第9話 大将戦

「大将、前へ!」


いくぶん自信を取り戻した審判が、両チームに声をかけた。ここまでの試合結果は双方の大学が二勝し、五分の状態だ。従って、泣いても笑っても大将戦で勝敗が決する。そして、大将戦に勝った大学が、京都市大学剣道競技会への切符を手に入れる。冷泉堂大学にとっては、この歴史ある大会への復帰、そして、京仙院大学へのリベンジをかけた試合となる。


ルーカスは気合いを入れるためか、両手で頬をパンパンと叩いた。そして、面をかぶり、決戦の場へ向かった。冷泉堂大学陣営からルーカスを鼓舞する声が上がる。


一方の京都医科大学からも大将の坂巻俊が腰を上げると、一礼し、開始線へ向かった。ルーカスには劣るものの、京都医科大学の坂巻俊もまた立派な体格の男であった。


松尾女史によると、坂巻は高校時代に全国大会に出場した経験を持つようだ。私と研鑽を積んできたルーカスにとって相手に不足はないと言える。


むしろルーカスは相手が強いほど燃える男だ。剣士としてだけではなく、ベースボールプレーヤー、そして、アメリカンフットボールのプレーヤーとしても、これまで幾度となく自分よりも強い相手と対戦し、勝ってきた。


開始線の手前で両大将は礼を交わした。審判が試合開始を告げる。


「はじめ!」


「おおー!!」


「おおおおおお!!」


両者の気合の声が場内に響く。


ルーカスは坂巻の声が自分の声よりも少し大きかったことに気分を害したのか、さらに大きな声で「おおおおお!!!」と叫んだ。すかさず、さらに大きな声で坂巻が応戦する。


「ぬおおおおおおお!!!!」


「うおおおおおおおお!!!!!」


このやりとりが三回ほど続いたところで、審判から「大声選手権ではない」という当たり前の指摘を受け、二人は静かになった。


そして、この静寂を嫌うかのように、ルーカス、そして、坂巻が共に動いた。どちらも面を狙った攻撃だ。竹刀と竹刀を交えた両者は体を入れ替え、再び向き合った。


両陣営は固唾をのんでそれぞれの大将を見守っている。ルーカスは慌てて攻めずに、冷静に相手の隙を探すことにした。一方の坂巻は表情には出していないが、いきなり正念場を迎えていた。最初の攻防で竹刀を持つ手がしびれていたのだ。


『クソ、なんてバカ力だ。しかも、早い。構えも隙がない。こいつ、どこで剣道を習ったんだ・・・』


ルーカスは相手の攻撃を待っていたが、坂巻はなかなか手を出してこなかった。それどころか坂巻の竹刀は小刻みに触れている。その瞬間、ルーカスは次の一手を決めた。


ルーカスが少しづつ距離を縮める。すると、ルーカスの強い打撃を警戒する坂巻は距離を取ろうと後退する。さらにルーカスが距離を縮め、坂巻が後退を続けると、坂巻は場外に出てしまった。審判の命令により両者は試合を中断し、開始線に戻った。


状況を全く理解していない熊寺から坂巻に怒号が飛ぶ。

「こら、坂巻!何をやっとるんや!相手は力だけのど素人や。下がってばかりではなくて攻めんかい!」


坂巻は舌打ちをした。

『お前がやってみろ。秒殺されるぞ』


額から汗が滴り落ちてくる。


再び審判が試合再開を告げる。その瞬間ルーカスは前に出た。いまだに手のしびれが引かない坂巻は再び距離を取ろうとしたが、ルーカスの踏み込みが深く、ルーカスの間合いから逃れることはできなかった。ルーカスの竹刀が面に伸びてくる。坂巻は必死に面を守ろうとした。しかし、ルーカスの竹刀は突然向きを変え、坂巻の竹刀を握る手を襲った。小手打ちだ。坂巻の異変を察していたルーカスは、力をほとんど入れずに小手を叩いた。それでも最初の衝撃があまりにも強かったためか、竹刀が軽く触れた程度にも関わらず、坂巻は竹刀を派手に放り投げた。


審判は白旗を冷泉堂大学側に振り、ルーカスの勝利を告げた。ルーカスは床に落ちている竹刀を拾うと、放心状態の坂巻に握らせた。

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