第二章

容疑者

 

 エルフが来るかもしれないので朝早くから起きて準備をした。もしかしたら今日は来ないのかもしれないが、魔王様の言うことはかなりの確率で当たるからな。


 あと準備として食べ物とか持っておいた方がいいだろうか。確かこの宿でお弁当が買えるはずだ。朝食を食べるついでに購入しよう。


「おはよう、フェル」


「フェル様、おはようございますニャ」


「おはよう、朝食を頼む」


 ロンとヤトに挨拶を返す。ヤトはすでにウェイトレスの恰好で準備万端だ。魔界で普段着ていた黒装束のような服は最近着ていないように思える。普通、あのウェイトレスの服を着るのに勇気がいると思うのだが。まさか、ヤトは勇者?


「ヤトは勇者だったりするのか?」


「いきなりなんですかニャ。朝から縁起でもないこと言わないでほしいニャ。大体、勇者は人族だけニャ。朝食お待ちどうさまですニャ」


 勇者じゃなかった。よかった。そんな事よりも、今日の朝食はパンとベーコンエッグと野菜スープだ。さらに牛乳がつく。なんという完璧な布陣。隙がない。さて、どう攻めるか。


 エルフ達に連行されたら、しばらくニアの食事は食べられないかもしれないから、ゆっくり味わおう。


「本日の予定は決まっているのですかニャ?」


 昨日、私がウェイトレスをクビになったから気にしているのだろうか。私が食べ過ぎて宿の経営を傾けたのだから、私の自業自得なのだが。


「予定はわからんが、しばらく留守にするかもしれない。その間、この村の事を頼むな」


「おいおい、どこかに行くのか?」


 ロンが驚いた顔で割り込んできた。興味があるというよりは、びっくりしているという感じだろうか。


「そうだな。その可能性が高い。行きたくて行くわけではないが、行かざるを得ないというか……そうだ、お弁当がほしい。いくつか用意してくれ。出来れば日持ちしそうなものがいい」


 十個ぐらい用意してもらえばいいかな。金ならある。問題はすぐに全部食べてしまう可能性があることだな。


「本当にどこかへ行くのか。帰ってくるよな?」


「当たり前だろう。ちょっと色々あって、すぐに戻れないかもしれないだけだ」


「なら、いいんだけどよ」


 なんだろう。無料で泊まっているから、売上が落ちるようなことは無いと思うのだが。まあいいか。少し待つとお弁当ができた。ヤトが持ってきてくれたので亜空間に放り込んでおく。これで三日ぐらいは大丈夫かな。




 食堂でくつろいでいたら、村の外に探索魔法の反応があった。そこそこの人数で来たようだ。


 やはり魔王様の読みは当たるな。こっちから出向くのも何なので優雅に牛乳を飲んで待とう。


 そうしていると、ヴァイアが駆け込んできた。胸が揺れている。憎い。


「フェ、フェルちゃん! エルフさん達がこの村にいる魔族を出せって!」


「わかった。行こう」


 宿を出てみると、エルフ達が十人ぐらい村の広場にいた。その周囲には村の奴らも集まっている。


「待たせたな」


 余裕を持って対峙する。私は魔王様の代わりなのだ。舐められるわけにはいかない。


「こいつだ。間違いない」


 エルフの一人が私を見ながらそう言った。よく見ると、森で初めて会ったエルフの一人だ。リンゴのことをまだ怒っているのだろうか。


「リンゴの件はすまなかった。謝罪するためにお金を稼いだので償わせてほしい」


 謝罪は必要だ。それに今回の私は色々なミッションを背負っている。舐められるわけにはいかないが、まずは下手にでないと。


 エルフ達はひそひそと話し合っている。理由を聞く癖に、関係ない、とか、教えない、とか言ってくる奴らだからな。今回も謝罪の意思があっても死刑宣告されそうな気がする。


「リンゴの件はどうでもいい」


 なんと。たった数日で何があったのだろうか。百年は怒るはずなのに。もしかして魔王様の工作だろうか。魔王様、ありがとうございます。


「お前には世界樹を枯らした容疑が掛かっている。元に戻せなければお前を世界樹に捧げる」


 魔王様、もしかしてリンゴを盗むよりも駄目なことをしたのでしょうか。でも、魔王様がやったかどうか判断できない。


「ちょっと待て。なんで私が容疑者なんだ?」


 魔王様がやった可能性が高いが、少なくとも私はやっていない。冤罪だ。


「世界樹が枯れるなど初めてのことだ。怪しい事と言えば、数日前に突如現れた魔族が世界樹の場所を聞いたことぐらいだろう。どう考えてもお前がやったに決まっている」


「状況証拠じゃないか。証拠を出せ」


「証拠はないが、証言がある。三日前にリンゴを盗んだ人族達を捕まえた。魔族の仲間か聞いたら、そうだと答えている。世界樹が枯れたことを問いただしたら、お前がやったと」


「なんで信じた。それは騙されている。捕まえた奴らは苦し紛れに私に罪を擦り付けただけだ」


 なんだ、その人族。勝手に仲間にするな。というか、エルフは馬鹿なのか? そんなことに騙されるなよ。引きこもりの弊害が出てるぞ。


 そんなことを考えていたら、エルフ達はひそひそ話を始めた。


「その人族達にお前を会わせる。エルフの森にある村まで来てもらおう。そこで長老達に判断してもらう」


 エルフの森に行くのは問題ないな。準備はしてある。


「わかった、いいだろう。そこで身の潔白を証明しよう」


 魔王様がなにかしていたとしても私はやっていない。だから無罪を勝ち取れる。完璧な理論だ。


「その手錠をつけろ」


 エルフから手錠を渡された。緑色の宝石が埋まっている銀色の手錠だ。宝石はエメラルドとかなのだろうか。全体はミスリルかな。両方の輪を鎖が繋いでいる。


「これは?」


「魔力を抑える手錠だ。暴れられたら面倒だ。無実だというなら着けられるだろう?」


 無実とか関係なく着けたくはないけど。しかし、エルフ達にも信頼を得られないと世界樹には行けない。仕方がないな。


 とりあえず、自分で手錠をかけた。確かに魔力が抑えられた。これなら手加減とか、水を作るときに周りに被害を出さなくてするかもしれない。容疑が晴れたらくれないかな。


「フェルちゃん!」


 ヴァイアが私を呼ぶ声がした。ディアも隣で心配そうにしている。さらにその隣でヤトが殺気を放っている。止めてくれ。これは予定通りの行動なのだ。


「大丈夫、私は無実だ。ちょっと容疑を晴らしてくる」


 さあ、エルフの森に行こうか。

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