第66話 絶望の淵で <2視点>

「うっ……ここは?」


俺が目覚めると牢の中にいた。だけど、その作りにはどこか見覚えがあった。

間違いなく、ここはフィーリスにある軍本部の牢だ。ザールとのやりとりで散々、見てきたのだから間違いようが無い。


俺はその場に胡坐をかき、冷静に状況を整理する。アロスは俺の部屋でナイフが見つかったことで子どもを殺した犯人は俺だと考えて居る。要はそれを晴らせばココを出れる可能性は高い。


「おい、看守! いるか!?」

「なんだ?」


歩いてきたのは20代の正義感が強そうな男だった。


「お前は俺がここに来た経緯を知っているか?」

「ああ。知ってるとも。領主のクセに30人も子どもを殺したんだろ?」

「はぁ……そんなことを俺がすると思うか?」

「さぁな? それは俺が言及することじゃない……。ただ……その、街や村ではアンタが『子ども気質の強い奴を襲って口封じで殺した』っていう話になっているみたいだぞ」


その口ぶりはどこか『そんなのは嘘だ』と言っているような気がする言い方だった。だから、俺は思い切って提案をする。


「なぁ、看守。もし、俺をこの牢から逃がしてくれたら然るポストまで引き上げてやる。だから、ここの牢を開けてくれ」

「悪いが……それはできない」

「どうしてだ!? まさか、本当に俺がやったと――」

「まさか……そんなことある訳ないって俺だって思っている。だけどそんな問題じゃないんだ。……もうアンタにそんな力はないんだよ」

「一体、どういうことだ?」


俺がそう問う看守はゆっくりと衝撃の事実を告げた。


「もうアンタは領主じゃないんだよっ……今、リテーレの領主はアロスなんだ」

「お、俺が領主じゃない!? いや、待て、それならルカが領主になるんじゃないのか? 継承権はルカにあるはずだろ?」

「俺にも詳しい事はわからない……。だけど、ルカ様はアロス様と婚約したから多分、そのせいじゃ――」

「ルカが……アロスと婚約!? そんなの嘘に決まってる! 俺が出れば白黒付く話だ!」


俺がそう声を張り上げると看守は悲痛な表情で言った。


「すまないが、大人しくしていてくれ……。俺にだって守るべき家族がいるんだ。アンタがルカ様の事を大切に思っているのはリテーレの兵なら知っている……! だけど、俺には無理なんだ!」


