結婚
ヤトとの話し合いの末、不毛な戦いはやめることになった。そもそも人族からの人気があったからと言ってなにかあるわけではない。戦争は回避された。決して、ヤトから朝食のパンと卵をもらったからではない。
食事も終わったし、今日の予定を考えよう。今の私は無職だ。お金はあるが、いつまでもあるわけではない。仕事を探さなければ。出来れば冒険者らしい仕事がしてみたい。ただ、この村にはそういう仕事が無さそうな気がする。
悩んでいても仕方がない。村の奴らに仕事がないか聞いてみよう。昨日は無くても、今日はあるかもしれないし。
よし、行動だ。
宿を出ると、スライムちゃんの一匹、シャルロットが宿屋の入り口にいた。なにやら看板も立ててあり、何か文字が書いてある。
『洗濯、承りマス 一回 大銅貨一枚』
仕事を始めていた。実演用の布とかも用意してあり、なんだか本格的だ。
話しかけようとしたら、「仕事中なので後にしてください」と言われた。従魔の定義ってなんだろう?
いや、ここは主人として応援するべきだな。「頑張れよ」と言ったら、親指を立ててサムズアップしてきた。「まかせろ」という意味でいいのだろうか。
色々気にしたら駄目なような気がする。
さて、村長の家に行くか。
「おや、フェルさん、おはようございます。朝からどうされました?」
「おはよう。話があったのだが、先客がいるようだな。先にそちらを済ませてくれ」
村長の家に行くと、村の住人が男女一人ずついた。名前は知らないがどちらも顔見知りだ。笑顔なので、深刻な話ではないのだろうが、聞いてはいけないのかもしれない。
外へ出ようとすると、村長に呼び止められた。
「こちらの話は丁度終わりましたので、外へ出なくても大丈夫ですよ。では、お前たち、話は分かった。準備が整い次第、対応するのでしばらく待っていてくれ」
村長達の話は丁度終わったようだ。二人が村長の家から出る際に、笑顔で会釈されたので、こちらも会釈した。
「あの二人はなにかあったのか? 聞いてはまずいことなら無理には聞かないが」
「そんなことはありません。実はあの二人が結婚することになりまして、朝早くから報告にきたのですよ」
結婚。聞いたことがある。つがいになるのを契約する行為だっただろうか。「死が二人を分かつまで」とかなんとか言うアレだ。死ぬまで一緒とか、何かの呪いではなかろうか。そういえば、結婚の最中に男が乗り込み、花嫁をさらって逃げる話があった気がする。最後にバスに乗って逃げるらしいけど、バスってなんだ? 馬車かな? おっと、思考がそれた。
「結婚……呪いの契約か?」
「なんてことを言うんですか。どちらかと言えば祝福的な行為ですよ」
魔族には結婚という行為がないのでよくわからない。つがいになるとか、一緒に住むとかそういうことなのだとは思うが。
「そういえば、準備が整い次第、とか言っていたような気がするが、何かするのか?」
「そうですね。広場で結婚式、簡単に言うと精霊様に結婚の報告をして、皆でお祝いするのですよ」
「お祝いか。具体的には?」
「若い者は踊ったりするでしょうな。あとは個人が適当に出し物する形ですかね。私も楽器を使って音楽を、と思っています」
意外だ。
「そうそう、フェルさんも当日は参加してくださいね」
「私は魔族だがいいのか」
なんとなく魔族が関わってはいけないような気がするが。
「何をいまさら。村人は全員参加ですので、フェルさんやヤトさんも例外ではありませんよ」
何故かすでに私やヤトが村人認定されている。もうちょっと警戒心を持った方が良いのではなかろうか。それに魔王様はどうなんだろうか。ほとんど村に居ないし、居ても部屋に籠りっきりだから駄目かも……引きこもりとか思われていないよな?
「それにあの二人が結婚するに至ったのは、フェルさんのおかげでもあるので、ぜひ参加してあげてください」
結婚のシステムすらよく知らない私に何かできたとは思えないのだが。
「以前からあの二人は付き合っていたのですが、結婚への踏ん切りがつかなかったようなのです。そして夜盗に襲われて、離れ離れになりそうになってから結婚してなかったことを後悔したのだとか」
結婚しようがしまいが、夜盗に襲われたのなら同じようなものだと思うのだが、なにか違うのだろうか。
「そこをフェルさんに救われて結婚に至ったのです。二人からすればフェルさんは仲人みたいなものですね」
仲人というのはよくわからないが、知らないうちに二人の懸け橋になったということだろう。
「そうか。しかし、めでたい場所に私がいても場が白ける可能性があるので、不参……」
「結婚式では食事が無料で振る舞われますよ」
「何においても参加しよう」
タダ飯を逃す馬鹿はいない。場の雰囲気を壊さない程度に食事をしていればいいはずだ。隅っこで食事をするのは得意だ。
「結婚の話は分かった。では、こちらからの話なんだが、なにか仕事はないだろうか。昼でも夜でも構わないが」
「申し訳ないですが、今のところはありません。しかし、夜もですか? ウェイトレスの仕事があるのでは?」
「クビになった」
「なんと。やはり、つまみ食いか何かで?」
なぜ「やはり」が付くのだろうか。私はそんなことはしない。客と交渉して一口もらっていただけだ。
「違う。理由は色々あるが、簡単に言うと人員削減だ。私とヤト、両方は雇えないらしい。だからヤトが残り、私が辞めただけだ」
「村、唯一の宿とは言え、さすがに二人は雇えませんでしたか」
「まあ、そういう訳だ。もし、何か仕事があれば教えてくれ」
「わかりました。しかし、フェルさんがクビで、ヤトさんが残ったのですか? 前から働いているフェルさんの方が残る方が効率的だと思いますが、理由は?」
「より金銭的に厳しい方が残った。私はまだしばらく宿代はタダだし、報奨金もあるからな。決してヤトの方が人気だったからという訳ではない」
「あ、はい。もちろん分かっていますよ」
目を逸らすな、本当だぞ。
まあ、いいか、次は教会に行こう。
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