第14話 偉大なる祖先
ネイサン・ミラーは脇腹を抑えながら苦悶の表情を浮かべ、立ち上がった。
「クソ、まさか野球を剣道に持ち出すとはな」
しかし、言葉とは裏腹にその表情はどこか晴れやかであった。ルーカスとネイサンは礼を交わすと、それぞれの陣営に戻っていった。拍手で迎えられたルーカスは、少し照れくさそうに笑みを浮かべた。
感極まった松尾女史は目頭をハンカチで抑えると、
「おめでとう、ルーカス君。あんな攻撃初めて見たわ。嵐山での特訓が活きたわね」
と言った。
「嵐山竹林剣」
トモッチこと葛城智彦が勝手に命名し、満足そうに頷いた。
ルーカスは部員全員と歓喜のハイタッチを交わした。その後、全員が手を抑えていたことは言うまでもない。メンバー同士の愉快なやりとりを笑顔で見ていた私は、実は全く違うことを考えていた。
『ルーカスの野郎。これで俺にプレッシャーがかかるじゃねぇか。なんで俺はあんなに必死になってヒントを与えたんだ。これじゃ自分の首を絞めただけだ』
そう、これで団体戦は二対二の五分になり、大将戦が勝敗を決する戦いとなったのだ。私は歓喜に沸く冷泉堂大学陣営から離れ、両目を閉じた。そのとき、どこからともなく『声』が聞こえた。
『疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵し掠めること火の如く、動かざるご
と山の如し』
そして、私の目の前にあの赤い甲冑姿の武将が現れた。どことなく父を思い起こさせる顔立ちの武将は私に近づくと、威圧感のある低い声で、
「お前は武田家の血を継ぐ者。自分のために戦え。仲間のために戦え。愛する者のために戦え」
と表情を変えずに言った。
私は緊張のあまり脳が暴走して、勝手に妄想を始めたのかと思った。しかし、私の目の前にいる赤甲冑の武将は、たんなる妄想の産物とは思えない。
「あ、あなたはいったい?」
私は至極全うな疑問を投げかけた。すると、赤甲冑の武将は目を丸く見開き、
「な、なんじゃと、子孫のくせに私のことを知らんのか?」
「すいません。知りません」
私は正直に答えた。すると赤甲冑の武将はよほどショックだったのか、頭を抱えた。
「なんてことだ・・・情けない。ああ、情けない。真剣は何をしとるんじゃ・・・まったく」
「でも、その甲冑は見たことがあります。道場に飾られています」
そのとき、場内アナンスが響いた。
「大将、前へ」
つんざくような歓声が会場から上がった。
赤い甲冑姿の武将と会話を交わしていた私は、後ろから両肩をつかまれ、前後に大き
く揺すられた。
「おい、信夢。しっかりしろ」
私は目を開いた。そこには赤甲冑の武将はなかった。
ルーカスが心配そうに私の顔を覗いている。
「大丈夫か?」
私は両頬を軽く叩き、大きく息を吐いた。
「ああ、ちょっと夢を見ていたようだ」
と言った。続いて、軽く屈伸をすると、
「それじゃ、行ってくる」
と言い、決戦の場へ向かおうとした。その時、私を呼び止める声が聞こえた。
「武田君」
私は立ち止まり、振り返った。
「頑張ってね。応援してるから」
佐々木由紀だ。私が頷くと、佐々木由紀も大きく頷いた。私は胸の高鳴りを感じた。
しかし、その後ろではダンディー霧島が恨めしそうな顔で何か呟いていた。私はダンディーの口許を注視した。読唇術だ。
「マ・・・ケ・・・ロ・・・ジ・・・ゴ・・・ク・・・ニ・・・オ・・・」
私は途中で読唇術をやめ、試合に集中することにした。
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