首元をグイッと看守が見せた。そこにはナーイット村で見た首輪が付けられていた。きっとサクリファイスによる呪術だ。


そして、俺は瞬時に悟った。

『これはすべて仕組まれていたことだったのだ』と。


「……わかった。その代わり、約束だ。家族を、家族を大切にしろよ……?」

「すまない……」


看守が離れて行くにつれて俺の目からは自然と涙が溢れた。

自分の甘さに腹が立つ。もっとアロスに警戒していれば事前に気づくことが出来たはずだ。


「(ちきしょう……また、俺は大切な人間を守れないのか?)」


目元を擦りながら俺は石の地面を叩いた。



――<ルカ視点>――


「達也さんっ! この、離しなさいっ!!」


アロスの斬撃で意識を刈り取られた達也さんの元に駈け寄ろうとする。

しかし、そんな私の抵抗は無力で、何もできなかった。


「アロス……! こんなことをしてタダで済むとおもっているのですか!?」

「フフフ、怖い怖い。――チビは黙ってろ!!!」


アロスが今までとは違い、殺気染みた表情に変り私は思わず、黙り込む。


「良い子はそうじゃないとなぁ? よし、コイツは連れて行け。部隊も中に入れて残存兵力で主要な村や施設を押さえろ、ゲレーダにも情報を流せ」

「はっ! この女はどう致しましょうか?」

「動けないように拘束して寝室に入れておけ。もちろん、見張りもつけて置けよ? 俺は先に軍の本部を掌握してくる。あ……それから味見はするなよ? 俺のものだからな?」

「わ、わかっておりますとも! アロス様」


兵士はすぐに私の腕や脚に枷をハメ、寝室の椅子に座らせた。

その動きや手際の良さからして相当な訓練を積んでいる。この反乱のような状況すら、計画的な動きに見える。


「(今はとにかく、状況を打破するためにマレルに連絡を取らないと――)」


私は意識をポケットの中にあるコミラートに集中させる。

ひたすら、『この一回で良いから届け』と思いを込めて。


「(レオルとの稽古で学んだことを思い出して私。――想像は現実をも変革させられる!)」


レオルとの稽古で不意に見えないところから魔術が飛んできたことがあった。

その時、私は質問したのだ。


『魔術石も持っていないのになんで魔術を撃てたのか』と。


その時、レオルが返した答えは単純で馬鹿げたものだった。


『何、単純な話だ。俺が「肉を食べたい」と強く、強く思えば焼かれている時の匂いも音も想像できるし、食べたときの食感も油すらも創造することができる。魔術だって同じなんだ、非常に強い、強い思いを込めれば魔術具くらいは簡単に発動できるのだ」


そう答えたのだ。


私はその言葉を信じ、いつも自分がコミラートを使うように感覚を、感触を想像し、膨らませていく。そして、強い思いを乗せる。達也さんを助けないといけない。ミレットにもマレルにも『逃げて』と伝えなくちゃいけないのだと命がけで念じる。


「(お願い、届いて!!)」


その瞬間、コミラートが青く光り、確かにマナが流れ動く感覚を感じた。

私は疑心暗鬼ながらも言葉を発する。


「マレル?」

「はい。いかがなさいましたか?」

「マレル、落ち着いて聞いて。アロスが反旗を翻したわ。私も達也さんも捕らわれてる」

「……! ではすぐに救助を――」

「駄目よ!」


外が急に騒がしくなった。どうやら、私が会話していることがばれたらしい。


「……とにかく、ミレットと合流して戦力を出来る限り集めながらゲレーダ領に逃れなさい」

「しかし――!」

「これは命令よ!!」


そう言い放った瞬間、部屋の中に入ってきた男にコミラートを破壊されてしまった。


「ったく……余計な事をしやがって!」

「うっ……!」


男は私を思いっきり平手打ちをした。痛烈な痛みが左頬を襲う。

その数分後には騒ぎを聞きつけたアロスが戻ってきて私にこう言った。


「隠者の長に命令を下そうとも主要な道路は押さえている。逃げるのは不可能だ」

「……だとしても、あの子達ならやるわ!」

「まぁ、別に俺は君さえ生きてくれていればそれでいい。隠者の長であるマレルと軍事長官のミットが死のうが知ったことじゃない」


この男は本気だ。その見開かれた目を見て私は直感的にそう思った。


「だけど、俺も鬼じゃない。ルカが俺と婚約してくれるならミレットもマレルも、あの達也も命は取らないでおいてやるよ? さぁ、どうする? ここで今、決めろ」

「そ、そんなの……」


大切に思っている人を守る。それ以外に道は無いと私は思った。


私が領主になってから支えてくれたミレットやマレルを見捨てられないし、私の勝手な都合でこの世界に呼んでしまった達也さんを死なせるわけには行かない。


この問いに頷けば良いだけのことだ。

だけど、不意に達也さんの顔が思い浮かぶ。


「(何でこんな時に……)」


私は意を決して頷いた。


「わかったわ……。その代わり、絶対にあの三人に手を出さないでっ!」

「分かった。約束しよう」


私の目からは自然と涙が溢れて頬を伝う。

そして、すぐ目の前に置かれたのは婚姻を交わす書面だった。


この書類に署名すれば正式にアロスが私の夫となり、領主の座は彼に委譲される。

私は本当はこんなの呑みたくはない。だけど――。


「(達也さん。ごめんなさい。私は達也さんたちが生きてくれていれば私は……私はそれでいいの)」


鼻水を吸いながら涙で良く見えない視界のまま、書類にサインをしたのだった。

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