第4話 奇策

会場の全員の視線が審判に注がれる。審判は二本の旗を下方向に向け、身体の前で交差させた。この旗の振り方は、有効打ではないという意味だ。


冷泉堂大学陣営から安堵の溜息が漏れる。間一髪で、クリーンヒットを免れたようだ。


「命拾いしたな」

倉島がダンディー霧島に囁く。ダンディーは倉島を無視した。


自信に満ち溢れた表情の倉島であったが、内心軽いショックを受けていた。密かに冷泉堂大の戦力を調べていた師範の熊寺からダンディーの剣道歴を聞いていた倉島は、楽に勝てると考えていた。実際にダンディーの胴打ちをかわした時、絶対的な実力差を体感していた。そのため、プレッシャーをかければ、確実に一発で仕留められると思っていた。ある程度の手応えはあったが、有効打にはならなかった。確かにダンディーの面には当たっていたが、ダンディーは竹刀が当たる瞬間に少し顔をそむけていた。そのため、倉島の竹刀はダンディーの面の中央ではなく、端を叩いていた。


この攻防をきっかけに、試合の展開は大きく変わった。倉島が積極的に攻め始めたのだ。


倉島の面打ちが再びダンディーの面を襲う。ヒットした。しかし、審判は有効打とは認めなかった。再び竹刀が面に当たる瞬間に顔を横に傾け、クリーンヒットを逃れていたのだ。三打目、四打目と、そして、五打目もダンディーの面に当たったが、やはり有効打とは見なされなかった。それどころか空振りが目立つようになった。


「何遊んでるんだ、倉島!さっさと仕留めろ!」

熊寺の甲高い怒号が飛んだ。


『なぜだ、なぜ、有効打にならない』

倉島は焦燥に駆られた。表面的な形勢に関しては、積極的に攻撃を仕掛けている倉島が圧倒的に有利であった。このまま試合が終了すれば、判定で倉島が勝つはずだ。しかし、心理面の戦いでは完全に形勢逆転していた。


試合が再開され、倉島はダンディー霧島を睨みつけようとしたが、できなかった。ダンディーがウィンクを投げかけてきたのだ。


ダンディーの奇抜な挑発を受けた倉島は、

「この素人が!なめんなよ!」

と叫び、渾身の力を込めて面打ちを放った。しかし、やはり有効打にはならず、竹刀で弾かれてしまった。


倉島は鍔迫り合いを挑んだ。自力で勝る倉島が徐々にダンディーを後退させる。しかし、ダンディーはまったく焦っていなかった。むしろ、その表情からは余裕すら感じられた。


そして、ウィンクに続き、今度は口をすぼめ、キスするような表情を作った。

「貴様ぁぁぁ!!!!」

完全に頭に血がのぼった倉島は、鍔迫り合いを止め、再び面を打つため、少し距離を取ろうとした。


次の瞬間、信じられない出来事が私たちの目の前で起きていた。


しばらくは顔のパーツしか動かしていなかったダンディーが、距離を取ろうとして後退した倉島の一瞬の隙をついて、力の入った面打ちを食らわしたのだ。


再び会場中の視線が審判に集まる。


審判は赤い旗を斜め上方向に上げ、

「面あり」

と、ダンディー霧島の勝利を宣言した。


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