第8話 先鋒戦

社殿から出ると、向かい側の社殿から京仙院大学剣道部の選手たちも出てきた。


会場から両校を応戦する大きな歓声が上がる。冷泉堂大学と京仙院大学の選手達は、試合会場のコートの脇に一列に並んだ。


審判を正面に、東に冷泉堂大学剣道部改め剣道サークルのメンバー、西に京仙院大学剣道部の部員が並んだ。

「それでは京都市剣道競技会の決勝戦を始めます」

白髪混じりの長髪、そして、貫禄のあるグレーの髭を生やした仙人のような審判が、両校の選手を見ながら言った。

「ルールは今までと同じ。三勝以上したチームが団体戦を制しますが、たとえ最初の三人で勝負がついても、五人全員に試合を行ってもらいます。なお、この勝負に勝ったチームが京都市剣道競技会の優勝チームとなり、来年の時代祭に参加する権利を得られます。京都の名に恥じない正々堂々とした試合を期待しています。それでは、先鋒以外は試合場の外で待機して下さい」

審判の指示に従い、冷泉堂大学の先鋒の木田氏と京仙院大学の先鋒の栗田翔を残して、選手は退場した。


「それでは冷泉堂大学と京仙院大学による決勝戦の先鋒戦を開始します。赤、京泉院大学、栗田選手。白、冷泉堂大学、木田選手」

場内アナウンスが会場に響くと、両者を鼓舞する拍手が自然に発生した。


木田氏は去年、栗田翔に手も足も出ずに負けたらしい。しかし、木田氏は去年とは異なり、少し自信を持っていた。


ルーカス、そして、私という異次元の剣士と切磋琢磨してきたのだ。去年よりも確実に実力は上がっているはずだ。実際に松尾女史から指導を受ける回数も減り、初心者のトモッチこと葛城智彦やダンディー霧島への稽古を任せられることもあった。


しかし・・・。


栗田翔もまた自信に満ち溢れた表情をしていた。なにしろ猛者ひしめく京仙院大学で二年連続先鋒の大役を務めているのだ。そして、私とルーカスが冷泉堂大学にいるように、京仙院大学には北村雄平と青い目の剣士、ネイサン・ミラーがいる。


先に仕掛けたのは木田氏であった。ボクシングのジャブのように小刻みに小手を狙った。


そして、今度は大振りで面を取りにいくと見せかけて再び小手を狙う。しかし、栗田翔は寸前のところでかわした。自信満々であった栗田翔の顔が変わった。木田氏の攻勢は続き、栗田翔は押されていく。


冷泉堂大学陣営、そして、会場にいる冷泉堂大学の生徒や関係者から木田氏に向けて声援が飛ぶ。


後退した栗田翔が試合場の線を出てしまったため、審判から中断を意味する「止め」が宣告され、両者は開始線に戻った。

「始め!」

審判が試合の再開を宣言する。今度は打って変わって栗田翔が勝負を仕掛けてきた。若干緩い構えから、鋭い面打ちが繰り出された。木田氏はなんとか竹刀でこの面打ちを弾いた。しかし、栗田翔の攻撃は続く。今度は会場に詰めかけた京仙院大学の生徒が沸く。木田氏が栗田翔の猛烈な攻撃をなんとかしのぐと、鍔迫り合いが始まった。所謂力比べだ。そして、駆け引きでもある。

「おい、腕を上げたな」

栗田翔が小声で木田氏に話しかけた。

「試合中だ。私語は慎め」

「そう堅いことを言うな。褒めてやってんだぞ」

栗田翔が木田氏を挑発していることは明白だった。栗田翔は内心焦っていた。昨年同様、圧勝することができると確信していたからだ。


鍔迫り合いが続く。ここで余裕のない栗田翔が賭けに出た。


栗田翔は突然竹刀を握っていた力を抜き、勢いよく後ろに飛び下がった。木田氏は千載一遇のチャンスだと思い、無防備になった小手を狙いにいった。しかし、これは罠だった。


栗田翔は下がりながら、竹刀を握った両手を素早く回すと、遠心力を利用して、逆に木田氏の伸びきった小手を狙った。栗田翔の竹刀が一瞬早く木田氏の小手に当たり、木田氏は竹刀を落とした。

「勝負あり」

審判が栗田翔の勝ちを宣告した。京仙院大学陣営から安堵の声が上がり、試合を観戦している冷泉堂大学の生徒たちからため息が漏れた。木田氏は竹刀を拾うと、冷泉堂大学陣営を恐る恐る見た。木田氏が両手を合わせて謝る仕草を見せると、ルーカスから大きな拍手とともに、

「ナイスファイト!」

という労いの言葉がかけられた。釣られるように他のメンバーたちも次々に木田氏の健闘を讃えた。


逆に栗田翔が京仙院大学陣営に戻ると、北村雄平から、

「油断したな」

と咎められた。

「すまん。その通りだ」

栗田翔は正直に認めた。北村は何も答えない。すると、ネイサン・ミラーが次鋒と中堅の選手に向かって、

「相手をなめると痛い目に遭いますよ。こちらも全力で立ち向かいましょう」

と告げた。木田氏の善戦で、楽勝ムードであった京仙院大学陣営の雰囲気が変わった。

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