価値はある、か?


「それと、貴方には色々と教えられた。あの場での言葉は心に刻んでおこう」


「好きにしろ。あれが正解なわけでもない。だが、何をするにしても、人の意見ではなく、自分で決めたことをするんだな」


「わかった。貴方とは、また話をさせて頂きたいものだ」


「うまい食べ物を用意しろ。それが前提条件だ」


「覚えておこう」


 少し笑みを浮かべた後、ディーンは後ろを向いて歩き出した。他の奴らもそれに付いていった。もう会いたくないな。面倒だから。


 そういえば、ウル達が世界樹に行こうとしていた理由を聞き忘れた。まあ、どうでもいいか。




 さて、色々と準備が整ったようだ。


 ディア達はすでにカブトムシの引っ張る荷台に座っているし、スライムちゃん達もその周囲を護衛するように立っている。私が最後か。


「世話になった。帰る」


「おー、じゃあな。すぐに村にリンゴとか届けるから」


「気をつけてな」


「ほっほっほ。また、いつでも来てくだされ」


 荷台に座ると、アンリがまた膝に座ってきた。もう何も言うまい。


「じゃあ、しゅっぱーつ!」


 ディアが声を上げると、カブトムシが動き出した。


 さあ、村に帰ろう。




 このカブトムシ、速いな。あまり揺れないから別にいいけど。


「色々あったけど、無事に帰れてよかったね!」


「お前らが色々と台無しにしようとしたけどな」


「もー、昔のことは水に流そうよ」


 昨日のことだぞ。


 そういえば、ヴァイアはさっきから笑顔だな。どうしたのだろうか。


「えへへ、私の作った魔道具がエルフさんに好評だったんだ。食べ物と交換してくれたんだよ」


 どうやら、昨日、エルフ達にぶつけていた石の魔道具が売れたようだ。爆風を生み出せるけど、エルフ達はアレを何に使うんだろう? 矢じりとかに使うのかな?


 それはともかく、話を良く聞いたら、スライムちゃん達がヤトの亜空間に入れていたのは、その時に交換した食べ物だった。スライムちゃん達がエルフ達から問答無用で奪ってきたのだと思っていたが違うようだ。


 それにしても、なんだか眠くなってきた。森の中だからあまり日差しはないが、今日は結構暖かい。荷台も良い感じに揺れているし、少し寝ようかな。


 ふと、ヤトを見ると、うつらうつらと眠そうにしていた。やっぱり眠いよな。


 そう思ったら、アンリの頭がぶつかってきた。痛い。よく見ると、アンリはすでに寝ていた。昨日、遅くまで起きているからだ。


 よく考えたら、一昨日は襲撃されるし、昨日は誤解を解くのに忙しかったし、最近、良く寝てない気がする。


「私は寝る。着いたら起こしてくれ」


 と言ったら、ディアもヴァイアもヤトもすでに寝てた。私だけ寝遅れた。


 周囲にはスライムちゃん達もいるし、まあ、安全だろう。私も寝よう。

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